第28話 やくそう無双
「うぐおおおお……!?」
突如として内なる宇宙に侵入されたクリスト氏は、胸をかきむしるようにして、もがき苦しんだ!
――ズギュウウウン!
だが俺は、そんな彼の抵抗をものともせず、神秘の森深くへと侵入していく!
(おや……意外と普通だ)
もっと魔界のような場所をイメージしていたが……。
全体的に青白く光っていて、森というよりも草原に近いような風景。
樹木はまばらで、下草が生い茂り、暗い空には力強い満月が輝いている。
木よりも草が多いということは、やはりエルフに比べて短命であることを意味しているのだろうか。
だが流石は回復術師、極めて生命力に溢れた景色である。
考えてもみれば、ヒトの繁殖欲ほどありふれたものもないわけで、クリスト氏の内部がごく普通の自然であるのも、当然のことだった。
しかし、どことなく単調な印象のある森だ。
その理由はすぐにわかる。
森の何処にも花が咲いていない。
おそらくは草勢が強すぎて、鑑賞にたえるような花が生育できないのだろう。
(もしかすると……)
森の様相を変えることで、クリスト氏の性質を変えられるかもしれないな。
俺は、この森を枯らすことで彼を弱体化させようと考えていたのだが、ここに来てその考えを少し改めた。
せっかく見ていて羨ましくなるほどの生命力を持つ自然なのだ。
ならばとことん『美しい場所』に変えてしまおう!
「きさまー!」
「ここで何をしているー!?」
「うおっ!?」
その時、どこからともなく『ちびクリスト』達が現れた。
生命の森の免疫機構だ。
しかも、ちびアリサさんに負けず劣らずの可愛らしい2頭身フォルム。
白金色の猫っ毛が、何とも言えぬマスコット感を醸しているぜ。
「駆除だー!」
「排除するー!」
俺を異物と認識したのか、手足にとりついて、ガブガブと噛りついてくる。
「わわわ、やめろ……あはっ! くすぐったいから……!」
「ガブガブ!」
「むしゃむしゃ!」
だがセイ霊体である俺にダメージを与えることはできない。
しかも俺は、この体にとって良いものなのだ。
「まぁまぁ、お前ら落ち着け……」
と言って俺は、キラキラの繭を作り出した。
餌付けである。
「別に悪いことをしようってんじゃないんだ……。ほらっ、飴ちゃんあげるから、あっち行って遊んでてくれよ」
「これは……甘くてほろ苦くて……」
「うまい!」
俺の体に取り付いていた小さなクリストは、こうしてあっけなく陥落した。
本当に、見た目通りの子供みたいだ。
それぞれキラキラの繭を胸に抱え、森の方々へと飛んでいく。
「さーて」
とにかく、花をいっぱい咲かせたいところだ。
この森、草ばかりで本当につまらないからな。
とことん繁ることに特化した森である。
「どこかに少しくらい生えてないかな…………おっ?」
森のひらけた場所に、辛うじて花と言えるような植物が生えていた。
小さな白い花を無数に散りばめた草である。
俺は早速、それにキラキラをかけて増殖させた。
「よしっ……!」
やがて広場を埋め尽くす、無数の小さな白い花。
まるで森の一角に、白い絨毯が広がったかのようだ。
――むぐぅっ!?
「ん?」
するとどこからともなく、クリスト氏本人の声が聞こえてきた。
――な、なんだこの感覚は……!?
どうやらこれだけで、本人が自覚するほどの変化が生じているようだ。
よし、ならば!
「おおーい、みんなー!」
俺は、大声でちびクリスト達を呼び寄せた。
1人でやるより、みんなでやった方が早いからな!
「うわっ、花がいっぱいだ!」
「白くて綺麗だ……」
「ふつくしい……」
本人に似て、ナルシストな一面を持つちびクリスト達は、興味津々と言った様子で俺の周囲に群がってきた。
「みんな、もっと森にお花を増やさないか!?」
そこですかさず提案!
「花を見つけてこのキラキラを撒いてくれよ。そうすれば森中が花畑になるぞっ!」
「な、なんだってー!?」
「やるやるー!」
「もっと美しくするぞ!」
するとみんな乗り気になってくれた。
俺は大急ぎでキラキラの繭を作って渡す。
「よーし!」
「やるぞー!」
やがてみなさん、俺のキラキラを抱えて森のあちこちへと飛んでいった。
「ここにある花を植え替えてあげるのも1つの手だぞー?」
「やるやるー!」
「摘んでいくよー!」
さらに提案すると、ちびクリスト達は足元に生えている白い花を摘み、まるで花飾りのように髪に差して持っていった。
なんか、ますます女の子っぽくなっていくな……。
ちなみに俺は、可愛ければ男だろうが女だろうか関係のない変態さんなので、その光景を見てホクホクと胸を温めてしまった。
39年間も童貞をこじらせた男の、歪みまくった性癖を舐めてはいけない……!
「もっと色んな花をみつけないとな……」
さらに俺は、ちびクリスト達にまざって他の種類の花を探した。
「おお……これは!」
すると断崖絶壁の上に、大きな青い花を見つけることが出来た。
なんだなんだ、あるじゃないか。
どうやら森の影響を受けにくい場所なら、意外なほど多種多様な花が咲いているらしい。
谷の底に怪しく光る紫色の花。
丘の上に咲くたんぽぽのような黄色い花。
そして遂には、バラに似た赤い花まで見つかった。
俺はそれらにキラキラを振りまき、増殖させて苗を作っていく。
「よーし、どんどん増やそー!」
――オオオオー!
キラキラの繭もせっせと作り、花の苗とともにちびクリスト達に渡していく。
森を作り変える作業は、病原菌を追っ払ったりするよりも難しくて大変だ。
俺が自分で新種を見つけないといけないし、ちびクリストに直接キラキラを渡さないといけないからな。
無闇矢鱈に撒くと、森自体が繁ってしまう。
「よーし、いい感じだー!」
だが、それだけにやりがいのある仕事だった。
色んな花を髪に飾ったちびクリスト達が神秘の森を飛びかい、鬱蒼とした森が、七色の花に彩られた庭園へと変貌を遂げていく。
その光景は、見ていてなんとも清々しいものだった。
――うおおお……やめろおおお!
「おっ?」
そんな俺の喜びとは裏腹に、クリスト本人はやたらと苦しんでいるが……。
――私の体がああああ!
果たしてどうなっているのだろうな?
中にいる俺には確かめようが無いが、その声からして、相当大変なことになっていることが想像できる。
「むふふ……存分に苦しむが良いさ」
いままで散々ヤンチャしてきたことへの報いだ。
俺がこの手で『中身から美しい体』に変えてやんよ――!
* * *
「シクシク……シクシク……」
「んむ……?」
例によって、目覚めると地面に突っ伏していた。
体を起こすと、目の前に妖精のように可憐な猫っ毛の女の子がいた。
「はて……」
どなたですかな?
地面の上にぺったんこ座りして、つぶらな瞳に涙をにじませているが……。
「わ、私に何をしたんだ……おまえ! うっうっ……こんな身体に、シクシク」
「え、ええーと……」
身につけているのは白い騎士風の服だが、かなりブカブカである。
精緻な宝飾のついた細身の剣が、彼女の傍らに転がっている。
つまりこの人は……。
「く、クリストさん?」
「他に誰がいる……! この山猿め……! ぐすんっ!」
こ、これは……!?
いわゆるひとつの『女体化』ではあるまいか!?
俺が彼(彼女?)の体内に花畑を作りまくった結果、繁殖欲の権化であったクリスト氏は、その正反対と言っても良い可憐な乙女に変貌してしまった!?
「えええー!?」
こ、これほどの効果とは!
俺は、自分で自分が恐ろしくなった。
摂取した者の性別まで変えてしまうとは……もはや完全に『やくそう』の域を超えている。
まさに『厄草』だ!
「あ、あなた……」
「はっ……!」
振り返ると、アリサさんが呆れた顔で見ていた。
「とんでもないわね……」
「あわわわ……」
自分でやっておきながら、どう始末をつけて良いかわからなかった。
クリスト氏を無力化することは出来たようだが、このまま国に帰すわけにはいかなくなった。
世界を揺るがす大事件になってしまう……。
アリサさんはひとつため息をつくと、女の子になってしまったクリスト氏に近づいていく。
「……どこか他に、具合が悪いところはある?」
直ぐ側にしゃがみこんで話しかける。
クリスト氏はふるふると首を振りつつ、怯えるようにして身を引いた。
「わ、わわわ……わけがわかりません……これもエルフの術なのですか?」
「いいえ……私も驚いているところ」
と言ってアリサさんは、咎めるような目でこっちを見てくる。
俺は何となく、その場に正座してしまった。
「私達の秘密を知ってしまったからには、このまま帰すわけにはいかない……。だから貴方にはやっぱり……ここで死んでもらうわ」
「……ひっ!」
恐怖に表情を引きつらせる女の子クリスト。
確かに彼(彼女?)は、負けたら死ぬことを受け入れた上で決闘に挑んできた。
ここで命を奪われても、文句は言えない立場である。
「悪く思わないでね」
「ガタガタ……」
アリサさんはそう言うと、紫電を帯びさせた指先をクリスト氏の首筋に当てた。
――パチンッ!
「あうっ……!?」
それだけで彼(彼女?)は、そのままバタリと地に倒れた。
そして、クッタリと動かなくなってしまった。
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