第五話 アクシデントなハプニング


 次の日は朝から稲瀬みのりとの接触を免れるのに成功した。


 これじゃまるで彼女を避けているのが丸分かりみたいだが、今日のこれからを考えるとお互いの為に家での交流は少ない方がいいだろう。


 ゲイザーの家で朝食を済ませた後、諸々の用意に取り掛かる。食べ物の準備は前日に済ませてあるので、後は飾り付けだ。


 しかし、男二人ではどうしていいか分からないので、先輩の助けを借りることになった。先輩とゲイザーは従姉弟同士なのもあって、簡単に連絡を取ることが出来る。


 待っている間、ゲームをして暇を潰していた。気が付いたら一時間が経過したことが、先輩の登場により分かった。


 買い出しに行ってくれている間に他の事を済ませておくように。という指示が端末にあったのを気づかずに、このツイン馬鹿はロボットの世界に入り込んでいたのだ。


 後輩二人が来るまでもう時間がない。食べ物関係はオレ、飾り付け関係は先輩とゲイザーで迅速び進める羽目となった。本当は吾輩も先輩と作業をしたかったけど、何故か料理が出来るのは元ヤンの馬鹿だけだった。


 最低限の準備は出来ているので、あとは加熱調理と盛り付けだけ。それも三十分で終わらせてしまったので、飾り付け班を手伝おうと声を掛けた。


「こっちは大丈夫だから、二人を迎えに行ってあげて」


 柔和な笑み先輩が言ったから、間違ってもノーとは言えなかった。ゲイザーが行けよと言いたいところだったが、直々のご指名とあっては仕方ない。


 片方は義理の妹だが、可愛い後輩二人を迎えに駅へと向かった。


 ゲイザーの家は神奈川の東京サイドで、東京の神奈川サイドにあるオレの家と県境を跨いで隣の市にあった。高校はその丁度の境目にあり、東京側に住む二人も学校は徒歩で行ける程度。


 わざわざ電車で来る距離に住んでいるわけではないのに、何故に駅前集合かは理由がハッキリしていた。


 ゲイザーの家は完全に閑静な住宅街の中にあり、目印と呼べるものが何もない。電車を使わないにしても集合場所は駅前しか選択肢が無いのだった。


 春ということもあり、今日は風の強い日だった。


 駅まで歩いていく間にパーカーのフードがバッサバッサと煽られたし、帽子を飛ばされている通行人も居た。


 ここの駅は県内でも珍しく、屋根の何台か発電用の風車がある。見上げてみると、絶好調だと言わんばかりに支柱はブンブン踊っていて、過去最高だと主張するように羽根はグルグル回っていた。折れないのか、アレ。


 オレは出来るだけタクシーの迷惑にならないよう、ロータリーのど真ん中に仁王立ちする。二人の姿はどこだと見回すと、バス停のベンチに女の子の姿があった。その片方は目が合った瞬間に逸らしてきたので、わざと大きく手を振って二人の元へと向かった。


「せ、せんぱい。こんにちわ」と控えめに声を掛けてきてくれたのは、稲瀬みのりの親友である南タマキちゃんの方だった。


 南タマキちゃんは入部から三週間は経つというのに、未だに一度もオレと目を合わせてくれなかった。


 稲瀬みのりと同じ中学ということは女子校だ。男が苦手というのもそれなら理解が出来る。義妹ですら悲鳴をあげたんだ。こちらのお嬢様が義妹だとして、昨日の出来事が起こったら気絶していたかもしれない。


「やぁ、南ちゃん。ごきげん麗しゅう」


 おどけた声を出したら、我が義妹が鋭い眼光をこちらへと向けた。


「車道に立ったら迷惑だと思います、先輩」


 家に居る時とは違って、少しウエーブのかかった髪型だった。折角の集まりだからとオシャレしたのだろう。


「その方が分かり易いかと」と気づいていないふりをして、オレはわざとふざけた感じの返答をしてみた。


 この街は完全にベッドタウンなので、土曜日の昼にタクシーの姿は殆ど無い。これが夜中の終電間際だったら、オレだってそんなことはしない。


「きょ、今日はお招きいただき、ありがとうございます」


 南タマキちゃんが恭しく頭を下げたから、思わず撫でてしまいたくなったのを堪えた。


「いや、招いたのオレん家じゃないから。というか今のオレの家に誰も招けないから」


 そう言った瞬間、稲瀬みのりの眼光が更に鋭くなる。招くとか招けないとかじゃなく、今のオレは単なる間抜けだった。


「まぁ、とにかく行こうか」


 不思議そうな顔をしている南タマキちゃんと、不機嫌そうな顔をしている稲瀬みのりちゃんを連れてゲイザーの家へと向かった。


 駅へと歩いた時は向かい風だったから、反対方向は追い風だった。


 何となく後ろの二人が気になって振り向いてみた。稲瀬みのりの短い栗色の髪と、彼女と手をつないだ南タマキちゃんの長い黒髪が、こちらへと大きく棚引いていた。


 ちゃんとセットしたのにな。可哀想にと、ぼんやり見ていると、南タマキちゃんの最中の先から何かがこちらに向かってくるのに気がついた。


 無意識にオレは身体が動いていた。


 追い風に逆らうかのように、義妹の親友へと手を伸ばす。


 華奢な右肩に手をやって、こちらへと抱き寄せる。


 飛んでくる物の正体は何かの板だった。


「危ねえ!」


 南タマキちゃんの顔をオレの胸筋に寄せ、空いた右手で何かの板に思い切り拳を入れた。木製の破壊音が耳に入ってきた後、顔面に大きな衝撃が走った。


「おぼぇ」


 真っ二つに割れた板の片方が、勢いよくオレの顔面に熱い口づけを交わした。変な声を出してしまった男を無視するかのように、木片はどこかへと飛び去っていった。


 義妹に破片は当たっていないだろうか。チカチカする目を気合で開け、稲瀬みのりの方を確認する。驚いた表情でぽかんとしているが、大丈夫な様子だった。


「南ちゃんは平気か?」


 オレがそっと南タマキちゃんの後頭部から手を離すと、彼女は真っ赤な顔をしてオレを見上げた。初めて南タマキちゃんが目を合わせてくれた瞬間だった。


 涙で滲んだ瞳を見て、彼女を怖がらせてしまったんだと気が付いた。お前、粗暴だし。という昨日の親父の台詞が、どこかから聞こえてきたような気がした。


「ご、ごめん!」


 彼女から離れて、オレは思い切り頭を下げた。稲瀬みのりが大きく溜息をついた声が聞こえた。


「いっ! いえ!」


 下げた頭の先から聞こえた南タマキちゃんの声は裏返っていた。


「わ、わ、わたしは、大ジョブ、です! か、顔あげてください」


 そう言われてオレが頭を上げると、再び彼女と目が合ってしまう。恐怖からなのか、顔を真っ赤にした南タマキちゃんは、逃げるように稲瀬みのりの後ろに隠れてしまったのだった。

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