第26話 やくそう誕生


 気がつけば再び、例の暗い森の中だった。

 全体的に赤っぽく光っていて、少し焦げたような匂いがする。


 どうやら、森の中でボヤ騒ぎがあったようだ。

 小さなアリサさんがじょうろを片手に消火活動を行っている。


 大した被害ではないので、放っておいても大丈夫だろうが、せっかく来たのだ。

 少しでも回復を早めることにしよう。


「アリサさーん!」

「あっ! またあんた!」

「手伝いに来てくれたの?」


 大した火傷じゃないので、みんなそんなに慌ててないな。

 さて、俺に何が出来るのか。


「何か協力できることあります?」

「うんっ、またあのキラキラ頂戴よ!」

「あれがあると3倍の速さで動けるから!」


 ほほう……赤い何かが飛んできそうですな。

 早速、キラキラの繭を作って渡してあげると、ちびアリサさん達は、本当に3倍近い速度でぶっ飛んでいった。


――うっひゃー!

――早い早いー!


 あっという間に消火活動が終わり、今度は鉈を片手に、傷んだ草やら枝やらを刈り払っていく。

 俺もよっこらせと、焦げてダメになってしまった草を引っこ抜く。


「おや?」


 根っ子はまだ生きているな……。

 キラキラをかけてやれば蘇るかも?


 俺は引っこ抜いた草を元にもどし、手の平からキラキラをぶっかけてみた。


――ワサワサワサ!


「うわっ! 気持ちわる!?」


 すると、一瞬にしてワサワサと生い茂った。

 なるほど、俺のキラキラには細胞分裂を活性化させる力もあるのだな。


「よーし、やるぞー!」


 俺は空高く飛び上がると、あたかも花咲かじいさんの如く、キラキラを振りまいていった!


――きゃー! すっごーい!

――どんどん生えるー!


 大量に飛び交っているちびアリサさん達も喜んでいる。

 今日はなんか……普通にめんこいな。


 細胞分裂と、老廃物除去の力が数倍に高められ、神秘の小宇宙はあっという間にもとの姿を取り戻していく――。



 * * *



「……はっ」


 気づけば、テーブルの上に突っ伏している。


 顔を上げると、アリサさんは指先をまじまじと眺めつつ、肩を震わせていた。


「す、すごい……治ったわ。しかも完全に」

「それはよかったっす……。でも放っておいても、そんなにかからず治ったと思いますよ?」

「うん、そうだけど……でもすごいわ」


 火傷が治せるということは、大抵の怪我は治せるだろうな。

 奇病ですら初見で治しきった俺に『やくそう』としての死角はなかった。


 アリサさんは、摘み取った俺の葉っぱを眺めつつ、眉間にシワをよせている。

 さてこの大発見、どう扱うべきか。

 それは、当の俺とて悩んでいるのだ。


「アリサさん……やっぱりこのことは、当分の間は秘密でしょうね」

「そうね……いくらなんでも、世界に対する影響が大きすぎる」


 どうやらアリサさんも、俺と似たような想像をしているみたいだ。


「俺、前々から自分の身をどうしようかと考えてはいたんです。初めてこの草に宿った時から、随分と特殊な力がある気がしていたんで……」

「そうなの?」

「はい、これはスミレさんが最初に気づいてくれたんですけど、俺の根っ子から出るキラキラっていうのが、全ての植物の生育を助けるみたいだったんで……」

「根っ子のキラキラねぇ……。そういえば、前に言っていたわね、『我の根っ子を活用しても良いぞよ?』みたいなこと」


 そんなことも、あったな。

 その後、正体がバレてえらい目にあったのだ。


「あと……スミレさんも何だかんだとすごい力を持っているので、下手に人間達に知られるのはマズいと思っていたんです」

「そうね、スミレさまの効能は、色んな分野に応用が効くわ。あの欲深なヒト族に知られたら、狙われて取り尽くされてしまう……」


 と言って、やはり険しい表情を浮かべるアリサさん。

 森に人を招くことを、とことん忌避されている。


「それで俺が考えていたのは、ゆーっくりと、気づかれないように繁っていって、いつの間にかどこにでも生えていた……という形で、人の世界に出現しようという作戦だったんです」

「なるほど……。それは確かに、考えられる作戦の一つね。でもヒト族だって、そこまでバカじゃない。そんなに繁る前に……恐らく、この森を出たあたりで誰かに見つかるんじゃないかしら。そんな神の奇跡みたい薬効があるなら、なおさらよ」

「やっぱり、そうですよね……」


 嫌な方向で意見が一致して、俺は思わず肩を落とした。

 やはり、争いは避けて通れないのだろうか。

 やくそう活用派と撲滅派にわかれて、人と人とが、無益な争いを繰り広げてしまうのだろうか……。


 いやだなー。

 争いの種にはなりたくない。

 草だけに!


「ところであなたは、ある程度は自分の意志で、繁殖を制御できるのよね?」

「はい、まあ……」

「だったら、今のところは極力繁らないでおいて。あなたの力を必要とするヒト族は、それこそ無数にいるだろうし、最近まで人間だったあなたなら、何とかして助けたいと思うかも知れないけど……」

「アリサさん……」


 まさか、かつて人間だったという事情を汲んでくれるとは思わなかった。

 正直、人々を見殺しにしていることへの罪悪感は、少なからずあったのだ。


「私にも考えがあるのよ。気づかれないように繁るのは難しいけど、あなたの根や葉っぱを摘んで、大量に確保しておくことは出来るわよね?」

「……むむ?」


 まあ出来るな。

 乾燥させたりしても効果が変わらないか、確かめる必要はあるだろうけど……。


「はっ……!」


 アリサさんのアイデアを理解した瞬間、全身に衝撃が走った。

 そうか、その手があったか!


「ふふっ……気付いたわね? 要は、大陸中に一斉流通させられるだけの量を確保してから、世にばらまけば良いのよ」

「おおっ!」


 流石はエルフ、頭いい!

 何も、生のまま蔓延る必要はないのだ。

 本当に、道具屋で売られている『やくそう』になっちまえば良い!


「そうすればヒト族はもう、あなたという存在を『当り前のもの』として受け入れるしかない。回復術師達の権威も、当然ガタ落ちになるわ」

「そうですね! あと、種をたくさんとっておいて、欲しい人に分けて栽培してもらうとか……あっ、でも」


 そこで俺は、以前アリサさんと話したことを思い出す。

 やくそうを流通させることには、デメリットもあるということを。


「でもそうすると……人の世界が発達して、いずれ森が脅かされる……」


 アリサさんの奇病を治すことが出来た俺ではあるが、また違った危機を、エルフの社会に招いてしまうことになる……。


「それはね……」


 アリサさんはそう言ってため息をつくと、軽く首を横に振った。


「きっともう、どうやっても避けられない運命よ。あなたがここに発生してしまった以上は……」

「あっ……」


 た、確かに……俺もスミレさんも、無限に森に隠れていられるわけではない。

 いずれ遠からず、人間達に見つかってしまう。

 まさに、避けがたい運命だ。


「じゃあ、俺は……」


 居なくなった方が良いのだろうか――?


 つい、そんなことを考えてしまうが。


「いいえ……」


 アリサさんは、そう言って俺の言葉を遮る。


「あなたのお陰で私は助かった。だから私は、あなたの存在を否定することなんてしないし、あなたにも、自分を否定して欲しくないと思っている」

「アリサさん……」


 なんだか今日は……本当にめんこいですな!


「それに、未来がどうなるかなんて、誰にもわからないことよ? そこはやっぱり、前向きに考えていかなければ。上手くいく方法は、必ずあるはずだから……ね?」

「……はっ」


 と言ってアリサさんは、俺の顔を見て静かに微笑んだ。

 その様はまさに、野に咲く花のようであった。


「はい……そうですね!」

「ええ」


 やくそうと薬草研究家――。

 俺とアリサさんが、真の意味で仲間になった瞬間だった。


 いつ俺の存在が知られても良いように、密かにストックを作っておく。

 そして、来たるべき時のために、考えられる限りの準備をしておく。

 それこそが、植物転生の最適解だろう!


「そうと決まれはビアナにも相談しないとね。ヒト族の動向を、これまで以上に注視しないといけない……。あと、どこかヒト族の入ってこれない場所に、生産拠点をつくらなきゃ。うーん……どこが良いかな」


 すでにアリサさんの中では、ちゃくちゃくと計画が進行しているようだった。

 俺という草は、いずれ必ず、この世界に普遍化されるだろう。


 そしてその時が、この地に『やくそう』が誕生する瞬間なのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る