第21話 やなやつ!


「もー、やなやつ!」


 招かれざる客を見送った後、アリサさんはプリプリしながら戻ってきた。


「やなやつ! やなやつ!」

「あわわ……」


 いけませんアリサさん。

 それは、恋に落ちるフラグです……!


「何が善意よ! あいつ、ヒト族の世界だけでは飽き足らず、森にまで種を撒き散らす気だわ!」

「……これは、方々の里に注意して回らないとね」


 変態ハーフエルフ出没中!(しかも美少年)

 エルフ族に、穢らわしいヒトの血が混ざってしまうぜ……。

 

「こんなことなら、あいつの分だけ下剤いれておけばよかった! はあ……まったく、お茶淹れ直すわね!」

「ええ……」


 どこか疲れたように、窓際の椅子に腰を降ろすビアナさん。


「本当に、夢で見た通りでしたね。回復術士というのは、みんなああなんです?」

「そうね、特別な能力を持って生まれた者というのは、得てして増長するし……」

「弱い者の味方みたいな人は居ないんですかね……?」

「ええ、いないわ」


 きっぱり言い切った!


「民草なんて救っていたらきりがないし、亡者のように群がってきて、下手をすれば命まで取られるもの」

「うわぁ……」


 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』みたいな世界だ!

 回復術師とは、あまりにも希少価値がありすぎて、何かしらの権威に属していないと、まともに生きていけないのだ。


「じゃあ、薬が流行ったら、世の中かなり変わりますね」

「そうね、今でもアリサの薬は高く売れるのよ? 量産できたら、どれだけの富を産むか」


 そう考えると大変なことだ。

 アリサさんは、こんな場所に1人で住んでて大丈夫なのか。

 その薬学の知識を、殺したいほど疎む人までいるんだろう?


「……人間の世界にも、薬の研究をしている人はいるんですよね?」

「ええ、他にも回復術に頼らずにケガを直す手法……ゲカ術?……とやらを研究している人もいるわ。要は回復術師と、それを中核とする教会に対向する一派ね。有力貴族や大商人の後ろ盾を得たりして、それなりに善戦している」


 教会というのはアレだな、お金を払うと毒の治療とかをしてくれるのだ。

 ゲームだと、それより道具屋で『どくけし』買った方が早くて便利だったりもするけど、この世界では一般には流通していないし高価だ。

 教会としては、そんなものが量産されたら、商売上がったりだろう。


 まさにRPGの裏話。

 やくそうなんて、もっての他だ。


「おまたせ」

「ありがとう、アリサ」


 アリサさんがお茶を持って戻ってくる。

 おや、先ほどとは違うな。

 きっと一番良いやつだ。

 あんまり苦くなさそうだし、華々しい香りがする。


「あ、あうー……」

「はいっ、スミレさま!」

「とっても美味しそう……(じゅるり)」

「はわわ! これは気が利きませんで! すぐに用意しますね!」


 おやおや、お茶の香りに誘われてスミレさんが実体化した。

 セイ霊様を呼び寄せるとは、よほどの逸品なのだな。


「え、えーと……せっかくなので、ケンジさんも……」

「えっ! 俺ですか?」


 ちょっと飲んでみたいなーとは思っていたんだが、いかんせん俺、すっぽんぽんだしな。

 うーん、やはり。


「お、俺は、服を着れるようになってからで良いです……」

「えー、気にすることないですのに」


 いやいや、スミレさんは気にしなくても、エルフの2人は気にするでしょ!

 優しいスミレさんは、俺がぼっちにならないよう気を使ってくれているのだろうけど、女子達のお茶会に葉っぱ一枚の変態が混ざるとか、どう考えてもまずい。


「そ、それより俺、ちょっと外を見てきますっ!」

「あっ、ケンジさん……」


 アリサさんに追い出される前にと、俺は自ら進んで外周警備に出た。



 * * *



 突然の来訪者のせいで忘れていたが、森にはまだ、あの闇キノコの残党がいるはずなのだ。

 俺は、森中に張り巡らせた根っ子のネットワーク――名付けて『根っ子ワーク』――を駆使し、その存在を探っていった。

 すると……。


――キノキノ……。

――コーッ……。


(うほっ! いるじゃん!?)


 すると森のあちこちに、しめじサイズの闇キノコをいくつも発見した。

 早速、根っ子のキラキラをピュッピュとかけて、片っ端から駆除していく。


 ついでに、随分と森の草木が弱っていたので、これまた手当り次第にピュッピュして元気を分け与えていく。

 闇キノコの菌糸は、地中深くにまで潜っているので、キノコが見つかったり、植物が妙に弱っている場所などは、わざわざ根っ子を深くまで伸ばして、その存在を探ったりもした。


(ふふふ、もうすっかり俺の庭だぜ)


 意識を拡張すれば、まるで森全体が俺の体のようにも感じられる。

 いつの間にか随分と繁ったものだ。

 その一部はエルフの集落にも届いていたし、もうすこしで人里にまで出る所だった。


(あぶないあぶない……)


 まだ俺の存在を知らしめる時ではない。

 これ以上繁り過ぎるのは良くないので、さらにせっせとピュッピュして、自ら株を弱らせる。


――ワサワサワサ……!

――フオオオオオ……。

――ミナギルッ!


 その代わりに、森のみんなが元気になっちゃったけどな!

 これで闇キノコが少し残っていても、自分たちの力で退治できるはずだ。


(ふう……)


 よく働いた。

 俺は世捨て人だったが、働くこと自体は別に嫌いじゃないのだ。

 それが不毛なことだったり、効率が悪すぎたり、はたまた知らない誰かを無駄に潤すだけのことだったり、払わんでいい税金を払うだけだったりするから、嫌になるだけでな……。


 初夏の日差しに照らされて、森も山も、いつも以上に輝いて見えた。

 虫たちの声も心地よい。

 満足満足。


 やはり俺は、この森を守ることを第一に考えることとしよう。

 人間の中にも良い人はいるのかもしれないが、すまんが自分たちで何とかしてくれ……。


 なにせ俺はただの草。

 森を元気にしたり、お姉さん方の虫除けになったりするくらいは出来るけど、人間界の問題までどうこうできるような力は、持っておらんのだ。


(悲しいのう……)


 アトリエの側に戻ってきて、花壇の上で黄昏れる。

 家の中からは、スミレさん達の談笑する声が聞こえてくる。


 長老樹の爺さんも、こんなことを考えながら長い時を過ごしていたのだろうか。

 バカで欲深い人間達に切り倒された時は、どんなことを思っただろう。


(人間なんて、いっそ滅んでしまえ……)


 なんて、思ったかもしれないな。

 少なくとも、俺が同じ立場になったらそう考えてしまうだろう。

 自らを殺そうとする相手に慈悲を投げかけられるほど、聖者でも偉人でもないのだから。


 草にとなった今は、前世のこともどうでも良くなってきた。

 きっとあのまま、ワラワラと人口ばかり増えていって、いずれ地球を食いつぶしてしまうのだろう。


 一部の賢い人達が宇宙に進出して、そこに理想郷を作るかも知れないな。

 だが間違いなく、地球の生き残りが統合政府を作り、その理想郷との間で戦争を始めたりするのだ……。


 この世界でも、科学が進歩すれば同じようなことになりそうだ。

 いずれ、惑星規模の大戦争が起こるぞ。

 回復術師が幅を効かせている今の方が、よほど自然に優しいのかもしれない。


 だがその回復術師さんも、どうやら森を目の敵にしていたり、もしくは遺伝子的な侵略を目論んでいたりするのだから手に負えない。

 やはり滅ぼすしか無いのか、人類!

 この惑星を継ぐのは、エルフさんであって然るべきか――。


(……はっ)


 気づかぬうちにネガティブ思考になっていた。

 闇キノコの掃討をしていたせいかな?


 あぶないあぶない。

 ネガティブ思考に陥っている時に、重要な決断はしない方がいいんだ。

 あとで絶対に後悔するからな……。


(……寝よう)


 大抵のネガティブは、寝て起きて朝日を浴びれば消える。

 少し早いが、今日はもう休むとする。


(すや……)


 まもなく俺の意識は暗闇に落ち、安らかなる眠りが訪れる。


――カサカサッ


 その時、近くの草むらで黒い虫が動いたように見えた。


(……ん?)


 だが、俺は特に気にしなかった。

 なんたってここは森の中。

 黒い虫くらい、いくらでもいるだろう――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る