第10話 この世界の歴史


 そして、お茶の時間が始まったのだが……。


「長老樹は見つけられたのね?」

「ええ、でも大変だったわ、なんとご霊体が健在だったのよ」

「まあ……! 伐採されてから500年以上も経つのに?」


 俺は当然、虫よけとしてテーブルの上に置かれておりまして……。


――ブルンッ。


 右に青いお姉さん。


――プルルンッ。


 左に金色のお姉さん。


 まさに両手に花!?


「ど、どんなセイ霊様だったのかしら……?」

「とにかく……すごい霊力を感じたわ!」


 だが俺は草……。

 芳しいハーブティーの香りを邪魔している、ただの虫よけ草にすぎない。

 手も足もだせぬ!


「下手したら私、戻ってこられなかったかも……」

「まさか、お怒りに触れたの!?」


 ビアナさんは、そう言って半身を乗り出す。

 全体的な仕草が、どことなく男性的な方だ。

 仮面をかぶっているので表情はわからないが、肩の上のフワフワが、彼女の代わりに心配そうな顔をしている。


「ううん、丁重にお詫びをしたら許していただけたわ……でも」

「何かあったのね?」

「うん、見つけたその時には、ご霊体の存在はまったく感じられなかったの。でもその帰り道で、突然、足に力が入らなくなって……そのまま私、意識を失って」

「ええっ……!?」


 クールビューティーなビアナさんではあるが、それを聞いた時は流石に、椅子とガタッと鳴らした。


「その時に何故か、女の人の声が聞こえたような気がしたんだけど……」

「女の人の声? 長老樹に宿っていたのは女性型のセイ霊だったの?」


 どうやら、スミレさんの声を聞かれていたみたいだ。

 クセモノーって叫んでたし……。


「いいえ、それが男性型だったのよ。目が覚めてから、声の主が気になって引き返してみたのだけど、長老樹のセイ霊に話しかけられたのはその時で……。古文書の記述通りの、老人の声だった」

「じゃあ……その女の人の声っていうのは」


 ビアナさんは首をかしげる。

 アリッサムさんはハーブティーを口にし、考えを整理してから続ける。


「わからないわ。結局、それらしき影は見当たらなかったし……。今ではめっきりヒト族の入らなくなった森だけど、もしかするとまだ、採取者がいるのかも」

「でも、私達に昏睡をかけられるヒト族なんて、そうそう居ないわよ?」

「それもそうなのよね、本当に……何だったのかしら」


 2人の間では、謎が謎を呼んでいるな。

 そうか、長老さんの木は500年も前に伐採されていたのか。

 そりゃ古文書でも調べないとわからないよな。


 というか……つまりスミレさんは、500年以上も1人でいたってことだよな。

 よく精神がもったものだ。

 ひたすら寝て過ごしていたのだろうか。


「もしかして……別のセイ霊だったりしないかしらね?」


 俺は2人の話に意識をもどす。

 何となく、ビアナさんがこちらを見ているような気がする……。


「そうね……大戦争以前は、多くの霊草が茂っていた森だったというし、生き残っていた草体がまた増えて、息を吹き返したって可能性もある」

「だとしたら、調査する必要があるんじゃない? アリサとしては」

「うん……でも、長老樹のご霊体には釘をさされてしまっているのよね。今回だけは見逃すって」

「まあ、それは怖いわね……」


 おお。

 俺の発言がずいぶん効いている。

 ひとまずあの場から去ってもらうための、方便だったのだが。


「昔のこととは言え、ここはかつてヒト族による惨たらしい蹂躙を受けた森。私達もまた、それを呼び寄せた一因だし……。やっぱり、そう簡単にお許し頂けるものではないのよ」

「そうね……。今でもヒト族が入ると、生きて帰ってこられないと言われているし、長老樹の喪失には、私達エルフの業も深く絡んでいる」


 ふーむ。

 どうやら黒々とした歴史があるようだな。

 その辺は、どこの世界も一緒か。


「なんにせよ、アリサが無事で良かった。長老樹の欠片は使ってみたの?」

「もちろん。効果は調べている途中だけど、昨日、焚いて使ってみたらすごいことになっちゃって。見てよ、この草なんか……」


 と言って、二人で俺を見てくる。


「一晩で、倍くらい大きくなったのよ!」


 そりゃあ、あんな良いもの見せられたら……。


「蕾もいっぱい付いているわね。これ、もうすぐ開花するわよ?」

「摘んでおいた方が良さそうね。繁殖力強そうだし……」


 えっ?


「根っ子の一本でもあれば、あっという間に庭中モジャモジャになるんじゃない?」

「たまったもんじゃないわね。今すぐ摘んでしまいましょう!」


――プチプチプチ!


 うわー!?

 なんてことをー!

 今度は二人して、俺の蕾を摘み始めた……!


「すごい匂いね……苦いというか、辛いというか……なんて草なのこれ?」

「それがね、わからないのよ」

「えっ? アリサにもわからないの? この辺りに生えていたんでしょう?」

「気づいたら自生していたの。一体どこから紛れ込んできたのかしら。鑑定が効かないのが気になるけど、毒性は特に無いし……。ありがたく使わせてもらっているわ」

「ふうーん……」


――プチプチプチ!


 ギャー!

 やめてー!

 去勢されるー!?


「なるほどね……」


 おや?

 やっぱりビアナさんが、俺のことを見ている気がするが……。

 肩の上のフワフワも、怪訝な瞳で俺を見つめている。


「どうしたの?」

「ううん……なんでも」


 じ、実は、俺が見えているとか……?

 まさかね……。


「この蕾、貰ってもいいかしら? 本当に虫がよってこないもの」

「もちろんよ、わりと近くに生えているし、なんならあとで採ってくるわ」


――プチプチプチ!


 ひいいー!?

 結局俺はプチプチと、ほぼ全ての蕾を摘まれてしまった……。



 * * *



(シクシク……もう少しで花を咲かせられたのに)


 美女達にひどい辱めを受けた俺はシュンとしていた。

 それを知ってか知らずか、2人は陽が暮れるまでお喋りを続けていた。


 どうやらビアナさんは、ダークエルフという種族であるようだ。

 500年ほど前に、歴史的な経緯によって、エルフから分化したのだと言う。


 この世界では、遠い昔より、人間とエルフの間で争いが続いていたようだ。

 その美貌や高い魔力を欲した人間によって、エルフ族は度重なる侵害を受けていたのだ。

 本来なら争いを好まぬエルフの者達は、森の奥に隠れることで、人間の侵略から逃れていた。

 だがしばしば、人間達は森の奥にまで迫ってきた。


 そこでやむを得ず、エルフ達は知恵を働かせる。

 高度な魔法によって人を操り、国と国とを争わせることによって、人間界を弱体化させる作戦に打って出たのだ。


 しばらくはそれで上手く行った。

 大規模な戦争の勃発により、人族の権力者達は、エルフにちょっかいを出すどころではなくなってしまった。

 人間同士の戦争は泥沼化してゆき、相対的にエルフは、平穏を得ることになる。


 だがその平穏は、長くは続かなかった。

 辺境の小国家に過ぎなかった古代イーヴァ国が、一発逆転を狙って長老樹の伐採を行ったのを機に、時代の流れが一変したのだ。


 長老樹の葉や枝には、優れた強壮効果があることが知られており、兵達の戦意高揚や貴族らの嗜好品としての需要が高く、非常に高値で取引されていた。

 だが当時の森には多くの霊草とそのセイ霊達が存在していたから、その採取には多くの危険が伴った。

 恐らくはスミレさんも、その中の1人だったのだろう。


 長老樹の伐採を行った軍隊は、セイ霊達の呪いを受けて狂乱し、同士討ちをしまくった挙げ句に、殆どの兵を失った。

 そのどさくさに紛れて、素材収集を生業としていた冒険者達が、長老樹を入手したのだ。

 古代イーヴァ国は一時滅亡するが、莫大な富を得た冒険者達の手によって再興され、またたく間に大陸の覇権を握るに至った。


 自らの計略が、結果として長老樹の喪失に結びついたことを嘆いたエルフ達は、長老樹の森へと移住を始めた。

 そしてその苗を森の奥深くに植え、復活の日まで守り続けることを誓った。


 だがその際に、人間界の争いがエルフによって主導されていたことが発覚する。

 激怒した人間達は、イーヴァ国を中心に大規模なエルフ狩りに乗り出した。

 かくして、人とエルフの全面戦争が始まった。

 

 圧倒的に数に劣るエルフは、ついに『冥き世界』の力に手を染める。

 そうして生み出されたのがダークエルフだ。

 冥獄の力を得たエルフは、死霊を操ったり、冥き世界より『無の輩(ともがら)』と呼ばれる存在を召喚したりして、時に自分たちの魂を損ないながらも、人間界に夥しい恐怖と絶望をもたらしていった。


 森の奥深くでゲリラ戦を繰り広げるエルフ族を殲滅することは、いかなる大軍をもっても容易ではなく、やがて人間界に厭戦感情が蔓延していく。

 当時、森に入ることは冥獄に身投げすることも同然であったのだから、無理もないだろう。

 誰しもが、エルフとの戦いを嫌がったのだ。

 

 やがてイーヴァ国は分裂し、弱体化した。

 今では数ある国家の1つに過ぎなくなっている。

 強大だった頃と区別するために『小イーヴァ』と呼ばれることもあるようだ。


 人とエルフ、そしてダークエルフの戦いは有耶無耶のうちに終結し、長い年月の中に、その記憶は風化してゆき、今では一定の交流さえ持つに至っている。

 特にイーヴァ国では、ダビデフ7世の治世となってから、国政を担う者としてダークエルフを重用するようになった。

 その理由は、ダークエルフの持つ死霊術が、ある種の不老不死の秘術のように見られているからだという……。


(いやはや……)


 本当に、永遠の命を欲する王がいるとはな。

 何とも安い話だが、この世界の文明水準を考えれば、無理もないかもしれない。


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