第九話 遅刻
起き抜けの、寝ぼけ眼でキッチンに行く。
既に朝食を済ませた稲瀬みのりが、自分の食器を片づけていた。彼女が朝早起きをする理由は二つ。
一つは、誰かに見られる危険性があるので、オレと一緒に家を出るのを避けるため。
もう一つは、寝坊助ちゃんである南タマキちゃんを、起こしにいくためだった。既に制服姿だった彼女は「行ってきます」を一言告げて、キッチンを後にした。
オレが椅子に腰かけると、ほかほかのご飯とみそ汁を目の前に置いてくれる人がいる。
詩織さんが来てくれて一番助かっているのは、飯を自分で用意しなくていいことだ。以前の吾輩だったら、空腹よりも面倒さが勝ってしまい、朝食を取ること自体が稀だったのだ。
弁当は前の日に用意してるが、朝メシまでは面倒見切れなかった。自分のことなのに。
おかずがシシャモというのも有難い。自身としては焼き魚は大好物なのだが、魚焼きグリルの掃除を考えると、手の出しにくい代物である。パリパリのシシャモ、ふわふわの甘い玉子焼き。
パートに出て行ってしまったが、帰ってきたら詩織さんに感謝せねば。ゆっくりと味わっていたら、いつの間にか確実に遅刻の時間となってしまった。温くなった食後の珈琲を飲み干すと、詩織さんお手製の弁当を空のカバンに入れた。
天候は雨天で、走る気力も起こらない。
下手に転んで、弁当を台無しにしたくもない。家を出たのが予鈴が鳴る時刻だったので、学校に着く頃には既に一限目が始まっていた。
遅刻っす、と言って堂々と教室に入るのに抵抗は無いが。オレのために授業を中断させるのも悪いから、二限目までコンビニで漫画を立ち読みしていた。
教室に入るとクラスメイトで、悪友を二人見つけたので近づいてみる。ゲイザーとジャッカスは雑談をしながら、二限目の準備をしていたので声を掛ける。
「おう、ゲイザー、ジャッカス」
「おはよ、寝坊?」とゲイザーが苦笑いをする。
「お前、二年になってから月曜は毎週遅刻だな」とジャッカスがせせら笑った。
「家庭の事情だ」とオレは家のせいにしてみた。
「よく分からないけど、いい加減にしないと」とゲイザーは呆れ顔になる。
「留年したら、俺らのことは先輩と呼べよな」とジャッカスは楽しそうに言ったから、ミナユキパンチをくれてやろうかと思った。
確かにまだ一学期だからと言って、ここまでだらしないのはマズいかもしれない。
こういうのが重なって、進級出来なくなったとなれば義妹と同学年となってしまう。それは避けなければアカンのは分かってる。
中学の時は当たり前のように学校に遅刻したり行かなかったりがあったので、そういうものに抵抗が無くなっているのも事実だ。
誰しも月曜の憂鬱は分からないわけじゃなかろうが、皆それに打ち勝って学校に来てるんだ。とはいえ、布団の魔力には抗えない。一体、どうしたものなのか。
机の中に放置している教科書とノートを出しながら、どうすれば遅刻が減るかを模索してみる。
根本的に夜更かしをしなければいいだけなのだが、それが出来たら苦労はしない。
稲瀬親子のこと、先輩のこと。今のオレには考えなきゃいけない事が山ほどあるんだ。それにしても稲瀬みのりは似たような立場にも関わらず、よくあんなに早い時間に就寝出来るものだ。
そうか、ならば義妹に起こしてもらうのはどうだろうか。南タマキちゃんを起こすついでに、オレのことも起こしてくれと頼んでみよう。
絶対、嫌がられるだろうな。
こっちも寝ている時に部屋に入られるのは、少しばかり抵抗はあるし。
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