第23話 初めての……?


「はぁ……はぁ……」

「……アリサさん」


 彼女の容態は日に日に悪くなっていった。

 何を食べてもすぐに戻してしまうし、どんな薬を飲んでも効かないし、熱も下がらない。

 目も落ちくぼんで、見るからに衰弱している。


「これ……まずいんじゃ……」


 里の人を呼んでこようかと提案してみたけど、アリサさんは良い顔をしない。

 彼女以上に医薬の知識に精通した人はいないというし、回復術についても、アリサさん自身が常に自分にかけている状態だ。

 風邪みたいな病気を、一瞬ですっきり治すようなことは、魔術をもってしても不可能なようで、地道に免疫力を活性化させるしかないらしい。


「アリサさん、やっぱり今すぐに応援を呼びましょう」


 手拭いを絞りつつ、再度提案する。

 このまま魔力が尽きたら、本当にマズいと思うのだが。


「いいえ……スミレさまにご迷惑はかけられないわ……ゲフッ、ゲフッ!」


 この一点張りである。

 今、助けを呼びにいけるのは、一度アリサさんとともに里に行っているスミレさんだけなのだ。

 俺も根っ子を伸ばしてはいるものの、もうしばらくかかってしまう。


「そんなこと言っている場合じゃ!」

「だ、大丈夫だってば……はぁはぁ……これくらい」


 本当に頑固なエルフさんだ。

 自立心が強すぎるのも考えものだな。

 まるで生前の自分を見ているようで、胸が痛む……。


「くっ……」


 だが、やはり放ってはおけない。

 俺はアリサさんが眠ったところを見計らって、スミレさんを起こしに行った。



 * * *



「むにゃむにゃ……」

「スミレさん、こっちです!」


 眠けまなこをこすりつつ。いまだ半分以上夢の中にいるスミレさん。

 彼女ををつれて、アトリエの中に入る。


「お願いです、スミレさん!」


 そして衰弱したアリサさんの前に。


「エルフの里まで助けを呼びに行ってください! このままじゃ、アリサさんが……!」

「まぁ……お顔があっついですぅ……ふわわぁ〜〜」


 スミレさんは、アリサさんのほっぺたに手をあてながら大きなあくびをした。

 緊張感がまったくない!

 なんか、俺1人だけテンパっているみたいでカッコ悪いぞ……。


「これはぁ……早く治してあげないとです……ケンジさんなら、うつら……」

「えっ? 俺が!?」


 その発想はなかった……。

 言われてみれば確かに、俺はセイ霊で、しかも無限に近い生命力を持つ。

 だが、どうやってそれをアリサさんに分け与えれば良いのだ?


「ケンジさんのぉ……ふわぁ……根っ子のキラキラを飲ませればぁ……」

「ええっ!? それで治るんです!?」

「はぁい……たぶん……うとうと」


 半分寝てはいるが、流石は長年この世界に居るセイ霊さまだっ!

 だったら早く、俺の草を引っこ抜いてきて、根をすりおろさないと……。


「あら、どこへ……?」

「庭ですよっ! 俺の草を引っこ抜いてくるんです!」

「……ええー? ケンジさんのキラキラの方が……きっと効きますよぉ……?」

「えっ?」


 お、俺のキラキラってどういうことだ?

 草じゃなくて、この体でってことか?

 スミレさん、一体何を考えているんだ……。


「ケンジさんの……根っ子から出る……甘いキラキラ……うふふぅ、じゅるり」

「!?」


 ま、まままま、まさか!

 お、おおお、俺の『根っ子』から出るキラキラって!?

 おおおお、おおお、おおお……おしっ……?


 ばばば、バカー!

 そんなもの飲ませるとは……卑猥にも程があるー!


「そ、それは流石にマズいっす! アリサさんにぶち殺されます……!」

「えー、どーしてですー? とっても美味しいのにぃ……むにゃあ」

「えっ!? ええーっ!」


 う、うーん、頭がこんがらがってきた!

 まさに眠りのスミレさんであるが、冗談で言っているわけではなかろう。

 というかまた、夢の中で美味しいものを食べてるな……。


 冷静になるんだ、俺。

 そもそも、スミレさんがそんな卑猥なことを言うわけがない。

 彼女が言いたいのは純粋に、俺の中にアリサさんを治療する力があるということ。


「ぐ、具体的にどうすれば良いのですかね……? 俺の中にある何かを飲ませれば良いのです?」

「はいですー」

「ち、血とか?」

「えー、痛いのはイヤですぅ……むにゃ」


 うーん、じゃあ……あとは何だ?

 汗? 鼻水? それとも……。

 いやいや……そんなバッチイものは……。


「とすれば……」


 唾液……あたりが妥当なのか。

 唾液とは、酵素の力でデンプンを糖に変える液体だが、セイ霊体である俺の体から分泌されるのであれば、根っ子のキラキラと同等なのかも……。


「はぁ……はぁ……」

「ごくり……」


 熱にうなされるアリサさんを見下ろしつつ、俺は葛藤した。

 それで彼女を救えるというのなら是非も無しだが……。


「ええい……ここは度胸だ!」


 なんでもやってみよう!

 俺は思い切って、アリサさんの唇に顔を近づけた。


「はぁ……はぁ……」

「むむっ……」


 衰弱しているせいか、唇の色まで悪くなっているな。

 アリサさんには色々と辛辣なことも言われたが、今は何とかして救ってあげたいという気持ちしか無い。

 これが、俺にとってのファーストキスになってしまうが、救命行為ということでノーカンにするしかないぜ……。


(ああ、だが!)


 いい歳こいてガキみたいなことを言っちゃうが、やっぱり初めてのチューは、好きな人としたいな……。


「くううっ!」


 俺は、しばしためらった後、スミレさんの方を振り向いた。


「ほええぇ……」


 未だにポヤァっとした半開きの目でこちらを見ておられる。

 唇に指をあて、若干頬を赤くしていることから、俺が今からアリサさんに口移しをしようとしていることは、ちゃんと認識しているみたいだ……。


(くうう……いつ見ても可愛いなぁ、スミレさん……!)


 俺、やっぱり初めてのキスはスミレさんとしたい。

 どうしようかなぁ。

 ダメ元で告白してみようかなぁ。

 今ここでやれることをやらなかったら、俺はこの先の超長い人生――もとい草生を、一生後悔しながら過ごすことになるかもしれない……。


「う、うおおお!」


 そう思うと突如として、俺の胸のうちに熱い思いがこみ上げてきた。


 そうだ告ろう!


 今、告ろう!


 やらずに後悔するより、やって後悔するんだ!


「す、スミレさん!」

「はいぃ?」


 俺が、肩を掴んで詰め寄ると、スミレさんは少しばかり大きく目を開いた。

 おとぎ話のように綺麗なピンク色の瞳が、まっすぐに俺の顔を見る。


「俺、スミレさんの事が好きです!」

「ほえっ?」


 すると、スミレさんの頬がさらに赤くなった。 

 頭の上に飾ってある冠の蕾が、いくつかポコッと花開く。


「スミレさんに出会えたから、こんな草みたいな体でも落ち込まずに、前向きに生きることが出来ました! 今の俺の人生は、スミレさんあってこそです!」


 誰かを守りたいという思いが、俺の心を励ましてくれた。

 スミレさん会えていなかったら、俺だって今頃、あの闇のキノコにでもやられて、絶望とともに枯れ果てていたかもしれない。


「これからも、スミレさんのことを……そして、森のみんなのことを守っていきたい。そんなふうに頑張っていきたいんです! だからその……これからもずっと、俺の側にいて欲しいです……!」

「ほええ……」

「だからこの好きはつまり……お嫁さんになって欲しいの『好き』です!」


 い、言った!

 いい歳こいて、初めてのプロポーズだぜ……!

 顔から火が出る!

 口から心臓、飛び出しそう……。


「嬉しいです……」

「えっ?」


 するとスミレさん、眠そうな瞳をさらに細めて微笑んだ。


「まるで夢の中みたい……」

「す、スミレさん……!」


 夢見心地になるほど喜んでくれるなんて!

 俺もまた、天にも昇るような思いであった。


「そ、その……」


 こ、ここは。

 この勢いでキスさせて下さいって言うべきなのかな。

 いやしかし……わざわざ確認を取るというのも無粋な気がする……。


(う、うーん……)


 だから俺は、言葉の代わりにただジッとスミレさんの目を見つめた。


「……んー」

「……はっ」


 するとスミレさんは察してくれたのか、自ら眼を閉じて、こちらに唇を向けてきてくれた!


(うおー!? OKサインキター!)


 夢にまで見たファーストキスだ!

 はぁ、はぁ……。

 俺は胸の鼓動を抑えつつ、スミレ色のその唇に、そっと自らの唇を重ねた。


「んっ……」

「ん……!」


 それは生涯忘れ得ぬほどの、幸福な瞬間であった――。


「ふにゃぁ……」

「えっ?」


 するとスミレさんは、そのまま俺の胸に身を預けて眠ってしまった。

 この暑い時期に、頭に血が昇りすぎてしまったのだろうか?


「はぁはぁ……」


 だ、だが、俺はやり遂げた。

 初めてのキスは、はちみつのように甘かった……。

 まるでスミレさんの方からも、俺に元気を分け与えてくれたかのようだ。


「よ、よしっ!」


 俺はスミレさんの体を床に横たえると、改めてアリサさんの前に立った。


「やるぞっ!」


 もはや、一切の憂いはなくなった。

 一皮むけて大人になった今なら、ハードな人工呼吸だって出来ちゃうぜ。

 俺は覆いかぶさるようにして身を乗り出すと、意を決して口移しを行った!


「俺とスミレさんの二人分です!」


 よみがえれエルフ!

 そんな思いとともに、俺は、アリサさんとも唇を重ねる!


――ズキュウウウン!


(うおっ!?)


 するとなんと!

 俺の意識は、その唇の中へと吸い込まれていったのだ――!


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