第一話 始まりは
ドアを開けると、珍しく親父が家に居た。
週末とはいえ、今日は平日。時刻は六時を回ってはいるが、中間管理職が帰宅できる時間ではなかった。リビングに入るなりソファに掛けるように言われたので、しぶしぶながら足を組んでもたれかかる。
普段は会っても最低限の会話しかしない癖に、今日はやけにソワソワしている様子だった。オレは何やら嫌な予感がして仕方なかったけど、空腹も限界だったので早く言うように急かした。
「……ミナユキ。実はな」
こちらに目もくれず、何やら気まずそうな口調だった。
もしかして、父さんの会社倒産したとか抜かすんじゃないよな。なんだよ、その薄ら寒いギャグ。って思ったが、そうだとしたら割と洒落にならない。
仮にそうなったのなら、小遣いカットでオレはバイトを強要される。部活にも行けなくなるし、先輩にも会えなくなる。あるいはこの一軒家を売り払って、引っ越すなんてのも大いにあるかもしれない。
バイトならまだしも、転校なんて以ての外だ。背中に嫌な汗を感じながら、親父の返答を息を呑んで待つ。
「父さん……再婚するかも」
意外な返答に暫く固まった。父さんとは言ったが、倒産ではない。すなわち、バイトも引っ越しも関係ない。
「あんだよ……」
大きく安堵の息をつくと、何を勘違いしたのか親父はバツの悪い表情になった。
「確かに急かもしれない。ただ、悪い人じゃないんだぞ」
待てよ、と思った。もしかしたら、再婚で引っ越しも可能性としては大いにありうる。
「なぁ、引っ越したりはしねえよな?」
親父にとっては意外な質問だったのだろう。しばらく目を見開いた後、「引っ越さない」と首を左右に振った。
「じゃあ。まぁ、どうでもいよ。親父の人生はあんたのもんだ。オレは反対する権利はねえ」
「でも、一緒に住むことになるんだぞ」
確かに知らない人間が一緒に住むというのは、こっちにとっても大いに生活に影響が出る話だった。
「でも、あと二年でオレも進学だし。大学生は一人暮らしさせてくれるんだよな?」
「ああ。俺の出た大学よりランクが下じゃなければ」
なら問題ない。何故なら、親父の出た大学は世間的に中の下あたりの偏差値だ。先輩の志望校はそれより上の場所だから、理想のキャンパスライフ実現に影響はない。
「それでミナユキ。明日の晩は空いてるか?」
「……昼は部活メンバーと飯行くが、夜は問題ない……が?」
「そうか」と親父はここにきて、やっと安心したような表情になった。
「それじゃ明日は晩飯がてら、その人を紹介させてくれ」
「オレ焼肉くいてえ」
「却下だ」と親父は呆れた顔になる。
「女性を紹介するのに焼肉はない。お前が食いたいだけだろう」
「当たり前だ。腹減ってんだぞ、こっちは」
「分かった。焼肉ならこれから連れてってやるから」
何が悲しくて、親父と二人で外食なんかしないといけないんだ。
だが、焼肉の魅力には逆らえない。肉は煮るより揚げるより、焼いた方が一番旨いのを知っているからだ。
右手に焼肉、左手に親父と飯は勘弁。という文字が乗った天秤が、自分の心に浮かんだ。
第一、親父と飯に行って何を話せばいいんだよ。だが、焼肉は捨てがたい。悩む若者に追い打ちをかけるように、親父が話掛けてきた。
「多分、お前と二人で飯に行くのはこれで最後かもだしな」
なんだよ、親父の癖にそういうのを気にするのかよ。仕方ない。ここは、こっちが折れてやるしかないか。溜息がてら、了承の一言を尻から零した。
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