第11話 バレる

 さて、それからもいつかのお話をうかがった。


 どうやらこの世界、ザオ◯クのような蘇生魔法は無いらしい。

 それどころか、ホ◯ミを使える人でさえ希少な様子……。


 冒険者ギルドでヒーラーが引っ張りだこなのはよくあることだが、この世界はそれどころの話ではない。

 ギルドにヒーラーが居るなんてこと自体がありえないレベルで、国家や豪商のお抱えになっているのが当り前のようだ。


 だからアリサさんは、回復術の代わりになるような薬草を研究しているのだな。

 一方、ダークエルフのお姉さんは、人間の世界で政治的な駆け引きをして、少しでもエルフ族の生活を良くしようとしている。


(なるほどなあ……)


 この世界でも、みんな頑張って生きているのだな。


「暗くなってきたわね、今夜は泊まっていくでしょ?」

「ええ、もちろんよ……うふっ。長老樹の効果も知りたいしね」


 おやおや!?

 何だかアララーンな展開の予感……!


「うふふ、でも長老樹さまには悪用するなって言われているのよ?」

「まあ怖い。でも世界に恩恵をもたらす新薬の研究よ? 悪いことなんてある?」


 いえいえ、ありませんぞー。

 けしてありませんぞおー!


「ビアナはその協力者だもんね。だからきっと、一夜の実験に付き合ってもらうくらい大丈夫よね……うふふふっ」


 そ、そうですぞー!

 世の中のためになる実験は、いくらでもやって良いのですぞー!


「じゃあ、家に入りましょうか……」

「ええ……アリサ」


 と言って二人は立ち上がる。

 そこでアリサさんは、虫よけの俺を持ち上げようするが。


「あっ、その鉢はここに置いといてくれないかしら?」

「え? どうして?」

「マークが虫を嫌がらなくて済むと思うから……」


 むむっ?

 つまり今夜は、マークっていう名前のお馬さんと一緒ってことですかね?


「それもそうね……家の中は香を焚くんだし、虫もよってはこないか」

「少しくらい刺されたって平気よ、ねえ、早く行きましょ?」


 あっ、あー!?

 アリッサムさんはそのまま、ビアナさんにしだれかかるようにして、家の中へと入っていってしまわれたー!


 ぬわー!

 これでは虫除けならぬ、むしごろしだー!


 その夜は一晩中、家の中から妖精の歌声が聞こえておったとさ。

 クラシック音楽のように優雅で、なおかつロックのように激しい歌声がな……。


「月が綺麗ですね……お馬さん」

「ヒヒンッ?」


 エルフの世界で、同性愛はかなりポピュラーなものだとわかった。

 それしてもこれは……むごい!


「ああ早く、スミレさんのところに帰りたいなぁ……」


 殊更に独り身が沁みる夜であった。



 * * *



 翌日、お姉さん達は日が高くなるまで起きてこなかった。

 明け方まで歌が聞こえていたものな……無理もない。


(……若いっていいなー)


 前世で幸薄かった俺としては、身にしみるものがある。

 というかそろそろ起きてきて、鉢に水を入れて欲しいのだが。

 朝から天気が良くて、カラッカラだぜ。


――ガチャン


 お、ようやくお目覚めですか。

 玄関の戸が開かれて、中からお姉さん達が歩み出てくる。

 二人とも白いシーツのような布を体にまとっただけ。

 ビアナさんの青い髪が、その白に良く映える。

 神秘的だ……。


 どうやら、裏手の沢へと向かった様子。

 顔でも洗ってくるのかな?

 二人ともオリーブオイルでも塗ったようにツヤツヤだ。


 しばらくして戻ってきた2人は、近くの庭でハーブを摘み始めた。

 そしてトマトのような果実を1つづつ収穫して家へと戻っていく。

 やがてコンソメスープのような良い匂いが漂ってきて、それと同時に、再び例の歌声が響いてくる。


 待ちきれなくて、つまみ食いしちゃったんですかねぇ。

 お若いのう……。



――それからしばらく。



「さ、召し上がってビアナ」

「ええ、頂くわ」


 二人とも、きちんと服を来てテーブルについている。

 ビアナさんは銀のスプーンで、干し肉とハーブで作ったスープを一口飲んだ。

 俺の鉢が置かれたテーブルの上に並べられているのは、バゲットのようなパンに、ケールのような葉物野菜とトマトで作ったサラダボウル。


 バゲットはかなり固く焼き締められているみたいで、スープやお茶などに浸しながら食べるようだ。

 サラダの味付けはシンプルに岩塩とオイル。

 干し肉の出汁がよく出たスープも、なんだかとっても美味しそうな色合いです。


「やっぱり、アリサの料理は美味しいわね」

「そりゃあ、採れたてを使ってるもの」

「うふふ、本当に森の恵みよね。この味は、人の国の素材では出せない」

「そうなのね……。あっちでは今、どんな料理が流行っているのかしら」

「南方との交易が増えたせいで、キャサバ粉を使った料理が流行っているわ」

「キャサバか、でもあれって毒があるのよね……」

「精製が怪しいものもあるから注意が必要ね。結局はデンプンだし……つぶつぶにしてミルクティーに入れたりもするのよ?」

「それは……なんか太りそう……」


 ふむふむ、この世界でもタピが流行っているか。

 確かにあれは、地味にカロリーが高いぞ?

 

「あとはね、東国からオオマメをすり潰して作る『トウフウ』なる食材の調理法が伝わってきている。淡白な味で、体には良さそうなんだけど、チーズみたいに日持ちがしないのが玉に瑕らしいわ」

「ふうーん、オオマメがあれば作れるのかしら?」

「オオマメで作った乳液を、アルカリ質の水で固めるみたいよ」

「へえー、だったら灰汁で代用できるかしら? 今度やってみよー」

「上手く作れれば、チーズ代わりになるわよ。お肌にも良いみたい」

「マメだものね」


 そのまま2人は、しばし食と美容の話に花を咲かせた。

 すでにブランチとも言えぬ時間帯であるが、なんとも優雅な朝ごはん。

 ふむ、エルフとはセレブのことであったか……。



 * * *



 食後のお茶を飲みつつ。

 ビアナさんが切り出す。


「アリサに1つ、深刻なことを告げなければならないわ」

「えっ……?」


 えっ!?

 唐突に深刻なことと言われて、俺までビクッとなってしまう。


「きっと、すごいショックを受けると思うのだけど……」

「な、なによ? ドキドキするじゃない」

「やっぱり、言わないほうが良いのかしら……」


 と言って、何故か俺の方を向くビアナさん。

 すごく嫌な予感がこみ上げてくる。

 ダークエルフって確か、霊を操ったりできるんだよね……?


「そこで切られたら、かえって気になるわよ!」

「うん……そうよね。アリサの研究にも関わることだと思うし、話すことにするわ」

「な、なんなの一体……?」


 ビアナさんはひとつケフンと咳払いをし、やっぱり俺の方をチラりと見た。

 絶対、俺に関することだ。

 バレたのか?

 まさか本当に、バレちまったのか!?


「この草……憑いているわよ」


 うはー!

 バレたー!


「え?」

「しかもかなーり強いのが。それも間違いなく……男性型」

「…………」


 おや、アリッサムさんは急に青ざめて何も言わなくなってしまったぞ?

 ふふ……バレちまっては仕方がねえ。

 このビアナというお姉さん、初めて見た時から只者じゃないと思っていた。

 ここは潔く、覚悟を決めようじゃないか。


「降ろしてみる?」

「……マジなの?」


 アリッサムさんは、光を失った目で俺の姿をジーっと見る。

 何となく言いたいことはわかりますとも。

 これまで結構な間、アリサさんの赤裸々な生態を間近で見てまいりましたからな。

 ウオッホン、そりゃあマジかと言いたくなる気持ちもわかりますわ……。


「嘘よね? ビアナ」

「いいえ、こんなつまらない嘘は付かないわ。このやたらと虫除け効果が強い草には、非常に強力な男性型セイ霊がついています」

「……!?」


――ガタァ!


 ついにアリサさん、椅子から立ち上がり身構えた。 


「ど、どんな感じのセイ霊なの……?」

「降ろしてみないと、詳しくはわからないけど……そうね、さほど老いてはいないみたい。見た目通りの若くて青臭い気配を感じるわ……」

「……!!??」


――ガタタァン!


 さらにアリサさん、椅子を蹴り飛ばす勢いで後ろに下がる!

 両手で体を抱え、ガタガタと肩を震わせながら、ブラックホールのような目で俺を見据える!


「つ、つつつ……つまり」

「ええ、全部見られていたわね」

「ふわあああああああああああああ!」


 ついにアリサさん!

 頭を抱えて突っ伏してしまった!


「いやああああああああああああああ! そんな私! あんなことやこんなことまで……ふにゃああああああああああ!!」

「もう、どうしょうもないわね……」


 アリサさんはしばしそのまま、芝生の上で悶絶した。


「なんだかよく分からないセイ霊に全部見られてしまったぁああ……!?」

「ええ……」

「だ、だからビアナ、昨日はその草をそこに置いておきたかったのね!」

「そう、ねえ……。如何にセイ霊様とは言え、アリサとの大切なひと時を見られたくなかったし……」

「ふわあああああああああああああ!」


 さらにアリサさん! 頭を抱えたまま首ブリッジ!

 地面に頭を植え込む勢いでグリグリと身悶える!


「まあ……ひとまず降ろすから、話をしてみてよアリサ。たぶん、そんなに悪いセイ霊じゃないと思うから」

「うぐはああああああああああああ!」

「もし、おかしなセイ霊だったら、燃やしてしまえば良いと思うし……」

「そ、そうしゅるうううううううううう!」


 えっ!?

 それは困る!

 アリサさん、ムクリと起き上がり。


「は、はぁはぁ……そうよね……もう燃やすしか……!」


 目をギラギラさせながら、そんな恐ろしいことを言ってくる!


「ちゃんと話をしてから決めるのよ?」

「いいえ……絶対も燃やすわ……! ぜ、全部……無かったことに……ハァハァ!」

「でも、こんな強いセイ霊、滅多にいないわよ……?」


 ビアナさんはそう言ってくれているが、不安だ……!

 今この状態で燃やされたらどうなっちゃうんだろう?

 森の中からリスタート出来るんだろうか?


(う、うーん……)


 下手にスケベ心を出してしまったら、一巻の終わりかもしれん。

 ここは努めて紳士に、聖人君主の如く振る舞うしかあるまい。


「じゃあ行くわよ……? 天地の影に漂いしセイ霊よ、我が身を依代とし、そのお言葉を聞かせたまえ……」


 ビアナさんは胸の前で手を組むと、俺に向かって呪文のような言葉を唱える。

 彼女は昨日と同じ、ビキニのような服を着ており、豊かな谷間が丸見えだ。


(ふおっ!?)


 その誘惑に抗うこと能わず。

 俺の意識はあたかも吸い込まれるように、お姉さんの胸の中へと消えていく――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る