第24話 驚異の小宇宙


「……ここは」


 気がつけば暗い空。

 弱々しい光を放つ月から、流れ星のような光が降り注いでいる。


「森……なのか?」


 見渡せばそこは、全ての草花が怪しげな光を放つ森の中だった。

 まるで、昔の写真のネガフィルムをみているかのよう。


 なんとも不思議で、そして生暖かい空気の流れる森。

 まさかこれが、アリサさんの体内――驚異の小宇宙――だとでも言うのだろうか。


「枯れかけてる……」


 近くに生えていたワラビのような植物を手に取ると、くったりとして元気がない。

 森の木々も、紫色に光る葉を次々と落としていく。

 あきらかに森全体が、病魔に侵されている。


「どうなっているんだ……うわっ!」


 茂みをかき分けて進んでいくと、大きな樹の幹に、全長3メートルはあろうかという、巨大なグネグネした生き物が張り付いていた。

 その体表面は黒々としたまだら模様で、みるからに禍々しい。


 俺は直感的に、それがアリサさんの体を苦しめている元凶だと知る。


「く、くそっ! やめろぉ!」


 俺は地面に落ちていた枯れ木をひっつかむと、その黒いグネグネを攻撃した。


「ピギャアアアアー!」

「うわっ!?」


 だがそいつは突如として牙を剥き、俺に向って襲いかかってきたのだ。

 とっさに手を突き出して防御するが……。


――シュバババ!


「ピギャアアア!?」

「なんだっ?」


 なんと俺の手の平から、キラキラした糸のようなものが飛び出して、黒いグネグネに絡みついた。


「グ、グエエエー!?」

「あわわわ……」


 俺の手から出たキラキラを浴びたグネグネは、地面にボトリと落ちると、その場でもがき苦しむ。

 そしてやがて、塩をかけられたナメクジのように、縮こまって死んでしまった。


「これは……俺の根っ子のキラキラなのか?」


 そしてどうやら本当に、アリサさんの中に入ってしまったらしい。

 まるでミクロの決◯圏じゃないか。

 ならば、手当たりしだいにグネグネを倒していけば、いずれアリサさんの容態は良くなるはずだが……。


「数が多すぎる……」


 見渡せば、森の至る所にビッシリと、さきほどのグネグネがいるのだった。

 人体の内部に巣食う病原菌をしらみ潰しに倒していくのは、はっきり言って効率が悪い。

 どうしたものか。


――えいっ!

――やあー!


「なんだ?」


 その時、森の一角から、アリサさんに良く似た声が聞こえてきた。

 俺はそちらへと向ってみる。


 すると――。


「ええいっ、きりがないわ!」

「切っても切っても数が減らない!」


 手のひらサイズのちっちゃなアリサさん(2頭身)が、手に短剣を持って戦っていた!

 背中に翼も生えていて、まるで天使のようだ。

 ちゃんとメガネもかけている。


「アリサさーん!」


 俺は苦戦している2人のちびアリサさんに加勢する。

 手の平からキラキラを放出して、黒いグネグネをやっつける。


「あっ、葉っぱの変態!」

「なにしにきたの!?」

「たたた、助けに来たんですよ!?」


 いきなり変態とか言われてしまった。

 確かに今の俺は、葉っぱ一枚になってしまっているのだが、小宇宙の中でもツンツンされるとは……。

 まさに、細胞レベルで変態と思われている。


「あ、アリサさんがなかなか回復しないから来ちゃいましたよ! 俺のキラキラが効くみたいなんで、2人とも使って下さい!」


 と言って俺は、手の平の中にキラキラの繭を作って2人に渡した。


「こ、これは……スゴい殺菌力を感じるわ!」

「それに、私達の体にとってはエネルギーになるみたいよ?」


 そんな便利なもんだったか、俺のキラキラ。


「よし……このキラキラを私達の剣にからめて……いくわよー!」

「ほいさぁー!」


 2人は、手にしていた短剣にキラキラの力を付与させると、周囲にたくさんいるグネグネに切りかかっていった!


――シュバババ!

――ピギャアアアー!


 効果は抜群だった!

 あっという間に、辺り一帯のグネグネが退治されてしまう。


「これはスゴいわ! ねえ葉っぱの変態、もっと頂戴!」

「みんなにも配ってまわらないと!」

「え? ああ、はい!」


 微妙にめんこくないのは相変わらずだが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。

 俺は次から次へとキラキラの繭を作り、ちびアリサさんに渡していく。


――よおおーし!

――やるわよおおー!


 いつの間にか、数え切れないほどの人数になっていたアリサさん達は、俺のキラキラで光り輝く短剣を携え、森のあちこちに飛んでいった。

 これでひとまず、何とかなりそうだ。


「いやしかし……」


 あのグネグネは一体なんなのか。

 どうやら、ただの病原菌ではないようだが……。


「うーむ……」


 少し離れた場所から、ちびアリサさんとグネグネの戦いを見守る。

 空から降り注いでくる光の筋が、時折、アリサさんやグネグネの体に吸い込まれていき、どうやらエネルギー源になっているようだ。


 俺は改めて、夜空に浮かぶ弱々しい月を見上げる。

 あれはおそらく……アリサさんの魔力なのだ。

 それで、ちびアリサさんがいわゆる免疫系で、魔力によってその力が増強されている。


 だがその魔力は同時に、黒いグネグネ達をも活性化させるようだ。


「だからか……」


 よく見れば俺の足元にも、ミミズくらいの大きさのグネグネが這っている。

 ちびアリサさん達が頑張って大きいのを倒しても、アリサさん自身の魔力が、また新しい巨大グネグネを作り出してしまう。

 どおりでいつまで経っても、病気が治らないわけだ。


 アリサさんが試した薬の中には、カビから作った抗生物質も含まれている。

 抗生物質は細菌には効くが、ウィルスには効かない。

 見た感じ、このグネグネはウィルスではないが……仮に細菌だとしたら抗生物質によって撃退されていたはずだ。


 つまり、このグネグネはウィルスでも細菌でもない。

 となれば、残るは真菌類――要するにカビ――ということになる。

 同じカビなのだから、カビから作った抗生物質は効かない。

 むしろ逆に、病原菌を育ててしまう可能性さえあるだろう。


「ふーむ……カビか」


 水虫などがその代表だな。

 あれはつま先とか、人体の局所に蔓延る病気だが、全身症状にはまずならない。

 免疫力が十分であれば、真菌による病気は、普通は重篤化しないのだ。


 だから、アリサさんがかかったのは、よほど珍しい病気なのだろう。

 本人の回復力を逆利用して繁殖するという、極めてえげつない病原菌である。

 俺の脳裏に、あの色ボケ回復術師の顔が浮かぶ。

 十中八九、あのハーフエルフが何かやらかしたに違いないぜ……。


「こんど会ったら問い詰めてやる……!」


 小一時間以上な!


 しばらく様子をみていると、月の光がさらに弱まってきた。

 魔力の供給が止まれば、病原菌も活性を失うが、ちびアリサさんズも活動できなくなってしまう。

 いずれ免疫力が無くなり、アリサさんの全身は禍々しい真菌類の苗床となって、やがて枯れ果てるようにして死んでいくだろう……。


 だが!


「そうはさせない……!」


 俺は天高く飛び上がると、そこから森全体に向かて、根っ子のキラキラを振りまいていった――。



 * * *



「ううん……」


 やがて目が覚める。

 とてもつもなく心地よい感触が、俺の顔をサンドイッチする――。


「うほっ!?」


 なんと俺は、アリサさんの『谷間』に顔を埋めたまま眠っていた。


「や、やべ……!」


 慌てて体を起こして、アリサさんの様子を見る。

 こんなことを知られたら、間違いなく引っこ抜かれて燃やされてしまうぞ……!


「すう……すう……」

「おっ……?」


 だがアリサさんは、静かな寝息をたてて眠っておられた。

 顔の赤みも消え、汗すっかり引いている。

 おでこに手をあててみると、熱がだいぶ下がっているようだ。


「ほっ……」


 肩の上までシーツを被せつつ、俺は色んな意味でホッとした。

 症状は落ち着いているし、ラッキースケベもバレなかった。

 スミレさんの間接キスが、解熱と眠りの効果をもたらしたのかもしれないな。

 ちなみにそのスミレさんは、ベッドの下で爆睡しておられる……。


「……よかったぁ」


 どうやら峠は越えたみたいだ。

 アリサさんの体内には、相当な量のキラキラを振りまいたから、ちびアリサさん達がガス欠を起こすこともないだろう。

 逆に、俺の方が干からびちまってる……。


「ああーだる……」


 はっきりいって腹ペコだ。

 早く水飲んで土食って光合成しなきゃ……。


 グゥと鳴る腹を抑えつつ、俺は外の庭へと向かった。


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