第六話 サプライズの失敗はターン終了時に
そのまま三人は追い風の中、一言も発せずにゲイザーの家へと向かった。
オレのせいでまるでお通夜のような空気になってしまったが、そんな雰囲気もゲイザーの家に着くまでだ。だからオレは敢えて弁解の言葉を飲み込んだ。決して思いつかない訳ではなく。
ゲイザーの家に着くと、敢えてインターフォンを鳴らした。
もうすぐ着くと連絡は入れてあるが、開始の合図をするように言われている。しばらくすると、ドアがガチャリと開いたので、オレは身構えた。
これから新入部員二人はクラッカーの洗礼を受け、驚いて腰でも抜かすかもしれない。だが、ドアを開けたのは予想だにしなかった人間だった。
「ミナユキさん? いつの間に外出たんですか?」
なんと、出たのはゲイザーの弟のリュウノスケだった。背はオレより少し低めで、痩せ気味でスリムな体形は兄とよく似ている。地元中学に通う三年生。受験の為にサッカーの時間を減らされて、塾に通わされているという、一番哀れな時期の少年だった。
「リュウ。お前、空気を読んで欲しかった」
「スイマセン、これから勉強会があんすよ」
苦笑いでそう言って、そそくさとオレの横をリュウは通り過ぎた。勉強会なら堂々と家を出ればいいだろうと思ったが、肩から下げてるカバンがスポーツバッグだった。
まさかアレに勉強道具が入っているわけではないだろうな、何となく事情を察したので見逃してやることにした。
「入部、おめでとぉ!」
男の声がしたので、リュウの方を向いてた顔を正面にやる。パァンという大きな音と共に、クラッカーを引いたゲイザーが姿を現した。
いきなりのことだったので、新入生二人は茫然とした顔になっていた。兄弟揃ってタイミングの悪い男だなと、オレは苦笑うしかなかった。
「あれ。僕、外した?」
反応の悪さに、ゲイザーが目をぱちくりさせた。
「何で、リュウが出て行ってすぐにやるかなお前」
「え、あいつ午後から勉強会じゃなかったっけ?」
「知らんけど、オレにも勉強会だって言って行ったから、友達とメシでも食ってから行くとかじゃねーの?」
「ふーん……」とゲイザーは不思議そうな顔をしていた。勉強会が嘘だとしたら、バレてるぞリュウ。
すると、何やら刺さるような視線に気づいて、後ろを振り向く。
オレを睨む稲瀬みのりと、困ったような表情の南タマキちゃんに気が付いた。いつものようにゲイザーと談笑してしまい、新入生二人の事をなおざりにしてしまっていた。
「ゲイザー。とりあえず、中入ろうぜ」
「……そうだな」とゲイザーも苦い顔をしていた。
リビングに二人を通すと、見事に飾り付けは決まっていた。入部おめでとう。と書かれた先輩手書きの横断幕は、特に気合が入っていた。流石、中学のときは書道部だったというだけあって、綺麗で迫力のある字だった。
それを見た二人が同時に「もしかして……」と呟いたので、サプライズが失敗したことがバレてしまった。先輩には呆れた顔で見られてしまったが、新入生二人は嬉しそうな表情だった。
皆に飲み物が行き渡った所で、部長である先輩が乾杯の音頭を取ることにした。あまりこういうのは慣れていないのか、少し恥ずかしそうな表情をしている。個人的に写真に収めておきたい程、可愛い姿だった。
「えっと、前置きは……いいか。みんなお腹空いてるもんね」と先輩はテーブルに並んだご馳走に目をやって苦笑い。実は朝食抜きの先輩が誰よりも料理に目がくらんでいるのだが、それは言わんが華だろう。
「それじゃあ、みんな。入部してくれてありがとうね。乾杯!」
「乾杯!」と先輩に続くように、残りの四人が紙コップを掲げた。
オレは紙コップに注がれたコーラを一気に飲み干して、喉の渇きを癒した。なんやかんや先ほどは色々あったが、こうして無事に歓迎会が始められたことは一安心である。
「へい」
声がしたので顔を上げると、ゲイザーがトングを片手にシーザーサラダの前で固まっていた。
「これ、どう取り分ければいいんだ?」
どうやらゲイザーの奴は、後輩にサラダを取り分けてあげようとしていたみたいだった。
「どう……って、なんだよ。シーザーサラダ食ったことないのか?」
「いや、この半熟卵。崩していいのかって」
「ポーチ・ド・エッグな」
そう言ってオレはトングを貸すようにと、ゲイザーへと手を伸ばした。
ポーチ・ド・エッグが何なのか分からなさそうな顔をしているゲイザーからトングを受け取り、オレは卵を潰してサラダ全体を覆うように黄身を伸ばした。
三つのポーチ・ド・エッグが黄色と白のマーブル模様になって、かまくらのようにサラダを包み込んだ。
新入生二人が「わぁ……」という感嘆の声を上げた。南タマキちゃんだけではなく、意外にも稲瀬みのりも目を輝かせていた。彼女もこういうのが好きなのだろうか。意外なんて言ってしまったが、考えてみればオレはまだ義妹のことを何も知らないのだ。
「これ。もしかして、ミナユキ先輩が作ったんですか?」と南タマキちゃんが言った。
「というか、この料理全部そうよ」と代わりに先輩が答えてくれたので、オレは出来るだけドーム状態を崩さぬように各自の皿に取り分けることにした。
「こんなに料理、上手かったんだ」
稲瀬みのりが、ぼそりと呟くように言った。そういえば、オレは詩織さんが来てから、家で料理をしていないのに気が付いた。料理を始めたのも好きでやっている訳では無く、誰も作ってくれる人が居なかったからだ。
「趣味なんですか?」と南タマキちゃんが目を輝かせたまま言った。
オレは何て答えようか迷ったけど、稲瀬みのりの前でそう言うと家でもやらされそうな気がしたので、正直に答えることにする。
「うち母親居なかったんだ。だから、自然とな。自分でやるようになっただけだ」と出来るだけ自然にはにかんでみた。
すると、南タマキちゃんの輝いていた瞳から光が消えた。サーッと顔色が青ざめていくのを見て、焦燥感って奴が背中を駆け抜ける。くそう。やはり、こうなるか。
「ご、ごめんなさい。わたし、その……」と南タマキちゃんは、見るからに慌てふためいていく。
「いや、マジで気にしないでって。そんなことより、折角の料理冷めちゃうからさ。食べようぜ」
オレはホカホカの鮭のチーズパイを切り分けて、断面から大げさにチーズを伸ばして皿に乗せる。
まるでピザのコマーシャルみたいな演出をした後、彼女の目の前に置いて笑顔を向けた。わざとらしい仕草だって思ったけど、南タマキちゃんの瞳に輝きが戻って一安心した。
母親が居なかった。過去形で話してしまったことにオレは気づいたが、言葉尻を捉えるような人は誰もいなかった。というか、誰も気にしなかったのだろう。
皆はオレ手製の料理を、それはおいしそうに頬張ってくれた。エッグドームのシーザーサラダはシャキシャキのトロトロ、鮭のチーズパイはサクサクでモチモチ。パエリアも米がいい感じのアルデンテに仕上がっており、ぷりぷりの海老は冷凍だと思わないくらいジューシーに仕上がっていた。
正直、オレの料理ってカロリーをまるで度外視したものばかりだ。女性には不向きだと思うと告げたが、それでも皆の笑顔が変わることは無かった。こういった会が開けて、みんなに喜んで貰えて、本当に良かったと心から思った。
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