第20話 招かれざる客


 その人は、白を基調とした騎士の礼装のような服を着て、精緻な装飾の施された細身の剣を腰に下げていた。

 ひと目で相当な身分であることがわかるが……。

 

「これは驚いた……エルフ様の住処と聞いていたが、サル小屋でしたか」

「ど、どちらさまです!?」

 

 ホントいきなりだな、アポはとったのかよ……。


 とか、現代的なことを一瞬思ったが、それも無理な話か。

 ここは電話どころか、手紙だって届きそうにない森の奥だからな。

 っていうか、サル?


「……私の名を知らぬとは、やはりサルか」


 と言って、その人は少女と見間違えるほどの美貌をしかめた。

 耳が少しとがっているが……エルフ?

 でもちょっと違うような……っておい。

 あんた、またサルって言ったか!?


「ぐ……ぐぬぬ!?」


 正直カチンときたが、今は葉っぱ一枚の身。

 まるで言い返す言葉が無いぜ……。


「ちょ、ちょっとどいてよ!」

「むぎゅ!?」

「あ! あなたは、まさか……」


 俺を押しのけて出てきたアリサさんは、直ちに警戒の表情を浮かべる。

 それとは逆に、本来の家主が出てきことで、貴公子さんの表情はいくらか和らいだ。

 有名人なのか?


「薬草研究家のアリッサムさんですね。ご高名は聞き及んでおります。偶然近くを通りがかりまして……お顔を拝見できないかと訪ねてみたのです」


 そして、その場で優雅なお辞儀をし――。


「クリスト・レバイエティッドと申します」

「!?」


 と名乗ったのだ。


(ま、まじか……)


 どうやら俺が見たのは、予知夢であったらしい――。



 * * *



(何をしにいらしたのでしょう……)

(さてはて……)


 アトリエの中、鉢植えの影からスミレさんと2人で外を見守る。

 庭のテーブルにお茶が用意され、アリサさんとビアナさん、そしてクリストなる人物が卓を囲んで座っている。


 夢の内容からして、危険な人物であるのは間違いない……。

 特に色欲が凄まじいお方だ。

 純血エルフの2人が不覚をとるとも思えないが、ここは用心して見ておかねば。


 で、俺はあの後どうなったかというと。

 山猿に育てられた少年を保護している……ということにされましたとさ。

 山犬娘ならぬ山猿男である、ウキッ!


 だが実際、そういう人間もザラに居る世界らしい。

 クリストさんも、特に疑わなかった。

 まったく、ひどいもんだ。


「うーん、素晴らしい薬草茶です。魔力がみなぎってくるかのようだ」

「それはどうも」

「…………」


 突然押しかけといて、どこまでも尊大な態度だ。

 手土産の1つも無しと来たぜ。

 人間の世界では、それでも神のようにチヤホヤしてもらえるのだろうけど、アリサさんとビアナさんは、完全に白けておられる。


「あなたの薬草は私も使ってみたことがあるのです。解熱薬、強壮薬、解毒薬……どれもきちんと効き目があった。ものによっては回復促進の効果もある。いやまったく、エルフの知恵には驚かされます」

「そうですか」

「…………」


 どんな言葉も空に消える。

 遠目からは女子会でもしているように見えるが、全然楽しそうではない。


 クリスト氏はの髪は白に近い金髪で、短めに揃えられてやや猫っ毛だ。

 そこからピョコンと小ぶりなエルフ耳が覗いていて、いかにも小動物っぽい。

 体つきも華奢に見えるので、16歳という年齢もあるのだろうけど、グラマーなお姉さん達と並ぶと、殊更に子供っぽく見えてしまう。


 うっかりすると、その愛らしさに引きずり込まれてしまいそうだ。

 ぶっちゃけた話、俺の中にある理想のエルフ男子――もとい男の娘――そのもの。

 これは、ますます用心せねばなるまい……。


「それで、私にどんな要求を伝えに来たのです?」


 素っ気ない会話を交わした後、アリサさんは鋭く切り込んでいく。


「回復術師のお株を奪う仕事をしている自覚はありますが?」

「ふふふ、はっきりものを言う人は好きですよ。そうですね……確かに私は、ただ貴方の顔を見に来たわけではない。ひとつ、警告をしにきたのです」

「警告……?」


 アリサさんの表情が曇る。

 俺とスミレさんも、彼の言葉に耳をこらす。


「ええ、ヒト族の中には森を憎む者もいる。そして、そう言った者達にとって、貴方の行動は少々目立つのです……と」


 自らには敵意がないことを装いつつ、しっかりと思うところを伝えてきた。

 見た目に反して、口調は老練。

 それがまた、何とも言えぬ不気味さを醸しているな。


「ここはヒト族にとっては、呪われた地。何をする気かは知らないけれど、あなた達は再び、古代イーヴァの愚を犯そうというの?」


 アリサさんもまた、その言葉を受けて返す。

 警告には警告だ。


「いえいえ、そのようなことは……。ただ今は、ヒトもさまざまな知恵と知識を身につけている。そして多くの者が、あなた方エルフの力に憧れつつも、恐れを抱いている。それを増長するようなことは謹んだ方が良いと警告しているのですよ。いかにヒトが劣等種とはいえ、その規模はあなた方の数百……いや今や数千倍にも及ぶのですから」


 親切心を装いつつも、明らかに威圧してきているな。

 回復術師の権威を脅かすアリサさんの技術が疎ましいのだ。


 アリサさんがどういう方法で薬を流通させているかはわからないけど、クリスト氏の耳に入ったということは、上流階級のどこかにコネクションを持つのだろう。

 俺だったら、回復術師と対抗する勢力に薬を流してPRとかしてもらう。

 ビアナさんの話だと、人間界にも薬草を研究する人がいるようだし……。


「つまり貴方から見れば、私達エルフは滅びの危機に瀕していると?」

「そう怖い顔をなさらないで下さい。これでも私は善意に基づいて警告をしているのです。アリッサムさん、ベルビアナさん、お二人のような『美しき者』が、この世界から失われてしまうことを恐れて……」

「…………」

「…………」


 う、うわー!

 歯が浮くようなセリフをいともさらりと!


 2人とも全く表情を変えないが、内心はどうなんだろうな。

 流石のエルフと言えども、あんな見た目は可愛い男の子に『美しき者』とかいわれたら、流石にグラっときてしまうのでは……。


(と、どうですかね、解説のスミレさん)

(えーっとぉ……女の人というのわぁ……案外ワルい人に弱いのですー)


 ひえええー!?

 スミレさんのお墨付きだ!

 アリサさんはともかく、ビアナさんを落とされてしまったら、俺しばらく寝込んでしまうだろう……。


「ご存知のこととは思いますが、騎士クリスト」


 おっ! ここでビアナさんが反撃にでた!?


「エルフとハーフエルフの交わりは、エルフ族の中でも最高の禁忌とされております。ですので、その親切心に特段のメリットはありません」

「そんなに私達のことが好きなら、絵画や彫刻にでもして飾っておけば良いわ」

「はははっ、流石に手厳しいな。やはりヒト族の女のようにはいかぬか……」


 思わず苦笑いを浮かべるクリスト君。

 流石のプレイボーイも、ハートにダメージを負ったか!?


(流石はエルフ、鉄壁の守備力ですね解説のスミレさん……)

(そうですね……でもー、あえて強く突き放さければならないほどに、相手の圧が強かったとも言えますー。落とされる可能性は、けしてゼロではないです……)

(ふおおお!? まじすか!)


 そう簡単に安心は出来ないということか!

 というかスミレさん……他人の恋愛に関してはクールだ。


「ですが、これだけは信じて欲しいのです。知っての通り、私の血の半分はエルフ。ヒトからの羨望は一身に受けても、エルフに戻ることは叶わない。だがそれゆえに、あなた方に対する憧憬も人一倍に強いのだと……」


 おお! 今度は逆に弱みを見せて庇護欲をくすぐる作戦だ。

 これは揺れる! 揺れてしまう!

 負けるな! お姉さん達!


「あなた方と、この森が失われることを、私は何よりも悲しみましょう。なので、どうか知っておいて欲しいのです。すでに害意あるヒト族の手によって、この森が蝕まれていることを……。近頃なにか、森に異変が起きているのではありませんか?」

「!?」

「まさか!」


 極めて意味深な発言に、俺とスミレさんまで身を乗り出してしまう。


 あの闇キノコのことか!?

 確かにあれは、放っておけばいずれ、森中で大暴れしたことだろう。

 戦争のとばっちりかと思いきや、実は意図的に森に落とされていたものだったのか……!


「……なんて愚かな!」

「森を殺して、ヒトだけが生きられるとでも思っているのですか!」


 流石に気色ばむアリサさんとビアナさん。

 自然を破壊することの代償は大きい。

 この世界の人口規模ではまだ実感が無いかもしれないけど、そのうち世界規模の気候変動とかが起きて大変なことになるぞ。


 そこまでいかなくても、森や山を不毛にしてしまったら、普通に洪水とかで食料生産に影響が出るだろう。

 森の涵養力を舐めてはいけない!


「そうです、ヒトは基本的に愚かなのです。あなた方エルフは、近頃そのことを忘れているのでは」

「そ、それは……」


 確かに、ダークエルフさん達の尽力もあって、ここ最近は人とエルフが大きく衝突することは無くなった。

 クリスト氏の指摘は、エルフ族の気の緩みを的確に突くものだった。


「そんな愚かな者達に、貴重な薬をお流しになるとは……。慈悲深き心によるものか、それともヒト族には理解できぬ深遠なるお考えによるものか……。私のような若輩者にはうかがい知れませんが、今のところ、害あって利なしの状況に思えます」

「くっ……」

「…………」


 流石にこの情報には、2人も息を飲まずにはいられないようだった。

 それが本当なら、アリサさんの薬は、かえって森を害する結果を招いている。


「ビアナ……私達に対するヒト族の敵意って、そんなにひどいの?」

「……いいえ、よもや森ごと滅ぼそうとする一派までいたとは」


 2人はしばし、悠々とハーブティーを嗜んでいる相手を睨んだ。

 彼のもたらした情報がどこまで正確なものかはわからないし、自作自演という可能性すらある。

 だが、直ちに唾棄できるものでもないのだった。


「これは是非とも伝え広めて欲しいことだけど……」


 鋭い視線とともにアリサさんが言う。


「私がやっているのは、あくまでも基礎堅めの実験よ。回復術を代替する手段が、ヒトとエルフの関わりにどんな影響を及ぼすかを調べるというね……。その結果、悪性の方がより強いと解れば、もちろんそれは受け入れる」


 うむ、それが科学者としての正しいあり方だろうな。

 いわゆる一つの、ファクトにコミットである。


「それに、肝心の回復薬は完成の見込みすらないわ。そんなもののために、ヒト族は、あまりにも危機感を抱きすぎよ」

「ふふふ……そうかもしれませんね」


 アリサさんの言うヒト族とは、間違いなくクリスト氏を指しているのだろう。

 彼が、森滅ぼしの首謀者であるという可能性を消せない以上、打っておかなければならない釘なのだ。


「だが、その危機感を抱かざるを得ない歴史があるのもまた事実。ヒトは愚かですが、あなた方とて神ほどには賢くない。ここはともに知恵を持ち寄り、解決の道を探るべきでしょう」

「…………」

「…………」


 2人とも、そに意見に反論は無いようだった。

 言葉を失っている相手を満足げに見据えた後、クリスト氏は静かに席を立つ。


 それに合わせて、エルフの2人も立ち上がる。

 その表情には忸怩たる感情がにじんでいる。


「ベルビアナ導師にまでお立ち会いいただけるとは思いませんでした。また宮中にて見まえた際には、どうぞよしなに……」

「ええ……そうね」

「そしてアリッサムさん、あなたには、お近づきの印として、せめてその手にキスをお許し頂きたく……」

「えっ……?」


 う、うわー!

 キザ過ぎてキメえええー!


 何だかんだとウブいところのあるアリサさんは、思わず顔を赤らめている……!


(こ、これはマズいのでは……解説のスミレさん)

(はいっ、迷った時点で負けですね! 今一瞬、手がピクリと動きました。手の甲に口づけされる自分を想像してしまったのでしょう……)

(ぬわー! こんちくしょー!)


 精神的にはもう、キスをされたも同然だ!

 なんで気障ったらしい手口だ!

 ムキィー!


「それは……流石に遠慮するわ。せめて具体的な進展があってからにして欲しいわね。今日のところは……これでお帰りを」

「そうですか……ふふふっ、ではまた時を改めて……」


 ギリギリのところで踏みとどまったアリサ氏。

 何とも怪しい微笑を残して去っていくクリスト氏。

 彼からすれば、再訪の約束を交わせただけでも上々なのだろう。


 アリサさんもビアナさんも、鉄壁の守備力を見せこそしたが、人間界の意志の動きや、歴史的背景まで持ち出されては、一方的に追い返すことは叶わなかった。

 

(おそるべし、回復術師……)


 彼のいなくなった庭には、奇妙な敗北感が漂っていた。


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