第15話 無の輩


――きゃあああー!


「スミレさーん!?」


 突然訪れた森の危機。

 また例のヤミ花でも現れたか!?


「このタイミングで!?」


 丁度、森に戻ってきたところで事件発生とか……ご都合すぎるぞ!

 どういうことだ!?


「ちょっと駄草!」

「あなた、何かわかるの?」

「話は後です! とにかく俺を地面に植えて下さい! 早く!」


 困惑するお姉さん達を大声で急かす。

 森には俺のネットワークが張り巡らされているから、植えてもらえばすぐに、悲鳴のした方に直行できる!


「よ、よくわからないけど、わかったわ!」

「早く! 急いで!」

「ええい、ちょっと黙っててよ!」

「むお!?」


 アリサさん、俺の体をワシっと掴むと、力任せに鉢から引っこ抜いた!


「いででで!?」

「我慢しなさい! 強い子なんでしょ!?」


 ひ、ひどいな!

 根っ子がプチプチと切れてしまったではないか……。


――スポッ!


 そのまま俺は、土の中に放り込まれる。

 えいやと下半身に力をいれて、綿のように細かい根毛をワサワサッと伸ばす!


――シャキーン!


 ふおおおっ!

 森中に繁る本体へと結合され、意識が一気に拡張される!


「あっちか!」

「ちょ、ちょっと!?」


 俺は、未だに戸惑っている2人を置いて、悲鳴が聞こえた方角へと、全速力で意識を飛ばす!


――ザザザザッ!


 夥しい下草の生える鬱蒼とした森を突き抜け、一目散にスミレさんの元に!


――ザワザワッ!


 むむ……! なんだ?

 すごく嫌な気配がする……。


 生への意欲が根こそぎ奪われていくようなこの感覚は……間違いない!

 またあのヤミの花みたいなのが現れたのだ!


「うおおおー! スミレさああああん!」


――ズササササーッ!


 俺は超スピードで森の中を駆け抜ける!

 そして――!


「スミレさん! うわ!?」

「ケンジさん!?」


 そこにいたのはなんと!


――キノ……

――コオオ……!


「きのこぉーー!?」


 あの、ヤミ花と同じような青黒いオーラを放つ『きのこ』だった!

 黒に青の斑点模様という、見るからに禍々しい姿をしている。

 長靴くらいの大きさのそれが、あっちこっちにモコモコと、まるでスミレさんを取り囲むようにして生えてる!


「き、きめええええええ!」


 1UPどころじゃねええええ!

 食ったら絶対ゲームオーバーになるううう!


――キノッ!

――コォッ!


「う、うわあああ」


 しかもなんか動いている!?

 立派な笠を張ったヤミのキノコさんが、ピョコピョコと……。

 こ、これは卑猥いぃ!


「ケンジさんどこに行ってたんですかー!?」

「ご、ごめんなさい! うっかり収穫されちゃって……!」

「むむむ!? もしやあのエルフさんが……!?」

「いや、あちらに悪気は無かったんです! ちょっと俺が不注意だっただけで……」


 スミレさん、なんか怒っていらっしゃる!

 部外者に対して敏感なのだ。

 やっぱり森に入った人間を土に還してきたのは、スミレさんで間違いない。

 当時の記憶がなくても、つい本能的にやっちゃうんじゃないかな……。


――キーノーコー!

――ノコオー!


「ぬ、ぬわあああー!?」


 それよりも今は、この闇きのこだ!

 俺が来てから、さらに勢いが増している。

 もしや、セイ霊の存在に反応するのか!?


「どうしてこんな状況に!?」

「ケンジさんが、なかなか戻ってこないから心配で探してたんですー! そしたら突然ニョキニョキと……いやあああー! また生えてきたわー!」

「うわああああ!?」


 スミレさんは、本体の花が群生している辺りに立っているのだが、闇キノコたちに包囲されて、そこから抜け出せないようだ。


「ええい! とにかく突破口を開く!」


 俺は森中に生えている体からエネルギーをかき集めると、スミレさんに向かって地下茎を伸ばしていった!


「う……ぐおおおお!?」


 するとやっぱり『アレ』がきた!



 ああ……だめだ、だりい……。

 あの小さなヤミ花にだって苦戦した俺が、こんなにたくさんのキノコに勝てるわけがないじゃないか……。

 無駄骨だ……。



 キノコって世界一巨大な生物とも言われてる……。

 山や森の全体に、胞子が蔓延っていることもあるんだ……。

 完全に自然界のラスボスじゃん……。


 そんなのに立ち向かうなんてもはや勇気とは言わない……。

 ただの無謀だあ……。



「ケンジさーん! 頑張ってー! キノコに私の種は効かないのー!」

「はっ! スミレさん!」


 予想はしていたが、すごいマイナス思考に襲われた!

 ええい! ヤミの声になど耳を傾けるな!


 悲観は気分!

 楽観は意思!


 明るい未来を想像して、強い意思をもって歩んでいくのだー!


「うおおおお! スミレさん! 絶対助けるんで上手く行ったらまた膝枕してくださーい!」

「い、いいですよ! なんならもっと先まで!」

「ふおっ!?」


 ここでまさかのサービス発言!


 ひ、膝枕の先ってなんだ……?

 ふおおお……!

 も、もしや……み、耳かきですか?

 膝枕で耳かきですかあああ!?


「よっしゃあああああ!」


 さらなる活力を得た俺は、3倍の速度で突き進む!

 エロスの光は、地の底までをも照らすのだ!


 とは言っても、地道に地下茎を伸ばしているだけなので、傍から見ればのんびり極まりない。

 俺の主観では、銃弾の雨が降り注ぐ戦場を、匍匐前進で進んでいるような感じなのだが……。


「もう……ちょっと! うおおお! ひーざーまーくーらーあああ!」


――キ、キノ!?

――コォォ!?


 おおっと、闇キノコが動揺している!

 どうやら俺の、セイなる欲望を嫌がっているみたいだ。


 やがて笠を萎れさせ、ドロドロと自己消化を始める。

 まるでヒトヨタケみたいだ。

 自己消化を始めたヒトヨタケは、どす黒くてダラダラで、魔界の植物のように不気味だが、なんとそれでも食用なのだ。

 自己消化を始める前のものを摘んで、三杯酢などで頂くと美味であるという……。


「うおおおおー!」 


 食べ物のことを考えるのもアリだな!

 生きる意欲が湧いてくるぜ!

 俺は森の中で煩悩を全開にし、グングンと地下茎を伸ばして行く!


「スミレさん! 今です!」

「ありがとう! ケンジさん!」


 見事、闇キノコの包囲網を打ち破った俺は、スミレさんを連れて一目散にその場を離れた!

 ひとまずは危機を回避するが、振り返れば、闇キノコの姿が消えている。


 自己消化して土に還ったのだろうか?

 否、こんなことで消える奴らではない……。


「スミレさん、エルフさん達に助けを求めてみませんか!?」

「えっ?」


 そこで俺は、スミレさんに提案してみる。

 あの2人なら、ヤミ花や闇キノコへの対処を知っているかもしれない。

 特に『冥き世界』とやらに精通しているビアナさんなら……。


「俺、持ち帰られた先で2人のエルフさんと知り合いになったんです。数日かけて色々と話をして……今、森に植え直してもらいに来たところなんです」

「まあ……そんなことが」

「はい、スミレさんのことはまだ話していませんけど。2人とも近くまで来ています。スミレさんとも、話せばきっと仲良くなってくれると思います。なんたって森とエルフは、切っても切れない関係なんですから!」

「え、ええ……」


 するとスミレさん眉間にシワをよせ、ほっぺたに指を当てて考え込んだ。

 難しい顔をしててもスミレさんは可愛い。

 そしてやはり、エルフさんに対してもかなりの警戒心を持っているようだ。


「はい……ケンジさんがそう言うなら」


 スミレさんは不安そうな表情を浮かべつつもそう言った。

 本来なら、エルフとセイ霊は距離を置くべきものなのかもしれない。


 だが今の状況を、俺とスミレさんで乗り切るのは無理がある。

 ちょくちょく襲来するヤミの植物から森を守るには、やはりエルフさん達の協力が必要だ。


 俺は意識を拡大して、2人がいる場所を探ってみる。

 うーん……声のした方向に少し移動しているな。

 あちらはあちらで、やはり気になるのだろう。


「大丈夫です、エルフさんは俺達の味方ですよ! 長老さんの木の苗を育てているっていう話ですし」

「えっ! そうなんです? じゃあ、エルフの里に行けば会えるのかしら……」

「可能性はありますね! その辺も含めて話し合ってみましょう」


 何があっても俺がスミレさんを守りますから!

 とまでは、流石に恥ずかしくて言えんかったが……。


 俺は再び、スミレさんとともに森を移動する。

 やはり、森全体にどす黒い気配が漂っているのを感じる。


 あの闇キノコ、なんでこのタイミングで現れたのかはわからないけど、放っておいたら大変なことになるのは間違いないぜ……。


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