第十話 雨の日の暇
晴れでもそうだけど、雨の日の部活ほど暇な日は無かった。
七夕や文化祭といったビッグイベントも日が遠い。月に一度の観測会は四月には行われない。そうなると部員たちは、本当に暇を持て余す。故にゲイザーや顧問は来たり来なかったりが多いのだが、オレは先輩が居る限り顔を出すことにしている。
我が部室は顧問が数学教師なので、部室として数学準備室を開放してくれている。
ほとんどの活動は屋外なので、部室に置くものは殆ど無い。双眼鏡も望遠鏡も先輩の私物なので、使う時は家から持って来てくれるのだった。
ゲイザーと共に部室を開けると、女子部員は全員揃っていた。先輩は何かをノートに纏めているし、後輩二人はいつものように勉強会を開いている。
稲瀬みのりは入部してからずっと、部室では星のことを南タマキちゃんに教えている。内容は星座の物語やら季節の星などで、知識の無いオレも一度参加させられた事もある。
だが、この芋頭は次の週には教わった内容を、全く覚えていないという荒業を見せつけ。次からは勉強会に誘われなくなった実績を持っている。
ただ言わせてもらうと、勉強会を行なったその週に家族が増えたという、サプライズが起きていた。だから、もし事情を知っている人が居るなら、それは仕方ないと思ってくれてもいいんじゃないだろうか。
晴れの日でもやることはないが、雨の日なんてよっぽどだ。こういう時は先輩と、雑談に花を咲かせるのが一番いいんだけど。
なんて思って彼女の方に視線を送ると、いつの間にかゲイザーが何やら先輩に耳打ちをしていた。なんかあったのか。なんて思ってしばらく見ていると、ノートを閉じた先輩がオレの方へと視線を向けて眉を潜めた。
なんだ。なんかオレ、やってしまったか。
今日の自分の一日を振り返ってみるが、先輩の忌諱に触れるような真似はしていない。そもそもだって、土曜の歓迎会から顔を会わせたのだって今日が初めてだ。ゲイザーが何か出鱈目な事でも吹き込んだのだろうか。
「ミナユキくん。座りなさい」と先輩が指さしたのは椅子では無く、その下だった。床に正座させる時は、先輩が本気で怒っている証拠だった。本当にゲイザーの野郎、何を吹き込んだ。
すると後輩二人が勉強会を止めて、こちらへ奇妙な視線を向けた。先輩によるお説教状態を見たのは勿論初めてだもんな。自分達の先輩が床に座ってるのを見て、普通に作業を続けられるわけがない。
「これで今学期入って、何回目?」
先輩の問いに主語が無かったので、てっきりオレは先輩に怒られた回数かと思った。
「ゲイザーの家で怒られたのが一回目で、床にまで座らせられたのは今年初ですね」
「違います!」と先輩は手のひらで机を叩いた。
力の無い女の子だから、ペチンという可愛い音だけが鳴った。それでも痛かったのだろう。叩いた手のひらは少し赤くなっていて、先輩は反対の手で摩りながら少し涙目になっていた。なんだ、この可愛い生き物は。
「だ、大丈夫ですか?」とオレが言うと、先輩は涙目のままこちらを睨みつけた。
「それはこっちの台詞! 聞いたわよ、今学期入ってからの遅刻回数!」
ズビシッという音がしそうな勢いで、先輩は人差し指を向けた。
普段の先輩は凛としていて。皆のお手本にならんとする部長らしく、あろうとしているのだが。こういう慣れない事をすると少しポンコツ気味になる。
今のだって、きっとカッコつけようとしたに違いない。こんな人だから、オレは将来の嫁に相応しいんじゃないかって思ってしまう。
まてよ。そうなると先輩が、稲瀬みのりの義姉になるのか。そう考えてみると、彼女にとってもオレが義兄になるよりも、嬉しいことなのかもしれない。
「聞いてる?」と邪な考えを遮るかのように、先輩の声が耳に入った。
「し、失礼っす」
「ねぇ、どうしたの」
そう言って先輩は椅子に座り直して、居住まいを整えた。声のトーンが変わったし、表情も憂いを帯びている。心配をしてくれている証拠だ。
「大学に進学するんでしょう? これが続くと、それどころじゃなくなってくるわよ」
「……はい」とオレは恭しい態度になる。
「それかあの二人と同じクラスにでもなりたいの?」とゲイザーが後輩二人を指して言った。稲瀬みのりは怪訝な顔をしていて、南タマキちゃんは苦笑いをしていた。
「……一年の時はそうでもなかったわよね? 二年になって、何かあったの?」
ありましたよ。
思わずそう言ってしまいたくなったのを、ぐっと堪えた。先ほどの様子を察するに、後輩二人も聞き耳を立てている。言ってしまうにしても、今この状況で口が開けるわけがなかった。
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