第13話 さらにバレる
「では、すみやかに森にお植え直しいたします」
「うむ」
よっしゃー!
これで森に帰れるー!
そうだ、お礼代わりに1つ良いことを教えてあげよう。
「コホン。ところでそなた、薬草の研究をしている様子。我の根には、植物の生育を活性化させる物質が含まれておるのだ。例の香木ほどではないかも知れぬが、よければ、それもあわせて活用するが良い……」
「ほ、本当ですか!? では、ありがたく使わせて頂きます!」
「うむうむ、ではそろそろ戻って良いか?」
「はい、ただいま……」
と言ってアリサさんは、俺の肩の上に浮いている謎のフワフワに向かって目配せした。
(むおっ?)
するとにわかに視界が揺れ、俺の意識は再び元の草へと戻っていった。
* * *
「ふう……」
「おつかれ、ビアナ。大丈夫?」
「ええ……思っていたのとは違ったけど、やっぱり強力なセイ霊だったわ」
気づけばビアナさん、全身にうっすらと汗をかいていた。
自らの体に、異界の存在と言ってもいいものを降ろすのだ。
さぞかしキツいだろう。
「思っていたのと違った?」
「そうね……なんて言ったらよいのか、愛を知らぬまま死んで、成仏できずに彷徨っている若い男性霊に近いんだけど……妙に世界観が異なるというか」
うむっ……!?
何だか胸が痛むんですが!?
「とにかく、かなりヒトに近いってことね?」
「ええ、純粋な植物霊でないのは明らかだけど、ヒトとも少し違う……私達エルフのことを随分と理解しているようでもあったし、ううーん……でもやっぱり、世界観がすごく奇妙……この世界にない知識をたくさん持っているみたい……」
ビアナお姉さんは、かなり混乱しておられた。
しかし話から察するに、ビアナさんは降ろした霊についての情報を、断片的にではあるが知ることが出来るらしい。
デタラメ言っていたことが、バレたりしてね?
アリサさんも神妙な顔になってきたし……ドキドキ。
「私が話した感じでは、相当に古い時代からこの世界に御わすセイ霊様のように思えたのだけど……」
「それは間違いなく演技ね」
「ふぬ!?」
ギクッ!
アリサさんの視線が、急激にジトっとしたものに!?
「そう……なんだ」
「この植物に憑いているのは、元はヒトのような姿をしていた存在のセイ霊で、しかもかなり若い。それに、こんなにも繁殖力の強い植物の霊が、長い時間眠りについていたなんて、どう考えたっておかしいじゃない?」
ギクギクゥ!?
ボロが出てきたー!
「これまで見なかったのに、突然湧いて出てきたのよね……」
「異界から来訪して間もないセイ霊と考えるのが妥当ね。霊体を得て、急速に繁殖力が増大したのよ」
「なるほどお……」
――ゴゴゴゴゴ……。
あわわ!
お二人の背後にどす黒いオーラが漂って見えるぞっ!?
「どうして、古代霊の演技なんてしてたのかしら……」
「下心を隠すためでしょうね」
「やっぱり……?」
「この世界の知識も確かに無かったんでしょうけど、何より私達の体に、すごーく興味津々のようだったもの」
「ふうーん……」
や、やべー!?
ビアナさんは良く見ておられた!
アリサさんは俺の鉢をガシッとつかむと、鬼のような形相で睨んできた!
「ああ……いまでも見知らぬオスに耳をねぶられているみたいで気持ち悪い。変な汗が出てきちゃう……」
「私のビアナになんてことを! やっぱり、このまま燃やしてしまいましょう! 何だかんだ言って、植え直してもらわないと森に戻れないみたいだし!」
「そうね、燃やされても大丈夫みたいなことを言っていたけど、たぶん口からでまかせね。山火事なんて近年起きていないし、顕現してから日の浅い霊が、自身が燃やさされるような体験をしているはずがないもの」
「よしっ、もうこのまま竈に焚べてしまいましょう!」
と言ってアリサさん、鉢植えを持ち上げたああああー!
俺はたまらず!
「うわあああああーん! ごめんなさーーい! 許して下さい! 燃やさないでくださあああい!」
「!?」
「!?」
身も蓋もなく泣き叫んだ!
「ちょ、ちょっとばかしエルフさん達のことが気になっただけなんですー! 森には大切な人も待っていて……! だから燃やさないでくださあああーい!」
「しゃ、しゃべ……」
「喋った!?」
そしてひとまず俺は、事なきを得るが……。
* * *
――しかし!
「さーて、それじゃあ……」
「本当のことを話してもらいましょう……」
「はわわわ……」
俺は地面の上に置かれていた。
目の前には、足と腕を組んでドーンと椅子に座るお姉さん達。
うーん、惚れ惚れするような曲線美ですな。
お二人がこちらを見下ろす視線には恐怖しか感じないけど。
「え、えーと……」
「言っておきますけど、もうあなたのことを高貴なセイ霊様とは思っていません」
「多少は進んだ文明からいらしたのでしょうけど……この世界のヒト族に負けず劣らずの野蛮であることは間違いないもの」
「ひ、ひいいいい……!」
もう何と答えても、ここで果てる未来しか想像できない!
(ま、まあ……それも一興かな)
綺麗なエルフ姉さんズの脚に、踏みにじられて死ぬ。
前世の孤独な死に方に比べれば、なんと幸せな最期であろうか……。
とか、本気で考えちゃうあたりが、まっこと救われぬ俺であった。
「まず、貴方は話せるにも関わらず、黙って私の生活を覗き見していた。間違いないわね?」
「はい! 間違いありません!」
「よろしい、ではビアナ」
「ええ、私からも1つ聞くわ。あなたは私の体に宿った瞬間、この体を弄びたい衝動にかられたわね? アリサに見られていたことで、仕方なく耳をいじるに留めたのでしょうけど……」
「はい! 間違いありません!」
下手な嘘は身を破滅させると知った!
ここは完全イエスマン作戦である!
「うん……」
「そうね……」
そして2人は、耳をピコピコさせて意思疎通!
「「死刑確定!」」
「いやああああああああああああああ!」
重い! 重すぎる!
それは重すぎますうううう!
せめて終身刑で……!
「と、言いたいところだけど……有用な草であることもまた事実なのよね」
「根っ子の話が本当なら、アリサとしては是非とも活用したいところでしょうし」
「口惜しい話だけどね……。はあー、でもこの卑猥草と共同生活するのは嫌だなー。霊体だけ地獄の業火で焼き尽くすとか出来ないものかしら」
「出来なくはないけど……」
でで、出来ちゃうのかよ!?
それに卑猥草って……酷い言い草だ!
「でも霊体を葬ったら、間違いなく今の活性は失われてしまうわね」
「そうねえ……霊草は霊草だもんね……。あーもう! 悩ましい! この、卑猥草! 最低!」
――ケシケシ!
「あ、あう!?」
アリサさんに脚で葉っぱをケシケシされる!
そんなことされたら、あり得ない種族進化を遂げて、触手お化けになっちゃうかもしれないぞ!
「くうぅ!」
俺は雑草の如き生命力を持つ草。
踏まれれば踏まれるほど強くなってみせるうう!
むしろご褒美いいぃ!
「あ、あうっ! いやん……!」
「うるさい! この駄草! しおれろ!」
「あっ! あふんっ! そんな! あっ♡」
「アリサ……なんか喜んでない?」
「え!? マジ!? 気持ちわる!」
「はぁ……はぁ……」
やがて毒虫を見るような目で俺を見下ろしてくるアリサさん。
はぁはぁ……それすらたまんねえぜ。
だが、流石に足蹴にされては頭にきてしまう。
俺は完全に開き直った!
「俺は草ですよ? 踏まれたってすり潰されたってどってことはないんです!」
「き……気持ち悪いから勝手に喋るな! 私、植物は大抵好きだけど、この喋る草だけは無理! 生理的に無理ぃー!」
「ふははははは! だが、アリサさんとやら! 貴方に俺は殺せない! この素晴らしい虫よけ効果の虜になっていることはお見通しだあー!」
「ひ、開き直った!? 最低! べ、別にあなたなんていなくても……!」
だがそこで、アリサさんは言いよどむ!
「ほらほらどうした! 続きを言ってみな!? 俺を地獄に落としたければ好きにしろよ! 世紀の大発見かもしれないのになー! もう二度と会えないぜ!? ここで一人、虫に刺されながら一生後悔するがいいさ、ふははははー!」
「ぐぬぬぬぬ!?」
ついにお姉さん、耳の先まで真っ赤になった!
怒っている! めっちゃ怒っている!
もっと怒れ! そして俺を踏んづけろー!
葉っぱからでも根を出して大繁殖してやるーー!
そしていずれ触手お化けに進化して、このムッツリスケベなエロフお姉さんにあんなことやこんなこと……ぐへへへへー!
夢は膨らみますわい!
「アリサ、落ち着いて。相手の思うツボよ……。随分とお喋りな草だけど、主導権はこちらにあるわ。なんなら私が預かるけど?」
「え……?」
「人の国にも、薬草を研究している人は居るからね」
うほっ! それは名案かも!
何だかんだと、ビアナさんの方が俺のことを大事にしてくれそうだ。
俺とて好き好んで触手お化けになりたいわけではない。
人間の世界に連れて行かれちゃうんだろうけど、どこでも逞しく茂って見せるぜ。
そして必ず、スミレさんに土産話を持って帰るんだー!
「……いいえビアナ、それだけは嫌」
「そう?」
「こんな卑猥な草を、あなたの側に置いておきたくない! 下手をしたら体を乗っ取られるわよ……?」
「まあ……無きにしもあらずだけど」
降霊術師の宿命みたいなもんだろうか?
確かにビアナお姉さんの体の中は、とーっても居心地が良かった。
ずっと入っていられるものなら、入っていたい。
「それに、何だかんだ言って霊草なのよ。人間の手に渡ったら、どんなことに使われるかわからない……。気持ち悪いけど、私の手で責任をもって調査するわ」
「そう、無理はしないでね?」
ちっ、結局この粗暴なムッツリお姉さんと一緒か。
まあ……いつか隙を見て逃げ出してやろう。
「そう言えばあなた、森に大切な人が待っているっていったわね? 他にもセイ霊様がおられるのかしら?」
「う、それは……」
俺は答えに臆してしまう。
先程はとっさに口走ってしまったが、スミレさんの存在は、果たしてお二人に明かして良いものだろうか。
(というか……)
この森って、人が入ったら生きて帰ってこれない森なんだろう?
それってやっぱり……スミレさんの仕業なのかな……。
過去にチカラさんやスバヤさん達を、大量採集して絶滅に追い込んだ人間のことを、密かに憎んでいるのかも……。
(うーん……)
スミレさんはスミレさんの意志で、この森を守っていると考えた方が良いな。
やっぱり、一度スミレさんと相談してからだ……。
「ちょ、長老樹さまが一人で寂しくしておられるので……」
そこで俺は、ちょいと話を誤魔化すことにした。
「長老樹の御霊と対話が出来るの!?」
すると、とたんにアリサ氏が気色ばむ。
現金な人……いや、エルフだなぁ……。
「ま、まあ……この世界に来て、右も左もわからなかった俺に、色々教えてくれた人ですからねぇ……」
はたまた、口からでまかせである。
だがこれは、人のためにつく嘘。
スミレさんを守るための嘘なのだ。
「これでもすごく仲が良いんです。あんまり俺をいじめると、長老さんが黙っていないですよ?」
「う……」
「それは……」
すると、二人とも押し黙ってしまった。
長老さんの威光は、まだまだ健在である。
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