第七話 大野さつきちゃん
みんなが半分くらいまで食べ進めたあたりで、ゲイザーの家のインターフォンが鳴った。
家主が対応しに席を外すと、一人の女の子を連れてリビングに戻ってきた。ゲイザーの弟であるリュウの同級生で幼馴染、ここの近所に住む中学生のさつきちゃんが顔を現した。
この子は料理が好きだが、あまり得意ではない。とある切っ掛けで、オレが先生になってしまい、それから時々料理を教えるようになった。
「折角だし。さつきちゃんもお邪魔しても、いいかな?」とゲイザーが恭しく言った。
「どういうこと?」とオレが問うと、ゲイザーは虫を踏み潰したような顔になった。
「勉強会の前にご飯はどうするか相談しに来たんだとさ」
そういうことか。オレは先ほど会ったゲイザー弟、リュウの様子を思い出した。
きっと、勉強会は本当にあったのだろう。どこぞの誰かにサッカーか何かを誘われてしまって、逃げ出したに違いない。
故にゲイザーが不出来な弟のケツぬぐいの為に、せめて食事でもどうかと誘ったと見た。
「初めまして。えっと、大野さつきです」とさつきちゃんは初対面の二人に向けて、恭しくお辞儀をした。
誰だろうといった感じで、新入生二人が不思議そうな顔をしていた。さつきちゃんもウチの高校を受験する予定なので、オレが「未来の後輩だよ」と付け加えた。その言葉を聞いて、未来の先輩二人の表情が明るくなった。
今は自分たちが新入生にもかかわらず、もう来年の新入生と交流できる。という珍しいシチュエーションに心躍ったと推測される。何故ならオレが彼女たちと同じ立場なら、間違いなくそう思うからだ。
「勿論、オーケーですよ。ね、タマキ」
「はいっ」
新入生二人が笑顔で迎えたので、さつきちゃんも釣られて笑顔になる。
「さつきちゃんはお姉ちゃんの近くね」と先輩が席を案内した。ゲイザーの弟の幼馴染なので、従姉である先輩も勿論仲が良かった。
オレはまだ半分残っているパイを温めなおし、パエリアもスキレットごと火にかけた。そんなことをしていたからか、先輩の隣を取られてしまったのに気づいたのは後のことだった。
可愛い後輩だから仕方ないか。オレはさつきちゃんの隣に自分の食器を移動して、温めなおした料理を彼女の前に取り分けた。
「それじゃ改めて、乾杯しましょう」と先輩がさつきちゃんに紙コップを渡す。
「今度は何に乾杯するの?」とゲイザーが言った。
「さつきちゃん入学おめでとうっていうのは?」
「いえ、まだ入学してませんけど」
オレの言葉に、さつきちゃんが困ったように言った。
「大丈夫、さつきちゃんなら絶対に平気」
先輩は自信満々に言ったが、それには裏付けがあって、彼女はさつきちゃんの家庭教師をしているのだ。
「それじゃあ前祝いということで……」とゲイザーが紙コップを掲げる。
「乾杯」と再び全員が紙コップを掲げた。
そして新入生二人が、改めてさつきちゃんに自己紹介をした。
当然ながら、稲瀬みのりはオレの義妹だということを言わなかった。部員はともかく、入学もしていない彼女が、それを知る日は永遠に来ないような気がした。
でも、それでいいとオレは思った。さつきちゃんに変な気を遣わせるくらいなら、そんな日は来なくていい。彼女もまた可愛い後輩の一人なのだ。
「この生地ってパイシートじゃないですよね?」
鮭のチーズパイを食べたさつきちゃんが、驚いたように口を開いた。意外な発見にオレも驚いて口を開いてしまった。
「よく気づいたね。やっぱ市販のより出来悪い?」
オレの問いに、さつきちゃんは取り繕うように首を振る。
「逆ですよ。市販のより美味しいです!」
「それは良かった」
「でも大変じゃありませんでした?」
「まぁ、時間はかかったけど、時間がかかっただけだ」
そうパイ生地を粉から作るというのは、何よりも時間が取られる。
グルテンを生み出さないように生地を作り、寝かせてバターを織り込む。二時間寝かせて再びバターを織り込んで、二時間寝かせる。
放課後にゲイザーの家を借りてやったので、一日二回しか出来なかった。四日掛かってしまったと、わざわざ説明したのは、ここのところ帰りが遅かった言い訳を稲瀬みのりにする為だった。
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