第16話 冥き世界
もと来た道を引き返し、2人と合流する。
「ビアナさん! アリサさん!」
「わあっ!?」
「ビックリ……」
「あっ、すいません……!」
いきなり草に話しかけられたら、そりゃ驚くわな。
いかん、いかん……。
「突然ですが、会って欲しい人がいるんです!」
「えっ?」
「会って欲しい人?」
2人とも神妙な顔つきになる。
先程の女性の悲鳴と符号するからだろう。
後ろをチラリと振り返ると、スミレさんは少し離れた木の陰に隠れておられた。
「その人は、ガチでこの森に古くからいる方です」
「そ、それって、もしかして!」
「セイ霊様なのっ?」
「はい、そうです! 2人と会うことには同意してくれましたけど、まだちょっと警戒して隠れています……」
「そう……」
「なの……」
2人は顔を見合わせると、ひどく悲しげな顔をした。
数百年の時を経てなお、森のセイ霊に警戒されてしまっているのだ。
前の世界の感覚で言えば、仏様や神様にそっぽを向かれているようなものだろう。
「ここは昔、もっと多くのセイ霊達が暮らす場所だったと聞いています。でも、人間達に荒らされてしまったんですよね? その方は、当時の記憶を殆ど失っているんですけど、本能的に、人やエルフを警戒してしまってるのです。でも、話を聞く限りだと、エルフさん達に罪はないようですし……。それに今、森で困ったことが起きていて」
「困ったこと?」
「む……」
アリサさんは首を傾げるが、ビアナさんは何かを察したようだ。
その長い耳を、森の奥の方に向ける。
「やはり、無の輩が発生しているのね」
「わかりますか!」
「ええ……これでもダークエルフですし」
よし、やっぱりビアナさんは専門家だった!
「お二人を、心あるエルフと見込んでお願いします! どうか彼女と話をしてあげてください! そして出来たら、この森を助けてください!」
すると2人は再び顔を見合わせ、しかと頷いた。
「古き時代のセイ霊様と言葉を交わせるのは、この上なく光栄なことよ」
「私達で良ければ、是非とも力になりましょう」
「ありがとうございます!」
さっそく俺は後ろを振り向き、スミレさんを呼ぶ!
「2人とも協力してくれるって言ってますよー! 出てきて下さーい! スミレさーん!」
すると木の陰に隠れていたスミレさんが、ひょっこり姿を表した。
「ああっ、なんと……!」
「実体化しておられる……!」
エルフの2人は、すかさずその場に膝をついた。
俺も一応セイ霊なんだけど、扱いがぜんぜん違うな……。
仕方がないことかもしれないが、正直ちょっぴりショックー。
スミレさんは胸元に手を添えつつ、不安げな表情を浮かべている。
だがやがて、意を決してこちらに歩いてきた。
「え、えーと……」
俺の直ぐ側まで来たスミレさんは、しっかりと頭を下げている2人を、しばし戸惑いの目で見下ろしていた。
だが間もなく、その2人の姿に誠意を見たのか、自らもその場に膝をついた。
「あの……どうかお顔を上げて下さい」
「はは……」
「畏れながら……」
2人は同時に顔をあげる。
そして直ちにその頬を赤くし、目を丸めて息を飲んだ。
「なんと可憐なお姿……」
「ありがたや……」
ビアナさんなんて、手を合わせて拝み始めた。
うむ、確かにスミレさんは可愛いもんな。
うっすら紫がかったピンク色のドレスと髪が、深緑の森の中に、神々しく輝き放つが如きだ。
「スミレさん、紹介します。アリサさんと、ビアナさんです。アリサさんはこの近くのアトリエで、薬の研究をしています。ビアナさんは人の世に精通しているようで、あのヤミ花やキノコについてもよく知っているようです」
「そうなのですか……。アリサさんは前にお見かけしましたね。私てっきり、あなたが長老さんに何かをしたのではと思って、眠らせてしまって……。驚かせてしまったでしょうね、ごめんなさい」
「は、はわはっ! 滅相もございません……!」
破天荒なところのあるアリサさんでさえ、すっかり畏まってしまっている。
森の霊はともすれば数万年……数億年の時すら生きる存在である。
いかにエルフとはいえ、やはり神のごとく敬わずにはいられないのだろう。
「そして貴方は、ダークエルフさんですね。お姿を見て思い出しました。確かあなた方は、異界の力を操って人間達と戦っていらしたような……」
「仰せの通りにございます。わたくし共の知恵の浅さ故に、返って多くのヒト族を森に招いてしまいました。未だに無の輩が蔓延っているのも、もとを正せば、わたくし共の業にございましょう……」
ふむ、やはりあのヤミ植物は、ダークエルフのルーツともなっている『冥き世界』と大きな関連があるようだ。
「うーん、その辺の事情はわたし、ちょっと良く覚えていなくって……」
スミレさんは口元に指をあて、当時の記憶を思い出そうとしているが。
「それでとにかく、あなた方のことを警戒していました。また再び、争いを呼び寄せるのではと……。でもケンジさんが、お二人に信頼を置いているようなので、私も信じてみようと思ったのです」
「……ありがたきお言葉です」
「え……ちょっ! まじなの……」
ビアナさんは頭を下げるが、アリサさんは俺の方を見てすごい顔をした。
あんたケンジって名前だったんかい――!
とでも言いたいのか?
「ビアナさん、俺もその、無の輩とやらが良くわからないんですけど」
「はい、ではお話いたしましょう……」
そして森の奥深くで、ダークエルフは語り出す。
* * *
この宇宙には、膨大な数の異界が存在する。
その中には、一切の『生命』を拒否した世界というのも存在する。
それが『冥き世界』。
無、静寂、死……。
そんな、永遠の終焉を望んだ魂のみが集う場所である。
俺が前いた世界や、スミレさん達が暮らすこの世界を『生者の世界』とするならば、冥き世界とは、あらゆる概念がそこから逆転した場所だ。
有と無――。
一見して相容れないと思われる両者であるが、実のところ、無数の
「深い絶望、死への衝動……生者の世界にも、至る所に無への入口が存在するのです。私達ダークエルフは、その入口を意図的に拡張することで、冥き世界の存在と接触する術を身につけました。冥き世界への入口……ダークゲートから引きずり出してきた冥き世界の住民……彼らのことを総じて『無の輩(ともがら)』と呼んでおります」
その姿は、花であったり虫であったり……はたまたヒトのような高等生物の形態を取ることもあるという。
冥き世界より生者の世界に引きずり出された者達は、死物狂いで冥き世界に還ろうとする。
その際に、膨大なヤミのエネルギーが発生するのだ。
ダークエルフはそれを積極的防衛の手段として利用し、人の世界に、夥しい破壊と恐怖をもたらしてきた。
「近年、ヒト族とエルフ族の融和が進んでおりますが、かつて自らを苦しめた冥き世界の力を、今は人間たちが利用しているのです。主として、ヒト族同士の争いのために……」
人間というのは歴史を見ればわかるように、戦争をする生き物だ。
そして知能を持つ生き物でもあり、有用だと思ったものは何でも利用する。
人間の王達は、冥き世界より呼び出した存在を石棺に封じ、生命力の強い翼竜などを使役して、それを敵地に投下させるのだという。
この森でしばしばヤミ花が発生するのは、目標地点に到達する前に翼竜が死んだりして、途中で放り出されることがあるからではないか……というのが、ビアナさんの分析するところ。
「要は、戦争のとばっちりってことですか」
「ええ……」
と言って、ビアナさんは肩を落とす。
無の輩を招来する術を編み出したのはダークエルフであり、自己防衛のためにやむを得ずやったこととはいえ、やはり自責の念があるのだろう。
「ダークエルフは、どうして人間に協力を?」
「それは……はっきり言ってしまいますと、人間同士が争っていれば、私達エルフ族が……かねては、森もまた安泰であるからです」
「ふむ……」
遥か昔から続く、人とエルフの因縁だな。
実に根の深い問題だ。
また、ダークエルフが人間に協力しているうちは、人はエルフを襲撃しない。
武力や法によって、エルフ狩りを取り締まることもあるそうだ。
結果、人とダークエルフは腐れ縁のような間柄となる。
無理に関係性を放棄しようとすれば、再び人の手による侵略が始まる。
そして、かつてのような無の輩を利用したゲリラ戦によって、森は破壊されてしまうだろう。
「何につけても、人間なのですね……」
草むらの上で膝を抱えていたスミレさんは、そう言ってため息をもらした。
話を聞く限りではやはり、人間がみんな悪いようだ。
それを理解してなお、スミレさんは怒りではなく、悲しみの表情を浮かべている。
「私達としても、これ以上どうしたら良いのかわからないのです。アリサの研究している回復術に代わる薬が、もしや人の世を変えはしないかと期待はしているのですが、今の所どうなるかは未知数ですし……」
「そうですね……」
スミレさんも、遠い昔にはどこかの国のお姫様――つまりは人間――だったのだろうし、色々と思うところがあるだろう。
仮に、この世界に『やくそう』的なものが普及したとしても、それだけで戦争が無くなるとは思えない。
むしろより元気になって、より激しく争い始める可能性だってある。
「逆に、人間を大人しくする薬って作れないもんですかね?」
「そりゃあ、そっちの方が簡単に作れるわよ……。でもそんな薬、誰が使うの?」
「それもそうか……」
妙案かとも思ったが、アリサさんの一言でバッサリと切って捨てられる。
まあ元気が無くなる薬なんて、誰も使わないよな……。
ヤミ花みたいなもんだ。
「ところでみなさん、おいでなさったわよ」
「むむっ?」
――モコモコモコ……!
――キノッ!
――コオッ!
「ああっ!?」
「キノコさん!?」
噂をすればなんとやら!
ビアナさんに言われて見てみれば、近くの岩陰にあの闇キノコさんが!
「まずは、あちらをどうにかしましょう」
「あわわ……!」
俺を除いた全員がその場に立ち上がる。
俺だけ実体が無いからな……。
ビアナさんは余裕っぽい表情だけど。
さて一体、どうやって始末するのだろうか?
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