第9話 大事なお客さん


 いやー、大変でござった。

 うっかり賢者の草になるところであったよ。


 家の中には、まだお香の効き目が残っていて、その夜は外で眠ることに。

 暖かい季節だし、月の綺麗な夜だったから、さしたる問題もなく過ごせたけど。


 それでも少し心細かったのか、アリッサムさんは夜遅くまで竪琴のような楽器を奏でておられた。

 エルフというのは、何でも器用にこなすのだ。

 火照った心と体を冷ますような、胸に染み入る良い音色であった。



 そして、夜が明ける。



――トントントン、カンカンカン。


(朝から精が出ますな……)


 けして、やらしい意味ではない。

 アリッサムさんは木槌を手に、植物にお香を吸収させる道具を作っているのだ。

 燻煙箱みたいなものだな。


「風刃(ウィンド・セイバー)!」


――スパーン!


 掛け声とともに指を振り下ろすと、長い木の板が、狙った箇所でスパッと切れる。

 すごいぞエルフさん、完全にのこぎりいらずだ。


 お姉さんのアトリエも温室も、良く見れば手作り感が満載である。

 エルフは知能が高いのだろうし、寿命もおそらく長いはず。

 アリッサムさんのような若く見える方でも、人間が一生かかっても習得できないほどの知識とスキルをお持ちなのだろう。


(何歳なんだろ……)


 見た目は10代後半か、多く見積もっても20代後半なのだが、それでも平気で100年とか生きてそうだ。

 エルフ族の風習とかも気になるなぁ……。

 何となくだけど、人間よりも開放的なのではなかろうか。


 欧米的というか、良い意味で日本人っぽくないというか……。

 何かと開けっぴろげな気質を強く感じる。

 若いカップルを冷やかしたりとか、そういうことは絶対にやらなさそうだ。


 マイノリティ差別とかも無さそうだな。

 厳しい掟みたいなものは、何かしらはあるんだろうけど。

 それでもかなり、自由度の高い社会なんじゃないだろうか。


 アリッサムさんを見ていると、本当に何となくだけれど、そのように感じられる。



 * * *



 その日のお昼過ぎのこと。


「……んっ?」


 外のデッキチェアでお昼寝をしていたアリッサムさん。

 その長い耳が、電波か何かをキャッチしたようにピクリと動いた。


(なんだ……?)


 そしてすぐに立ち上がる。

 何を始めるかと思えば、突如として、猛烈に家の中の掃除を始めた。


 ベッドに敷いてあった毛皮を天日干しにし、机の上に投げ出されていた書物や薬品、調合器具といったものを棚にしまう。

 さらには蜘蛛の巣をはらったり、拭き掃除をしたりと、細かい所まで余念がない。


(まさか……男でも来るのか?)


 どうにもそんな様子だが……。


 べ、別に、なんとも思わないけどな。

 俺にはスミレさんがいるのだし……。

 ただ、知らない男とのイチャイチャを見せつけられるかもしれんと思うと、少しだけゲンナリしてしまうだけで……。

 

(まあ、それはそれで勉強だ……)


 この先ずっと、俺はこの世界で生きていかなくてはならない。

 エルフさん達の生態を含めて、色んなことを知っておかなくてはならないのだ。


 もしかすると、今から来る誰かとお姉さんとの会話から、この世界で生きるための重要なヒントを得られるかもしれない。

 だから俺は、たとえ目の前でどんな乱痴気騒ぎが繰り広げられようとも、この曇りなき眼をしっかり開いて、最後まで見届ける所存である……!


(エルフって……やっぱり男も美形なのかな……)


 だとしたら、一体どんな感じの美形なのか。

 少女漫画に出てくるような感じか、ゲームのキャラみたいな感じか、はたまた一見しただけでは性別が判定できないような感じか……?


(むほっ?)


 考えてもみれば、ここは異世界。

 そっちの可能性もあるんだな! 

 前世でよく見たリア充カップルとは、全く別物かもしれないぞっ?


 そんなことを想像したら、不覚にもムラムラ……ではなくワクワクしてきた。

 早く来ないかなぁ。

 俺としては、男の娘タイプだと嬉しいのだが……。

 アリッサムさんと組み合わさえれば、かくも尊きおねショタカップルとなる。


 そんでもって、うっかりお香なんか焚いちゃったりしてな……。

 むふふふ……まあ、別にいいじゃないですか、乱痴気騒ぎ。

 お兄さん、そいうの嫌いじゃないですよっ!

 何があっても黙って見ていますからね……ぬふふふ!


 などと業の深いことを考えている間も、余念無くお掃除は続いた。

 アリッサムさんったら、温室の整理やら植物の剪定までしちゃった。

 温室の丸テーブルを外に出して、景色の良い所に椅子と一緒に置いて、お茶の用意なんかも進めている。


 うーん、よほど大事なお客さんが来るんだな……。



 そして――。



 時間で言ったら3時のおやつ時といったところか。

 その方は、馬に乗ってやってきた。

 獣道にすらなっていないような、深い茂みをかき分けるようにして。


(きた……!)


 その方は、深い藍色の外套を着ていた。

 背はかなり高く、深くフードをかぶっている。

 やはり男性なのかと、一瞬思ったが……。


 テーブルに座って待っていたアリッサムさんが、立ち上がって手を振る。

 それに合わせてその方は、手を振り返しつつ、かぶっているフードを外す。


(あっ……)


 そこですぐに女性だとわかったのだが、その姿は想像以上に『異質』だった。


(……青い!)


 外套とほぼ同じ色の、深い藍色をしたストレートの髪。

 肌の色も、青みがかった白である。

 そして顔の上半分が銀の仮面で覆われている。


(コスプレみたい……!)


 本当に、コスプレ会場でしかお目にかかれないような姿だった。

 肌の色って、あんな青白くなるものなのか?


 染料で染めたような髪の色も、俺の眼にはすごく不自然なものに感じられる。

 マンガやアニメなら気にならないのに、リアルで青い髪をしている人を見ると、すごく異質なものに感じられるのは何故だろう。


 青と金。


 アリッサムさんの姿と比較すると、その差異は歴然としている。

 しかし二人とも、口元にはリラックスした笑みを浮かべていて、お掃除の徹底ぶりからしても、極めて重要な間柄であることは間違いない。

 今の所は、古くからの友人と言った様子に見えるが……。


「久しぶりアリサ、どう? あれから上手く行った?」

「ええ、ビアナが持ってきてくれた資料のおかげでね」


 アリッサムさん――アリサって呼ばれているんだ――は、挨拶を交わしつつし手綱を取って馬を停止させる。

 青肌銀色マスクの人はビアナと言うらしい。

 そのまま馬から降りて、近くの木陰につないで休ませる。

 どうやらそこが定位置であるらしく、ちゃんと水桶まで用意されているのだ。


「疲れたでしょう? すぐにお茶を淹れるわ」

「いつもありがとう。これ、おみやげ」


 外套の中から包みを取り出す。

 アリサさんはそれを受け取ると、満面の笑みとともにビアナさんに抱きついた。


 そして何度も、互いの頬に口づけを交わす。

 うーん……いかにもヨーロピアンなやりとり。

 なるほど百合カプであったか。

 それはまた、尊いですな……。


(……うむ?)


 そんな美女達のイチャイチャに見惚れて気付くのに遅れたのだが、ビアナさんの肩の上に、何やらフワフワとした物体が浮かんでいた。

 雲というか、綿菓子のような物体だが、良く見るとそれには『眼』があった。


 一方、ビアナさんの顔の上半分を覆う銀のマスクには、4つの眼の模様が描かれているものの『穴』はまったく空いていない。

 あれでは目隠しをしているようなもので、周囲の景色はまったく見えないと思うのだが……。


(……むむー?)


 何はともあれ、色々と神秘的なお姉さんだ。

 ちなみに胸は……アリサさんよりデカそう。

 今、外套を脱ぐところだが……。


「預かるわね」

「うん、ありがとう」

(ふおおっ!?)


 なんと、外套の下はビキニアーマーのような装備だった!

 青白い肌に、漆黒のビキニがくっきりと浮き立つ。

 金や銀の細工が施され、ところどころに宝石のようなものがキラキラと光っている。

 とてもお高そうな装備だが、いかんせん露出度が高すぎ……。


 コートを脱いだら、ほぼ下着みたいな装備とは。

 俺の前世なら、完全に痴女扱いされちゃうよ!?


(くっ……流石は異世界!)


 俺はこの曇りなき眼を、さらに曇りなきものとするのであった。


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