第19話 まさに正夢


 俺が夢で見た内容は、現実とほぼ一致していた。

 クリストなる者は、回復術師としてだけでなく騎士としても有名らしい。


 現在の年齢は16歳。

 100年ほどと言われるハーフエルフの寿命を考えても、まだまだ駆け出しであるはずだが……。


「クリスト・ヨアヒム・レーヴェ・クロノス・ドートステッド・オーキシス・ド・ラ・ジョーヌ・レバイエティッド・ユークロイツ=ロラーン・セイトナイツ・オブ・ジオス・グスタフ・ダビデフ・ド・グラン=イーヴァ。それが、彼のフルネームよ」

「ながい!」


 冗談みたいに立派な名前だった!


 洗礼名やら、勲功によって授けられた名やら、他の貴族から貰った名やら、他国のお姫様からもらった名前やら、とにかく一杯ひっつけて、家名の下はお母さんの家門と出身(自称っぽい)、王宮内での立ち位置と続き、古の大イーヴァからの縁を示して締めである。


「ぜったい覚えられない!」


 マリー・アントワネットもビックリだ!

 もう、名前+家名で『クリスト・レバイエティッド』でいいじゃんよ……。


「このフルネームを覚えないと、彼とは目も合わせてもらえない……と、言われているわ。だからイーヴァの者はみな、毎日のようにその名前を復唱する」

「うわあ……」


 関わるかどうかは結局、相手次第なんだろうけどな。

 そのような長い名前を自発的に民達に暗記させるとは、恐ろしい人心掌握力である。

 下手すりゃ王様より人気あるんじゃないか?


「ところで、ビアナさんのフルネームは……?」

「わたしの名前は、ベルビアナ・ルー・ラビリスよ、ベルビアナが名前で、ラビリスが群名ね」

「シンプルで覚えやすいです……」


 それでいてファンタスティックだ!

 流石は異世界!


「ふふふ、そうね。アリサのフルネームはアリッサム・ラー・リミリー。エルフの名前は基本、名前と群名だけよ」

「ルーとかラーは敬称ですかね?」

「そんな大したものではないわ、ラビリス群『の』ベルビアナ、くらいの意味よ」


 レオナルド・ダ・ビンチの『ダ』みたいなもんか。

 エルフとダークエルフで使い分けているのだろう。


「なるほど……ちなみに俺はケンジ・ヤマイと申します。ニホンという国で暮らしていたのですが、そこでは名前に家名が一般的でした」

「身分に関係なく、そのような名乗りなの?」

「まあそうですね……。あとは、自己紹介の時に所属団体とか役職を添えることもありましたけど」

「興味深いわ、それだけでこの世界とは異なる風習を持つことがわかる」


 王族やら貴族やらが、文化財のようになってしまった世界だからな。

 日本でも出身地や家柄は気にされるものだが、この世界ほどではないだろう。


「それで、ケンジさんはどのような団体で、どのような役職を?」

「そ……それは」


 カイシャという団体でシャチクという役職を……なんてかっこ悪すぎて言えん!

 っていうかそれは過去の話で、死んだ時点での肩書は……うーん。


「じ、自由民でした……」


 無職というよりは格好がつくな。


「まあ……特定の所属を持たずに、身一つで世を渡り歩いていたのですね。ヒトの世界ではそうそう見ない生き方です。やはり、セイ霊に転生されるだけのことはある」

「い、いや……それほどでも」


 物語的な世界は随分と渡り歩きましたがね。

 良い方向に勘違いてくれているので、ここまま流しとこ……。



 * * *



「ただいまー」

「ただいま戻りましたです……あっ」


 ビアナさんと2人でお留守番をしていると、アリサさんとスミレさんが帰ってきた。

 スミレさんは俺の姿を見るなり、頬を赤くして横を向く。


「あっ……いやん」


 俺もまた、顔を赤くして手で体を隠す。


「あんた、まだその格好なの!?」

「ど、どうすりゃいいんですかね!?」


 男ものの服なんてどこにも無いんだしよ!

 大きめの葉っぱで股間だけ隠しているが、なおさら変質的である。


「セイ霊なのに、服くらい自分で用意できないの!?」

「無茶言わないでよ!」


 そんな技しらんわ!

 というか、スミレさんはどうやって服を出しているんだ?


「そ……そのー、ケンジさんはまだ力が安定していないのだと思いますー。慣れてくれば、そのうち好きな姿になれるはずです……」

「ですってよ! とにかく、服を来た自分の姿をイメージしなさい! 今すぐ!」

「う、ううーん?」


 衣装も含めて、俺という実体なのだろうな。

 しかし、俺が自分の姿についてイメージできるのは『髪がなんか緑色』ということくらいだ。

 前世の姿をイメージしたりはしているのだが、世界観が違いすぎるせいか、うまく実体化してくれない。


「ひとまず、草の姿にもどっておきますわ……」


 その方が早かったりもするな。


「えっ、戻っちゃうんですか?」

「えっ?」


 だが何故か、スミレさんが悲しそうな顔をした。

 どういうことだ?

 実体化していたほうが良いのか?


「いやぁ……スッポンポンでいるよりは良いかと」

「どうしてスッポンポンがいけないのです? せっかく体を手に入れたのに……」

「ええっ?」


 わ、わからん。

 さっき、俺の姿を見て目をそらしたじゃん……。


「だ、だってスミレさん、俺が裸なのを気にして横を向いたんじゃないんです?」

「え? ええ!?」

「違うんですか?」

「ち、違いますよー!?」

「ええ!? じゃあなんで……?」

「そ、そそそ、それは……!」


 するとスミレさん、さっきにも増してお顔を真っ赤にされた。


「い、言わせないで下さいそんなことー! ケンジさんのエッチぃ!」

「おわー!?」


 種が飛んできた!

 おでこにコツーンと当たって、それだけで意識がクラっとくる。


「ま、まさかあんた……『アレ』を覚えてないとか言わないでしょうね!?」


 続いてアリサさんがすごい剣幕で迫ってくるが、俺にはまったく、見に覚えがないことだ。


「何のことです!?」

「な!? マジなの!? 信じられない! これじゃあスミレ様の純粋な思いが……!」

「だから何のことだよー!?」

「最低! 一度は見直した私がバカだったわ!」


 お、俺は知らぬ間に女子たちの逆鱗に触れるようなことをしていたのか……。

 すっぽんぽんな姿とは別に。


「ケンジさん、それは流石に……」

「えええっ……!?」


 ビアナさんまで呆れた顔をしている。

 何だ何だ。

 どうしてスミレさんは、俺の姿を見て頬を赤らめたんだ?

 そして、何故その理由を聞いちゃ行けないんだー!?


「くすんっ……いいんですみなさん……ケンジさんが元気になってくれたなら、私はそれで……くすんっ」

「はわわ! なんとお労しやスミレ様! あんな恩知らずの甲斐性なしの葉っぱの変態に、そのような慈悲深き言葉など不要にございます!」

「…………」


 ひどい言われようだ。

 良くわかんねえが、スミレさんを泣かせてしまった。

 おいおい、俺ってば、どんな悪いことをしちまったんだよぉ……。

 誰か教えてくれー!


「遠出をして疲れました……わたし、しばらくお花に戻りますね……」

「は、はい……ゆっくりとお休みになって下さいませ」

「お労しや……」


 スミレさんはその場からフッと消え、草葉の影にお隠れになってしまった。


「じゃ、じゃあ俺も……」


 なんだかとても、居心地が悪い。

 俺も鉢植えの影に隠れようとするが……。


「ダメ! あんたは外! せっかく畑を作ってあげたんだから!」

「えええー!?」


 俺だけ野宿かよ!

 仮にもセイ霊様だぞー!?

 もちっと敬えー!


「い、いつか、長老さんに言ってバチあててもらうぞー!?」

「やれるもんならやってみなさい! あの時の長老樹の声は、あんたの演技だったって、道すがらスミレ様が教えてくれたんだから!」

「ぐ、ぐはー! バレてらー!?」

「どうせそんなこったろうと思っていたわ! この不届き者……いいえ、駄草! 今からここは、女だけの聖域になります! さあ、出てった出てったー!」

「ぬわー!?」


 そして俺は、腕を引っ張られ、背中を押され。

 あっという間に戸口まで追いやられてしまった。

 実体化したばかりでうまく力が入らんし、アリサさんの体力もハンパない!

 流石は森で生まれ育ったエルフさん……!


「ち、ちっくしょー! 今に見てろー!?」


 仕方なく、俺はそう吐き捨てて扉を開いた。

 いいもんいいもーん、お馬さんと仲良くしているから……。


 が、その時――。


「おや?」

「!?」


 なんと目の前に、金髪碧眼の貴公子さんが立っていたのだ。


「これはこれは……」

「……うおっ!?」


 突然のことに、俺は葉っぱをぶら下げたまま身構える。


 間抜けな絵面が、ここに極まれりである。


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