第二話 出来た義妹
そろそろ帰ったら如何と、ゲイザーに家を追い出された。
夜に捨てたような涼しい風が、身体へと伝うように舞い降りた。今日に限って早く帰されてしまったから、星夜に向けて中指を立てた。
月明りの街のもと、心の中だけが曇天で、足取りも鉛のように重かった。コンビニかどこかで時間でも潰そうかと思ったが、いい加減腹の虫が限界だった。
こんな時に限って新作のゲームが出たせいで、懐事情もよろしくはない。どこかで食べて済ますには、心許無い財布の中身だった。
高架を見上げると、電車の明かりが闇雲に手を伸ばすように、黒い景色を切り裂いていった。まるで彼方に響いた汽笛の音色が、叱咤しているかのようだった。お前もこうやって道を切り開くんだぞ、って偉そうに。
いい加減、分かってはいる。新しい家族が出来て、もう一週間も経ったんだ。いつまでも逃げちゃ駄目だし、慣れなければいけないんだ。大丈夫、先輩との輝かしいキャンパスライフの夢は遠のいちゃいないんだ。
携帯電話が震えたので、画面を見てみる。着信表記がパズルゲームのように重なっていて、その全てが家の電話番号。おまけにメッセージも同じ数だけ入っていた。
今、帰るっつうのボケ。
簡単にメッセージを打ち込んで、携帯電話をポケットにしまい直す。明日は家族が出来て、初めての週末だ。
部活の集合は昼からだけど、朝からゲイザーのところに逃げ込んでやろう。何ならゲーム機持ってて、あいつの家に置きっ放しにしてやろうか。どうやってゲーム機を運ぼうか、手段を考えている内に家の前まで着いてしまった。
時刻は夜の八時。見つからないように自室まで行って、目標が部屋に居るのが分かったら、リビングに行って飯を作ろう。詩織さんとは顔を合わすことになるが、それ自体は問題ではない。
もしリビングに居たら、二階に上がるまで我慢するしか他はない。自分の苗字が書かれた表札を見て、大きく溜息をついた。
「ただい……」
蚊の鳴くような声で玄関を開けると、それをかき消すかのような音量で女の子の声が響いた。
「遅い」
玄関開けると背も胸も小さくて華奢で生意気そうな女の子が、仁王立ちで待ち構えていた。
いきなり接敵してしまったよ。声に出さずに呟いて、静かに玄関の戸を閉めた。
「おかえりは?」とオレが言うと、「ただいまは?」と強めの口調で返される。
「なに、どしたの?」と溜息交じりに言うと、女の子は眉間に皺を寄せてこちらへとにじり寄った。
「どうしたのじゃないでしょ! 今日も帰りが遅いってどういう事ですか?」
「二年生には、やらなきゃいけねーことがあんでげす」
本当の理由が言える訳ないので、適当な言い訳を作る。
「あたしもママも、ご飯食べずに待ってたんですけど?」
「マジかよ、今日も食っててくれてよかったんだぜ」
「今日こそ、一緒に食べるって。約束しましたよね?」
人に指をさすなと教わってないのかもしれない。女の子がこっちに人差し指を向けて口元を歪ませたから、撃たれたフリして倒れてみようかとも思った。そんな冗談が通じない相手だと知っているから仕方ない。
「オーケーとは言ってなかった筈だ」
「あたしも限界なんで、早くリビングに来てください!」
吐き捨てるように彼女は言うと、踵を返してリビングへと向かった。こうなってしまっては仕方がない、足を動かす以外の選択肢は与えられなかった。
リビングに入ると、キッチンのテーブルにはサラダとコロッケが湯気を立てて皿に乗っていた。どうやら揚げ直させてしまったようで、衣がツヤツヤと光っていた。
「おかえり、ミナユキくん」
ご飯とみそ汁を乗せたトレーを持って、綺麗な女性がキッチンの向こうから現れた。彼女は稲瀬詩織、親父の婚約者である。
「早く先輩も座ってください」とオレを睨みつける女の子は、詩織さんの連れ子である稲瀬みのり。
うちの学校の一年生であり、天文部の出来る後輩でもあり。
オレの妹になる予定の子であった。
再婚はするとは聞いていたが、義妹が出来るとは聞いていなかった。そう言うと、親父は新しい家族が出来るとも言ったと抜かした。確かに間違っちゃいないが、それがまさか部活の後輩だとは思ってもみなかった。
初めて家族として顔を会わせた時に、思い切り名前を呼ばれたので、同じ学校だという事は判明してしまったが。それは、いずれ分かるだろうから仕方ない。
ここで一番面倒なのは、同じ部活で以前から知り合いだったとバレてしまう事だった。それはどうやら向こうも同じのようで、引っ越して来てから一週間は経つが、家では一向に部活の話題を上がらない。オレにとっても、それだけがせめてもの救いといえた。
あっちの苗字が何故、オレと同じではなく稲瀬なのかというと。まだ実は親父は、詩織さんと籍を入れていない。彼女にとっても再婚の話は急だったらしく、稲瀬みのりで入学してしまったので。今更クラスの友達に、親が再婚したと言えていないという状況だった。
そんな雪崩みたいな大きな状況は、全くこの吾輩も同じアレコレで。先輩にもゲイザーにも、再婚は最高機密となっている。
親も何となくそれを察してくれたようで、入籍はオレらが高校を卒業してからという約束をしてくれた。書類上で見れば、二人は婚約者。ミナユキとか言う男と、稲瀬みのりはまだ他人となっている。
とはいえ、いつまでも他人なのは親父が許してくれる筈がない。何故か知らんが稲瀬みのりは、あの男をパパと呼んでいる。
それ考えると、このミナユキも詩織さんをママと呼ばねばならぬ時が舞い降りて来るのだろうか。パパ呼ばわりされて嬉しいのか、緩んだ顔のオッサンを見てしまうと、やる気が消え失せるのだ。
「ミナユキくん」
丸くて暖かい詩織さんの声に、何故だか少し戸惑いながらも顔を上げる。
「ご飯のおかわりは?」
考え事をしながら黙々と食べていたせいか、気が付けば茶碗が空になっていた。全くコロッケの味を覚えていないが、腹よりも頭が一杯。これ以上は食事を続ける気分になれなかった。
「大丈夫です。ご馳走様」
みそ汁を飲み干し、茶碗と重ねると、自分の皿にコロッケがまだ一つ残っている事に気が付いた。
「食べないなら貰いますよ」と稲瀬みのりが言った。
食いさしならオレも抵抗があったが、箸どころかソースもつけていない状態だ。残すのも勿体ないので、食ってもらうことにした。
「折角のママの料理ですからね」
よく出来た後輩は、出来た娘でもあったか。そんなことを考えながら、自分の食器を洗い始める。
「シンクにつけておけばいいわよ、後でやるから」
詩織さんが声を掛けた頃には、既に洗い終えた茶碗をすすぎ始めていた。
「問題ねっす」とオレはすすぎ終えた食器を、乾燥棚に置いて部屋を後にした。
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