第25話 能力覚醒!
庭のデッキチェアで光合成をしながら考える。
色々と切羽詰まってて深く考えなかったけど、俺は、アリサさんが罹患した『すごく変わった病気』を治療しちゃったんだよな……。
「……ヤバくね?」
普通に考えて、これはヤバい。
ヤバいという言葉は非常に便利で、実に様々な意味で使われる。
だが他に表現の手段がないくらいに、これは『色んな意味でヤバい』ことだった。
まず、俺は間違いなく『やくそう』みたいなもんだ。
それだけで十分にヤバい。
超が付くほどの便利品だ。
そしてその気になれば、この旺盛な繁殖力で世界中に繁ることが出来る。
世界が変わる、歴史が変わる。
実にヤバい、惑星規模の超現象になってしまう。
そうなった先に果たして、スミレさんやエルフさん達と森で静かに暮らすという未来は望めるのだろうか。
俺は以前、ありふれてしまえば安全だろうと考えていたが、どうにも雲行きが怪しくなってきた。
繁殖しきってしまえば流石に大丈夫とは思うのだが、その途中で絶対に妨害が入る気がする。
人間界の事情を考えれば、回復術師とその取り巻き連中に、何をされるかわかったものじゃないぞ。
無の輩の大量投下だって、有り得るんじゃないか?
「うむむむ……」
どうすりゃ良いんだ一体。
今の俺はまさに、アリサさんが作ろうとしていた『回復術に成り代わるもの』そのものだ。
それが大量生産も可能となると、世の中どうなるのかもわかったもんじゃない。
責任重大、超重大。
彼女が眼を覚まして俺の力のことを知ったら、果たしてどんな顔をするか……。
「うおおお……!」
どんなに考えても、わかるもんじゃねえ……!
神ならざるこの身で、未来を予見することなど叶うはずもない。
結局、なるようにしかならない気がするぜ……。
今はとにかく、何があっても生き残れるように、出来るだけ森の奥深くまで繁っておくことにしよう……。
* * *
その3日後――。
「ちょっと……良い?」
「はうっ……!」
温室の植物の世話をしていたら、彼女の方から話しかけてきた。
もうすっかり具合は良いようだ。
服もちゃんと着ているし。
「立ち話もなんだから、外のテーブルに行きましょう。聞きたいことが沢山あるの」
「は、はあ……」
「お茶を淹れるから、先に行って待っててよ」
「なんなら、俺がやりましょうか……?」
「ううん大丈夫……温室の世話もいいから、ゆっくりしてて」
ついに、真実を話す時が来たようだ。
俺はしかと頷くと、先に外に出てテーブルについた。
待つこと数分――。
「どうぞ」
「どうも……」
こう、きちんとお茶を振る舞って貰ったのは初めてかもしれない。
アリサさんの態度が、今までとはまったく違うな。
命を救われて、色々と思うところがあるのだろうか。
随分とおしとやかになってしまっている。
「ずずず……結構なお点前で」
「うん、まあね……」
良いお茶なのだろうが、緊張してて味が良くわからないな。
話があるとか言っておきながら、アリサさんは何も言い出さない。
俺はしばし、無言でお茶をすする。
「ずずず……ううっ」
結局お代わりをして、2杯目もほとんど飲んでしまう。
そこまできてようやく、アリサさんは口を開いた。
「そ、その……まずは礼を言うわね……ありがとう……どうやって治したのかは、知らないけれど……」
「いえ、どういたしまして……」
アリサさんは照れくさそうに目をそらし、耳の先を赤くした。
そうか、感謝の言葉を言い出すのに、心の準備が必要だったのか。
デレ……とは違うんだろうけど、彼女なりにケジメをつけたかったのだろう。
はっきり言って、俺がいなかったら真面目にヤバかったのだ。
「それで……結局あなたは私に何をしたのかしら? スミレさまが床で眠っておられるのと、何かが関係がある?」
「え、ええ……」
スミレさんはもう、あのまま秋までグッスリですよ。
俺は本当のことを話す決意を固めていたが、やはりビビって確認してしまう。
「怒らないで聞いてくれます?」
「それは……怒るようなことをしたってこと?」
ゴゴゴゴ……。
にわかに黒い波動が立ち昇り、俺は慌てて首を振る。
「も、もしかするとって、ことですよっ?」
「まあいいわ……治してもらったのは事実なのだし、何があっても不問にする」
「あわわ……」
とか言いながら、俺を睨まないでくれますかね!?
そして俺は、アリサさんが眠ってからのことを順に話していった。
救援を呼んできてもらうためにスミレさんを起こしたこと。
スミレさんが、俺ならアリサさんを治せると教えてくれたこと。
俺のセイ気を口移ししようとして、一度ためらってスミレさんに告ったこと。
そして、俺とスミレさん二人分のセイ気を、口移しでアリサさんに注入しようとしたら、意識ごと体内に吸い込まれてしまったこと――等々。
「別に変なことは考えてなかったんですよ!? 本当にアリサさんを助けたかっただけで!」
「う、うん……わかっているわ。でも、どさくさに紛れてスミレさまにプロポーズするなんて……」
どうやら、そっちの方がアリサさんにはショックだったようだ……。
「でも、まんざらでもなかったのかなぁ……」
「えっ?」
「な、なんでもないわ! それで、私の中に入ったわけね? セイ霊体の姿で」
「……ええ」
そして俺は、そこで見たことを詳しくアリサさんに話していった。
気持ち悪いグネグネのこと、ちびアリサさんのこと。
病原菌はどうやらカビの一種で、アリサさん自身の魔力を食って増殖していたこと……等々。
アリサさんはその一部始終を、真剣な表情で聞いていた。
「私達の魔力を食べるカビ……ね」
しばし沈思した後、アリサさんは口を開いた。
心当たりがあるのだろうか?
「それこそ、書物の記録にも残ってないほど大昔の話になるけど……。こことは別の大陸に、エルフ族の遺跡っていうのがあるのよね……」
「ほ、ほう?」
なにやら、考古学的な話が持ち上がったぞ?
「もともとエルフがいないとされていた大陸から、近年になって、大量のエルフ族の遺骨と居住地が発見されている。つまりすごく大昔に、何らかの理由でエルフの大量死が起こったということ……」
「それと、アリサさんの引いた風邪に、何か関係性があると?」
「まぁ……仮説だけどね。私のかかった風邪に似た病気は、どうやら相当に致死性の高いものだったようだけど、それと似たような症例というのを、私はまるで聞いたことがない……」
「それこそ……考古学レベルで発生源を探らなきゃいけないくらいに……ってことですかね?」
「うん……」
だとしたら、かなりマズいんじゃないか?
まだこの近辺に、その病原菌が残っているかもしれない。
虫などを介して広まる可能性だってある。
エルフの里だけでなく、ともすれば大陸中に、パンデミックを招くかもしれない。
「当面は、この近くにエルフ族の者を近づけられないわね」
「そうですね……。それで俺、何となく思うんですけど、あのクリストとかいうハーフエルフ、めっちゃ怪しくないです?」
「うん……今度あったら、徹底的に問い詰めなきゃ」
小一時間な!
エルフ族を弱体化させるために、どこかから奇病を持ってきて流行らせようとしたのかもしれない。
だとしたら、絶対に許せねえ!
「でも……それ以上に驚きなのが、あなたのその力よ。はっきり言ってその力があれば、私がかかった病気だって、何も怖いことはないもの」
「まあ、そうですけど……」
「正直、愕然としているわ……。あなたは私が追い求めていた、理想の薬草そのものだから」
「何か、ごめんなさい……」
「べ、別に謝らなくてもいいのよっ! これは本当にスゴいことよ? ヒト族だけじゃなく、私達エルフにとってもね」
と言ってアリサさんは、こちらに身を乗り出してきた。
何だかんだ言って、根っからの学者肌だ。
俺という新発見を、純粋に喜んでおられるのだな。
「疫病の治療以外にも、何か出来るのかしら? 例えば傷を治すとか」
「……さて」
やってみないと、何ともいえないな。
「じゃあ試しにやってみて! 実はね、私さっきお茶を淹れる時に指を火傷しちゃって……」
と言って、アリサさんは右手を見せてきた。
親指と人差し指の一部が赤くなっている。
熱々なヤカンを、うっかり触ってしまったのだろう。
「と、言われても……どうすれば」
また、口移しみたいにして、アリサさんの中に入っていけば良いのだろうか?
意識のある状態でそれをやるのは、流石に恥ずかしいが……。
「それは……はっ」
アリサ氏もそれに気づいたようで、急に顔を赤らめる。
「ばばば、バカ! 何を考えているのよ! この変態!」
「理不尽な!?」
チューで治療するとか、何かのマンガで見た気がする!
しかし、いちいちそうするのは不便だ……。
「うーん、どうしよう……湿布薬みたいにして貼ってみましょうか」
アリサさんはそう言うと、テーブルの上に虫除けとして置いてある鉢植えから、葉っぱを何枚か摘み取った。
それを軽くもんで、患部に当てる。
「ど、どうです?」
「むむむ……ちょっとは痛みが引くような気がするけど」
これで火傷が治ったら、それは本当に『やくそう』だ。
俺はアリサさんの火傷した患部を、固唾をのんで見守った。
すると……。
――ズギュウウウン!
(うおっ!?)
またしても俺の意識が、そこ目掛けて吸い込まれていったのだっ!
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