第27話 宿敵再来


 それからしばらくの間、俺はアリサさんの実験に付き合った。


 その過程でわかったのだが、一度治した病気や怪我は、その後は俺が意識しなくても治せるようなのだ。

 つまり、色んな怪我や病気の治療を経験することで、『やくそう』としてのレベルがどんどん上がっていくのである。


 いずれこの世界の人々はみな、病気知らずの怪我知らずになるだろう。

 魔法もある、エルフもいるこの世界でそんなことが起きたら、果たしてどんなことになるのか。

 本当に、ド◯クエみたいな世界になってしまうのではなかろうか。


「うーん、夢は膨らむ……」

「えっ、何か言った?」

「あ、いえ……何でも」


 乾燥させた根っ子をゴリゴリとすり潰しつつ、俺は遠い目をした。


 他にもアリサさんともに、森の中に出かけたりもした。

 薬草の加工場を作るのに適していそうな場所を探すためだ。

 しばらく慌ただしい日々が続き、やがて夏も終わりに近づく。


 そしてぼちぼち、スミレさんも起きるかなと思われた時のことだった。


「むむ!?」

「ど、どうしました!?」


 突如として、アリサさんの耳がピクリと反応したのだ。


「あいつが来るわ……!」

「まさか……!?」


 俺はアリサさんと2人、そっと窓から外を伺う。

 するとなんと、森の獣道をかきわけて、あの回復術師が歩いて来るではないか!


「い、いつの間に!」

「……こんな近くまで気配を感じないなんて」


 そう言えば、初めて来た時もいきなり現れたな。

 何か、気配を消すような特殊な術でも身につけているのだろうか?


「あなたはスミレさまをお願い……」

「……1人で大丈夫ですか?」

「ええ……これでも私はエルフよ」


 どうやら、純血種としての自信があるようだ。

 俺は静かに頷くと、スミレさんを引きずって物陰に隠れた。



 * * *



「さて……今日はどのツラ下げていらしたのかしら?」


 そう言って、腕を組んで仁王立ちするアリサさん。

 相手は、怪しげな病を持ち込んだ疑いのある人物。

 仮にそうでなかったとしても、森に害を成す者であることに変わりはない。

 笑顔でお出迎えなど、出来ようはずもない。


「おやおや、これはまた厳しいお出迎えです……お元気そうで何よりですが」


 一方クリスト氏は、動揺する素振りを見せず、涼しげな顔でお辞儀をしてきた。


 あくまでもシラを切るつもりだろうか?

 病気を持ち込んだ者からすれば、アリサさんが弱るか死ぬかしてないとおかしいはずだからな。

 明確な殺意があったのか、それともご自慢の回復術を見せつけて『キャー素敵! 抱いて!』みたいなマッチポンプを企んでいたのか……。


「お陰様で全然元気ではなかったわ。貴方が帰ったあと、ひどい風邪をひいてしまってね……。一体あれは何だったのかしら?」


 と、あからさまに咎めるような口調でアリサさんは言うが。


「えっ、そうなんですか?」


 クリスト氏は、そう言って目を丸くした。


「エルフが風邪をひくなど珍しい。お具合はよろしいのでしょうか? 良ければ診させていただきますが……」


 もし演技なのだとしたら白々しいことこの上ない。

 アリサさんはさらに表情を険しくする。


「結構よ。もうかなり前に治ったもの。それで、今日は何の用なの?」

「いいえ、特にこれといった用ではありません ただ、アリサさまに会いたいと思い、居ても立っても居られず来てしまっただけで……」

「ふーん……」


 本当に口が上手いやつだ。

 口説き文句みたいな言葉で誤魔化しよったな。


「はっきり言って、こちらは迷惑しているのだけどね。気配が感じられなくて不気味なのよ、あなた」

「ああ、それは失礼。回復術師というのは何かと狙われますからね……。1人で動く時は基本、気配を消しているんです」

「いつもいつも1人なのかしら?」

「いえ……連れの者達は遠くの道で休ませています。馬からおりて、そこから1人で歩いてきたのです」


 エルフ相手に、あえて単身で乗り込んでくるのは自信の現れか。

 それとも、連れの人達に知られたくないことでもあるのか。


「そもそも、ヒトは入らたがらない森ですものね」

「いえいえそれが……アリサさまに会ってみたいと思う者は存外に多いのですよ? 先程も、みなを黙らせるのに苦労しました」

「そ……あえて、貴方1人で乗り込んできたというのね?」

「ええ当然です、誰だって、下賤の者どもを引き連れて求愛に臨みたいとは思わないでしょう?」


 うおっ! 露骨に下心があることを認めてきたぞ。

 というか……隠しても仕方がないのか。

 大陸で知らぬ者がいないほどのプレイボーイだもんな。


「求愛? 貴方が私に?」

「はい、そうです。私の想いは、先日お会いした際に十分伝わっていたかと思っていましたが……ふふっ……アリサさまは存外、初心なところおありなのですね」

「むっ……」


 明らかに見下すような物言いだ。

 傍から見ているこちらまでカチンとくるぜ。

 そんな彼を、アリサさんは射殺すような目で睨み返す。


「何を言っているのかしらね。貴方が求めているのは私ではなく、エルフの女そのものなんでしょ? そんなことは先刻承知よ」

「ふふふ……ですが、今の私の目には、貴方の姿しか映っていない。私は貴方が欲しい……それこそ、命短きこの身を投げうってでも」

「…………」


 何やら、荒事の気配が漂ってきた。

 アリサさんも、わずかに半身を引いて身構える。


「どうでしょうアリサさま。ここは1つ、勝負をしませんか?」

「……え?」

「勝ったほうがお互いを好きにできる……そういう勝負です」

「…………」


 ついにクリスト氏は、力づくという手に打って出たか。

 まあ、他に方法もなのいだろうがな……。


「ふふんっ……搦め手で落とせないとわかったら、今度は力づく? 本当にどこまで卑劣なのかしらね」

「むむ……? 搦め手とは?」

「あくまでもシラを切るの……。まあ良いわ、付き纏われるのも面倒だし、ここでケリをつけてあげる」

「良くわかりませんが……願ってもないこと」


 そして変態クリスト氏は、ついに腰の剣に手を添える。


「言っておくけど、手加減なんてしないわ。負けたら命は無いと思うことね」

「それは随分なハンデです。私には貴方を殺せないのですから……。これで完全に貴方のほうが格上になった。私の挑戦は卑劣でもなんでもない、貴方を手に入れるための『正統な挑戦』だ!」

「はあ?」


 謎の理論を口にしつつ、クリスト氏は剣を抜いた。

 一方アリサさんは丸腰だが、果たしてどう戦うのか。


「本当に口の減らない奴ね。その首、一瞬で切り落としてやる!」


 相手は怪しげな疫病を流布した上に、力づくで女性を手篭めにしようとする不届き者。

 もはや情けをかける余地はない。

 アリサさんは左手を高くかざすと、詠唱とともに振り下ろした!


「風葉(かざは)の刃よ、渦巻け!」


――ビュオオオオー!


 すると、アリサさんを中心として強烈な旋風が巻き起こった。

 周囲の木の葉をかき集め、あたかもムチのようにしなる刃と成す。

 どうやら葉っぱそのものを、魔力の媒体としているようだ。


 あたかも自らの意志をもつように、葉っぱの刃が縦横無尽に暴れまわる。

 そして四方八方から、相手の体に殺到した――!


「ふふっ……発散(バースト)」


 だがクリスト氏は、余裕の笑みととに詠唱を返す。

 そして、手にする細身の剣が青く光ったかと思った瞬間、周囲に幾筋もの閃光が走った。


――シュババババ!


 目に見えぬほどの剣の速さだ。

 その剣閃にこめられた発散の術式により、魔力で操られていた木の葉の刃は、いともたやすく解けて散ってしまう。


「エクス――」


 だが、それらはすべて陽動であったようだ。

 すでにアリサさんの指先には、極限まで練られた魔力が輝いている!


「カリバー!」


 その指を横薙ぎに払うと、そこから長さ2メートルはあろうかという風の刃が出現した!

 そしてまさに、超音速の速さで相手の喉笛めがけて飛んでいく!


――スパアッ!


 うっ……!

 俺は思わず目をそむけてしまう。

 いかに発散の術式を込めているとは言え、細身の剣では防ぎようのない一撃だ。


 その刃は確かに、クリスト氏の首に突き刺さった。

 そして、頭と胴体がサヨナラしたはずなのだが……。


「素晴らしい切れ味です……」

「なっ……?」


 だがなんと、クリスト氏の首は切断されていなかった。

 まさに奇術!

 テーブルマジックの定番の、あの指ギロチンの如く、切れているようで切れていない!


「お陰で、くっつけるのも簡単でした」


 なんとクリスト氏は、首が切れた瞬間に回復術で接合したのだ。

 恐るべき度胸、そして恐るべき回復術の技巧!


「まるで死霊ね……じゃあ、これならどう!?」


――ゴオオオオオ!


 すると続いて、アリサさんは炎の魔法を行使した!

 高く掲げた両手の間から、太陽の如き真っ白な火柱が立つ。

 その火柱が、とぐろを巻くようにして全身をめぐり、突き出した手の平に収束していく!


「フレイム・レイ!」


 白熱するほどに収束された熱線が、クリスト氏の胸元めがけて放出される!


「ぬん!」

「えっ!?」


 だがクリスト氏はなんと、その熱線を素手で受け止めたのだ!


――ズブブブブブ……!


 一瞬でその手が消し炭になってもおかしくない威力。

 だがいつまでも、クリスト氏は右手一本でしのぎ続ける!


「回復が追いついているというの!?」

「その通りですよ……ふふ」


 毛が焼けるような臭いが、アトリエの中まで漂ってきている。

 だが、結局はそれだけであった。

 アリサさんの熱線による攻撃は、相手の肉まで届いていない。

 皮一枚でガードされている!


――シュオンッ!


 間もなくアリサさんは魔力を放出するのを止めた。

 このまま、相手の魔力が枯渇するまで追い込んでも良かったはずだが、それをやらなかったということは……。


「貴方……魔力石を持っているわね? しかも相当に高純度のものを」

「ええ、これでも用意周到な方なんですよ」


 アリサさんは若干息が上がり、額には汗が滲んでいる。

 一方クリスト氏はいまだに涼しい表情だ。

 まるで魔力が減っていない。


「何よ格下ぶっちゃって……財力も考えれば貴方のほうが上じゃない」

「ここが貴方の庭であることを考えれば、そうも言ってられません」

「わざわざ気配を消して近づいたのもそのためね。最初から力づくでどうにかする気だったんだわ、この卑怯者が!」

「ふふ、何とでも言って下さい。私は目的のためなら手段など選ばぬ男……」


 と言って、ゾッとするような笑みを浮かべるクリスト氏。

 どうやらアリサさんが劣勢になってしまったようだ。

 これは、黙って見ているわけにはいかないよな……。


「よし……」


 俺は薬包を一つ手に取ると、そっと裏口から外に出た。

 そして、建物の陰に身を潜める。


「どうします? 私とて風情を好まぬわけではないのです。大人しく私のものになってくれるなら、最大限の慈しみをもって接しますが……」

「冗談きついわね。私は誇り高きエルフ、最後の血の一滴まで抵抗するわよ」

「そうですか。ならば、あまり気は進みませんが……その脳を『治療』させて頂くとしましょうか……ふふふ」

「くっ……」


 ついにアリサさんは、くっころ状態にまで追い込まれてしまった!


 もう、清々しいほどの外道だ。

 完全に夢の通りかよ!


(……だが!)


 悪いがアリサさんは、この先、俺が生きていく上での大事な仲間なのだ。

 そうそうお前の好きにはさせねえ!


「アリサさん!」


 俺はそう叫ぶとともに、手にしていた『薬包』を投げつけた!


「――むっ!」


 クリスト氏は、俺の出現に驚くより早く、その剣を振るって薬包を切り裂いた。

 だが、それが俺の作戦だった。

 薬包の中に入っていた粉末が飛び散り、辺り一面に振り撒かれる!


「……これは!」


 慌てて袖で口元を覆うクリスト氏。

 だがもう遅い。

 呼吸とともに、その粉が体内に入ってしまったはずだ。


「しびれ薬だ!」


 スミレさん印のよく効くやつな!

 そしてその薬は、セイ霊である俺には効かない!


「うおおおおおー!」

「ぬうっ!?」


 俺は迷うことなく、クリスト氏の細い体に飛びかかって行く。

 そして――。


――ズギュウウウン!


「んにゅ!?」


 思いっきり唇めがけて『チュー』してやった!

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