第12話 プチTS体験


 気がつくと椅子に腰掛けていた。

 目の前に、いがらっぽい香りを放つ鉢植え草が置いてある。

 ということは……。


「おっ……?」


 自分の腕を見る……青白い。

 手を握ったり開いたり、きちんと自分の意志で動かせる。


「おっ、おっ……!?」


 ほぼむき出しのおみ足もある。

 顔を触ると銀の仮面の冷えた感触が。

 でも景色はきちんと見えている、不思議だ……。

 そして、視線を思いっきり下に落とせば。


――ドムーン!


 ヒャッホウ!

 大きなおっぱいさんと、その間にくっきりと刻まれた胸の谷間が!

 これはバンジーダイブ待ったなしー!?


「じいー……」

「はっ……!」


 思わず鷲掴みしたくなる衝動を抑えつつ、俺は正面に座っているアリッサムさんの様子を伺った。

 ものの見事なジト目である。

 眉間に鋭いシワがより、おでこに深い影が差して見える。


 本当に燃やす気なんだろうか?

 だったら今ここで、ビアナさんの胸を鷲掴みしてしまうのはマズかろうな。

 一発でエロ草認定されてしまう……。


(くうぅ……せっかくのTS体験が)


 口惜しいが我慢する。

 あっ、でも、エルフの耳ってとんがっているんだよな。

 そこくらい確認してもバチはあたらないだろう。

 むしろ、状況を考えれば自然なことだ……。


(どーれ、ひとつまみ……うっ!?)


 とんがった両耳を指先でつまんだ途端、全身にブルブルと震えが走った。

 すごい感度だ。

 エルフの耳は、先の方まで硬い軟骨が入っているが、その皮膚はお餅のように柔らかい。


「は……う……!」


 ややしばらく震えは止まらなかった。

 久方ぶりの生身の体に、魂が驚いているかもしれん。


――ガタァ!


「えっ……!?」


 椅子の鳴る音に驚いてそちらを見てみれば、アリサさんがこちらにぐいっと身を乗り出していた。

 口元が歪み、頬を真っ赤に染め、まるで俺の行いを咎めるような形相である。


「ぐぬぬぬ……!」

「えーと……」


 何かマズいことをしただろうか?

 仮にも俺は、エルフさん方が森のセイ霊と崇める存在である。

 いくら赤裸々な日常を見られてしまったとはいえ、そんなに敵意をむき出しにしなくても……と思うのだが。


「こ、コホン……」


 咳払いをして誤魔化す。

 ここはやはり、セイ霊としての威厳を保ちつつ語りかけるが良いだろう。

 下に見られたら、たぶん終わりだ。

 本当に燃やされかねない勢いである……。


「わ、我になにか用かな?」


 ずっとここに居るのに、今更『なにようか』と聞くのもおかしな話だが、自然とそんな言葉が口から漏れてしまう。

 まあいい、これでひとまず相手の出方を見よう。


「う、その……」


 おっ、アリサさん少し身を引いた。

 恐縮しているようだ。

 やはり威厳を保つことが重要らしい。


「い、いつから、ここにおられたのです……?」

「ふむ……森でそなたに摘まれた時からだが」

「はわっ!?」


 するとアリサさん、とがった耳の先まで真っ赤になった。

 そして自らの肩を抱きかかえてプルプルと震える。


「や、やはり……私の姿を見てお楽しみに……」

「むむ?」


 楽しかったと言えば楽しかったが……。

 アリサさんが聞きたいのは、そういうことではないだろう。

 要は、エッチな目でジロジロ見ていたのかということだ。


 確かに、エルフさんの美しい姿は、眼福この上ないものであった。

 しかし、如何わしい目で見ていたかと問われれば、それは否である。

 むしろ酷いむしごろしの刑を受けたような気もする。


「否、そのような意図は断じてない。近頃のエルフが何をしているのか気になってな。その株に霊体を乗せて、ついて来たまでよ……」

「そ、そうでございましたか……? では何故いきなり、ビアナの耳を……」

「え?」


 耳がどうかしたんだろうか?

 確かに敏感な部位ではあるようだが……いかんかったか?


 何はともあれ、アリサさんは畏まってくれている。

 今なら、こちらの質問とか要望にも答えてくれるかもしれないぞっ?


「エルフの体に憑依するのは、我とて初めてのこと。色々と興味深くてのう……。やはりこの耳というのは、そなたらにとって重要なものなのか?」


 と問いつつ、俺はビアナさんの耳を指先でいじる。


「おふっ……!」


 すごく敏感で、ちょんとつついただけで全身に電気ショックが走るほどだ。


「あっ……ああ! そんな無体な……!」

「ふむ? 耳とはそれほどまでに大事なものか……はうっ! た、確かに……敏感であるな……ブルブル……」

「はわわわ……!」


 アリサさんは、俺が耳をいじる度に、まるで自分の耳をいじられているみたいに体をビクビクと震わせた。

 随分と強い共感覚が効いているみたいだ。

 もしや、魔力的な要素を持つのか?

 耳と耳で感覚が繋がっている……みたいな?


「いやすまぬ。我は長きこと森の奥深くで眠りについておったようでの。世俗の記憶をとんと失ってしまっておるのよ。そなたの暮らしを観察しつつ、あれこれと思い出してはおったのだが、まだわからぬことが多くてな……」

「か、観察でございますか……?」


 デタラメなことを言っているのだが、思いのほか様になっているな。

 アリサさんも恥ずかしそうではあるが、特に疑ってはいないみたいだ。

 よし、ここは1つ開き直って、ぐいぐいとエルフさんの生態を掘り下げていくぞ。


「うむ、隅々までな」

「す、隅々まで!?」


 再び顔から火を吹くアリサさん。

 言っちゃ何だが……面白い。


「気にするな、我は植物のセイ霊、そなたらの生態に関心こそあれど、くだらぬ下心を抱いたりはせぬ……」

「な、なんと……!?」


 有象無象の抱く欲望など、セイ霊の身にあっては些末なこと。

 そう断じることで、俺は自らの清廉潔白さを示そうとしたのだが、アリサさんの方はと言えば、むしろより深く自らの行為に恥じ入ってしまったようだ。


「お、恐れ多くも私は、あなた様が、私どもに対して不埒な思いを抱いているのではないかと勘違いしておりました! さ、さらには……燃やして無かったことにしようとまで……」

「ふふふ……この株を燃やしたところで、我は消滅したりはせぬ。今はこの森の至る所に茂っておるでのう……苦しゅうない、楽にせよ」

「は、ははー!」


 全部、口からでまかせなのだが……。

 しかしアリサさん、ついに地にひれ伏してしまった。


「楽にせよと言っておるであろう……面を上げい。そしてこれも何かの縁だ、そなたらの話を是非とも聞かせてくれまいか」

「は、はい。では恐れながら……」


 と言って立ち上がり、再び席につくアリサさん。

 やはり一番に気になるのはこの耳のことだ。

 エルフの象徴みたいなものだしな。


「ではまず、この耳についてだ。非常に敏感な器官のようだが……アフンッ」


 自分でいじっておいて、喘ぎ声が出てしまうほどには敏感だ。

 しかも、今の俺の口から出るのはビアナさんの声だしな。


「は、はわっ! 私達エルフにとって、耳とはとても重要なものにございます……」

「ふむ、具体的には」

「は、はい……具体的には、よほど懇意になった者にしか触れさせぬものなのです」

「親兄弟でもか?」

「当然にございます……」


 それは大事だな。

 間違いなく『恋』と『愛』な関係にでもならなければ、触らせないのだろう。

 ほぼ生殖器官じゃないですか。


「そ、それに……ある程度の距離に近づけば、耳同士で意思疎通をすることも出来ます……これもやはり、懇意になった者に限定されるのですが……」

「なるほどなるほど……」


 ビアナさんが来た時も、アリサさんの耳がピクリと反応していたからな。

 愛情表現の手段をも超えた、生存する上での総合的に重要な器官なのだ。


「ふむ……安易に触れてはいけぬものであったか……知らぬとはいえすまぬ、許せ」

「いえ、ご理解いただけたようで何よりです……」


 ということで、以後むやみに耳を触らないことにする。


「そなたは、ここにずっと一人か?」

「はい、かれこれ15年ほどになります」

「ふむ……歳は?」

「今年でちょうど、170になります」

「ぶほっ!?」

「えっ?」

「いや何でも……」


 びっくりした。

 そこまで長生き種族だったとは。


「うろ覚えなのだが、そなたらの寿命は1000年ほどであったか?」

「はい、おおよそその程度にございます」


 寿命が1000年もあれば、170歳でも女子高生みたいなもんだな。


「このビアナという者は、しばしばここを訪ねてくるのか?」

「はい、年に数回ほどですが。普段はイーヴァ国にて参与の務めをしています」

「ふむ……エルフの身にありながら、人の王に仕えておるのだな。何か裏がありそうだが、今は聞かぬ……。それよりもそなた、我をどうしたいと思っておる?」

「え、それは……」


 そう問うと、アリサさんは気まずそうに横を向いた。

 虫除け草として置いておきたいのだろうけど、中身入りとあっては気まずいよな。


 俺としては、このままお話できる状況ではいたいが、いつまでもスミレさんを一人にしておくわけにもいかない。

 一度、森に植え直してもらいたいんだよな……。


「察するに、我を側に置いておくのは、気が進まぬのではないか?」

「い、いえいえ、滅相もございません!」

「増えると困るとか言って、二人して蕾を摘みまくっていたが……」

「は、はう……!」


 白目を剥いてガタガタ震え、明らかに狼狽するアリサさん。

 よもや、セイ霊が宿っているとは思わなかったのだろう。


「ふふふ……。虫除けとして利用したいのだろうが、ここはそなたにとっては大事な庭。我のような強草に蔓延られてはたまったものではないな?」

「何もかも、お見通しにございます……すべて、私の身勝手にございます……」

「そう畏まるな、我とて、黙ってそなたの暮らしぶりを見ていたという、非礼を犯しておる……。このビアナという者に降ろされなければ、いずれ黙っていなくなろうと思っておったのだが……」


 うん、これは本当のことなんですよ、アリサさん!

 下心なんてありませんとも……。


「そうでございましたが……私どもとしたことが、度重なる勝手を……」

「ふふふ……だがまあ、話が出来たことは良かった。して提案であるが、ひとまず我を、森の適当な場所に植え直してはもらえぬか。でなければ帰るために種を飛ばすことになる。我はセイ霊を宿す草ゆえ、生えたいと思った場所にのみ生えて行くことが出来るので、そなたの庭を犯したりはせぬのだが……。呼べば現れようし、気が向けばこちら出向くこともあろう。虫除けにしたければ、適当な量を摘んで利用するがよい」


 これでウィンウィンじゃないですかね?

 お互い好きな時に会うことが出来るし、エルフとセイ霊の、最適な距離感だと思うのですが。


「さ、左様でございますか……!」


 といって、表情を明るくするアリサさん。

 さあ、どうする!?

 ぶっちゃけ、あなたの行動に、俺の行く末がかかっているんです……!


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