第14話 アリサの目的
「いい? ぜーったいに、ここから先には繁ってこないこと!」
「わかりました……」
と言ってアリサさんは、小道の脇に木の棒を突き刺す。
「もし侵入してきたら、片っ端から引っこ抜いて燃やすからね!」
「わかったってばー!」
俺はアリサさん達に連れられて、森の中に来ていた。
鉢はビアナさんが持ってくれている。
森の中に入るだけあって、流石に外套を着ておられるのだけど、葉の先っちょが胸元にチロチロと当たってしまうな……。
「ありがとうビアナ、ここからは私が持つわ」
「ううん、大丈夫よ。このまま行きましょう」
「そう? じゃあお言葉に甘えるわね」
アリサさんはスコップも持っているからな。
同時に持つのは大変だろう。
さらには山菜採りの人みたいにカゴを背負っている。
「ちょっとあんた! ビアナに変なことするんじゃないわよ!?」
「し、しないよ!」
たまにお胸を触っているが、不可抗力である!
そんなこんなで、俺は採取された近辺まで連れられていく。
どうやら無事、植え直して貰えそうだ。
スミレさんには心配かけちゃったかなー。
もう暑い季節だし、マイペースにお昼寝しててくれたら良いんだけど……。
(うーん、何とか早めに抜け出せねえか……)
お姉さん達の気が変わらんとも限らん。
森の中まで来たのだし、スポーンと意識だけ……。
(えーい!)
うむむ……。
どう気張っても無理のようだ。
やっぱり、それなりに本体の草に近づく必要があるのだろうな。
そしてアリサさん。
カゴとスコップを用意しているということは、俺の草を大量に採取していくつもりだな?
人のことをこんだけ忌み嫌っておいて、どこまでも現金なお姉さんである。
はたして、どう研究に生かされるのか。
「ちょっと聞いてもいいです?」
「いやよ! 黙っていなさい!」
「え……ちょ……」
は、話も聞かずにそんな……。
草が喋るっていうのは、確かに気味の悪い現象かもしれんけど。
「何を聞きたいのかしら?」
「どーせロクでもないことよ! ビアナ、相手しちゃ駄目!」
プリプリと頬を膨らませながらズンズン歩いていくアリサさん。
塩対応にも程がある。
ビアナさんの大人な態度が胸にしみるぜ。
「えーと……アリサさんは、どうして薬草の研究をしているのかなーって……」
しかも、あんな離れで1人ポツンと。
エルフの一族からも距離を置いているのが、ずっと気になっていた。
「してちゃ悪いのかしら!?」
「いや、ただ……純粋に興味が……」
「貴方の想像しているような、イヤらしい目的でないことは確かよ!」
取り付く島もない!
それに、長老さんの木を『あんなこと』に使っていた貴女が言っても、説得力ありませんからー!
どーせ、変な元気の出る薬だって作っているんだろ!
「アリサはね、人の世界に『回復術』に代わるもの普及させようとしているのよ」
「回復術に代わるものを?」
ビアナさんが代わりに答えてくれる。
つまり、ホ◯ミとかケ◯ルの代用になる手段ってことだよな。
それを人の世界に普及させると。
それってまったく『やくそう』じゃないか!
「ちょ、ちょっとビアナ……」
「いいじゃない、この草がスケベさんであるのは疑いないけど、あの長老樹の御霊と対話が出来るのよ? アリサの目的を伝えておいて、損はないと思うわ」
「う、むう……」
おおっとアリサさん、ぐうの音もでない。
やはりビアナさんは懐が深い!
しっかり旦那さんをコントロールしてらっしゃる。
「やっぱりこの世界には、そういう便利アイテムはないんですね」
「ええ、飲むだけで怪我が治る、病気が治る……そういった回復術と同等を効果をもたらすような薬は開発されていないの」
「ほほう……」
あんなにギンギンになるお香とか、かつては使われていたのであろう、食べると力や素早さが上がる実なんかも存在するのにな。
「不思議ですね」
「全然不思議じゃないわよ! 回復術は神の奇跡。火を燃したり、風を起こしたりするのとは訳が違うんだから」
「は、はあ……」
プリプリしつつもあれこれ教えてくれるアリサさん。
言われてみれば確かに、肉体を瞬間回復させるというのはただ事ではないな。
生体活動というのは、とてつもなく複雑な化学反応だ。
そういや、力の種や素早さの種の中身って、一体どうなっているのだろう?
摂取するだけで能力が上がるということは、つまりはドーピングか?
もしかすると、ステロイド剤のようなものかもな。
スタミナの種はずばり、精のつく食べ物だろうし、いのちの種は……鉄分たっぷりの増血剤とかかな?
ラックは? ふしぎは?
食べるだけで運が良くなったり、MPが増えたり?
この2つは完全にファンタジーだが……要は、何かを足すのだろう。
(そして……)
怪我や病気はどうやって治す?
自然治癒力を化学的に促進する方法など、果たしてあるのだろうか。
そのようなものは、俺の前世にだってなかったのに……。
回復術とは、科学の力をもってしても実現できないことを可能にするものだ。
相当に難度の高い操作だし、神の奇跡に例えられるのも当然と言える。
単純に、薬効のある植物を組み合わせるだけで実現できるとは思えないな……。
だからこそアリサさんは、セイ霊の力がたっぷりつまった長老樹の利用に、考えが至ったのかもしれない。
「お二人は回復術は使えるんですか?」
「バカにしないで頂戴! かすり傷程度なら治せるんだから」
「エルフはもともと自然治癒力が高いのよ。病気にもあまりかからないし」
「へえー」
いいな、それだけでも便利そうだ。
そしてやっぱり、この世界の人にとっては羨ましい限りの話なのだろう。
エルフは寿命も長いしな。
中世の平均寿命で考えれば、ヒトの20倍から30倍もあるのだ。
「じゃあもし回復薬が完成したら、人間にとってはすごいことですね」
「そりゃそうよ」
「個人の生活レベルを超えて、社会構造そのものにも大変革が起こるわね……。そして、アリサの狙いはまさにそれなの」
「なんと!」
どうやらこのお姉さん。
粗暴なようでいて、かなり崇高なことを考えていたようだ!
「まあ、ここまで話したんだから、最後まで教えておくわ。長老さまにも宜しく伝えておいてね?」
「了解っす……」
そして軽くデレた。
思ったより早かった……!
「ヒト族の中で、回復術が使える者は極稀にしかいないの。そうね……1万人に1人もいないんじゃないかしら? 大きな国でも数十人っていうレベル。だから回復術を使えるっていうだけで、金持ちや権力者達に引っ張りだこなの。庶民がその恩恵にあやかることは、まず無いわ」
「……難儀ですな」
「そうね。さらに言えば、権力者の間でも取り合いになる。だから古くからヒト族の者は、エルフを攫ってその血を奪うということを良くやっていた……」
「血を奪う……」
もちろん、文字通りの意味ではないだろう。
血を――つまり遺伝子を――自分たちの中に取り込もうとしたのだ。
オークやゴブリンが、人間をさらって苗床にするのと、似たような話か……。
「それで一時は、互いの存亡をかけるほどの争いになった。今でこそ、融和の動きが出ているけど、それでも私達を付け狙うヒト族は後を絶たない。今でもエルフを1人……特に男のエルフを狩ると、それだけで数年は優雅な暮らしが出来ると言うから……」
「げげっ……!?」
男の方が需要があるのか……!?
種馬のようにこき使われてしまうのか……それとも。
(ううっ……!)
想像しただけで、股間を抑えたくなってきた……。
「兎にも角にも回復術よ。ヒト族はあまりにも回復術の使い手が少ないし、それを巡って不毛な争いも起きている。そんなヒト族の社会構造をどうにかしないことには、真のエルフ族の安泰は訪れない。私はそう考えているの」
「なるほど……」
『やくそう』のような回復手段があれば、そのような争いは起こらない。
さらにはエルフを狩ってまでその力を手に入れたいという動機もなくなる。
確かに筋は通っているが……。
「だったらなぜ、私は1人でやっているのか? 妙に知恵の回るあなたなら、そのくらいのことは勘ぐっているんじゃない?」
「え、ええ……」
「もちろん、この作戦にはデメリットもある。回復術の代用になるような薬が仮に普及したとしたら、今度は別の問題が生じてくるのよ……わかるかしら?」
おおっと……ここでクエスチョンですか。
でも話を聞いていて、なんとなく気にかかることはあったのだ。
回復薬を作ることが、本当にエルフ族の安寧につながるのかという疑問が。
「人間が……今より確実に繁栄しますよね?」
「そう、まさにそれなのよ」
どうやら正解のようでした。
「そのデメリットの方が大きいというのが、エルフ族の中の主流な考え。かく言う私も、その危険性はかなり高いと思っている。あのヒト族の性質を考えればね……」
エルフさんがわざわざ良いお薬を作ってくれるというのに、それでもエルフさんに危害を加えることを止めないのか。
なんて酷い奴らなんだ人間!
バカヤロー!
そしてごめんなさい……。
「でも、かといって、回復薬の研究をすること自体がダメとはならないでしょう?」
「それもそうですね……」
研究しておけば、後々使う機会も出てくるかも知れない。
人の世だって不変ではないのだしな。
「だから私は里を離れて、1人で森の中に籠もって研究をしているの。リミリーの里が、エルフ族の異端にならないために」
「ふむふむ……」
彼女なりに、色々考えて行動しているのか。
すごいじゃないかアリサさん。
俺、感心した!
「私の話はこのくらいにしておいて……このあたりで良いかしら」
話をしている間に、俺が引っこ抜かれたあたりまで来ていた。
辺りをさっと見渡すと。
「あっ、我が分身!」
俺の体が、あっちこっちに繁っているじゃないですか!
しかもかなり増えてねーか?
オートマチックで繁殖してくれるとは、頼もしいような危なっかしいような。
「じゃ、この辺に植え直すわね」
「おねがいします!」
そしてアリサさんは、ちょうど俺が群生している横あたりを狙って、ザクッとスコップを突き刺す。
――きゃあああー!
「ヒエッ!?」
「うほっ!?」
「なにっ?」
森の奥から、スミレさんの悲鳴が聞こえてきたのはその時だった。
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