第6話 長老さんを探して


 春が来てまもなく、俺はスミレさんと共に湖にたどり着いた。


「まぁ……こんな素敵な場所があったなんて」


 水もあって日当たりも良好。

 まさに、秘密の隠れ家だ。

 スミレさんと並んで湖畔に座り、今後のことについて話す。


「俺、これでも異世界転生には詳しいんです!」

「まあ、そうですのー?」


 なんたって、前世ではその手の話を山ほど読んだからな。

 スミレさんは三角座りをしたまま、俺の方を向いて微笑んでいる。


「スミレさんもそうですけど、異世界からやってきた人というのは、何かしら『特殊な能力』を持っていますよね?」

「はい、そうなのですー」


 スミレさんの場合は『鎮痛』の力だ。

 根にも葉っぱにも、鎮痛作用のある物質を保持していて、その気になれば大型動物だって昏睡させられる。

 非常に強い能力だ。


「大抵の転生者は、その能力を使って良い思いをしようとします。でも、それが落とし穴です! その能力を利用しようとする人に、必ず狙われてしまうんです」

「あら……」


 俺は身振り手振りをしながら熱く語る……つもりで語る。

 葉っぱだしな。

 するとスミレさんは、少し悲しげな表情を浮かべる。


「確かにそうなのです……」

「はい……だから出来ることなら、能力を隠してひっそり暮らしたいものです。けれども、それでもやっぱり、目立つものは目立ってしまうんです……」


 かつてこの森には、スミレさんのようなセイ霊が沢山いたが、やはりその能力のせいで乱獲されてしまった。

 俺はその事実を噛み締めつつ言う。


「じゃあどうしたら良いか。俺はその解決方法をひと冬かけて考えました。それはズバリ……」

「……ズバリ?」


 そして俺は、考え抜いたそのアイデアを披露する!


「この地に『ありふれて』しまうんですよ!」


 ドーン!

 俺は、揺るぎない確信とともに告げた!


「ありふれる、ですかー?」


 だがスミレさんは小首を傾げていた。

 いまいち、ピンとこないようだ。


「はい、ありふれるんです! もう、何処にでも当り前に生えていて、すぐに手に入るくらいになれば、誰も競って取り合ったりしません。スミレさんほどの薬効があれば、なにかと重宝されるはずですし……」


 そう、そこなのだ。

 以前この森にいたセイ霊が、どんな力を持っていたかはわからないけど、あまりに数が少なくて取り合いになってしまったのが、乱獲の原因だろう。


「そうでしょうかー?」

「はい、きっとある程度増えた方が大事にされます! 世界中のどこにでも生えているくらいになれば、もう安心です! いつまでも末永く、幸せに暮らせます!」

「まあ……だとしたら、なんて素敵でしょう」


 俺がそこまで語ると、スミレさんは胸の前で手を合わせてウットリとした。

 その瞳はキラキラと輝いている。


(……うん?)


 だがなんだろう。

 どことなく、暖簾に腕押し感が……。


「だ、だからこう……まずはじっくりと、誰にも気づかれない場所で増えていくんです。それで100年とか200年とかかけて、世界のあちこちの森で繁栄して、そして気づけば、どこにでも生えているっていう形に……」

「それは素晴らしい作戦ですっ。では早速、長老さんを探しに行きましょう!」

「ふが!?」


 うわぁっ! やっぱりぃ!?

 スミレさんは全然違うこと考えていた。

 ひと冬かけて考えた作戦が、もの見事に吹っ飛んだ……!


(まあ、でも……)


 長老さんというのも、確かに気になる存在だ。


 ここは、スミレさんの願いを第一に考えて動くとしよう。



 * * *



 長老さんは、この森の何処かに生えているらしいが……。


「ええっとー、確か山の近くでー、お日様が1日中ポカポカとあたって……」

「ふむふむ」


 割と近くに、小高い山が見えているな。

 陽が当たりやすいということは、南側の斜面だろうか。


「んー、あの辺ですかね?」

「そうかもー、でもすごく立派な樹なので、遠くからでもよく見えるはずなの……」

「うむむ?」


 それは何とも奇妙だな。

 少し、嫌な予感さえする。


 ともあれ、スミレさんの記憶違いというパターンもあるので、ひとまず山の近くの南側斜面に繁ってみた。


 10年くらいかけて!


 植物というのはのんびりだ。

 慣れれば1年が1日に感じられるくらいに、時間感覚を調整できるようになる。

 スミレさんが何百年という時を生きられたのも、この能力によるところが大きい。


「いませんねー、どちらに歩いて行ってしまったのでしょう……」

「う、うーん……樹は歩かないと思いますけど」


 たぶんな!


 スミレさんより早く繁れる俺は、山の反対側にも茎を伸ばしていた。

 そちら側にも、とりわけ大きな樹は生えていなかった。

 その代わりに所々山の斜面が剥げていた。

 どうやら、例のヤミ花にやられたようだ……。


「うーむ……」


 気になってその近くまで茎を伸ばしてみる。

 だが特に、枯れた大樹のようなものは見当たらなかった。


 そしてさらに10年――。


「ケンジさーん、私そんな高くまでいけませーん」

「スミレさんは下で待っててー!」


 俺は出来るだけ山の高いところまで登ってみた。

 高い所に上がれば、森全体が見えるだろうと思ってな。


「うおっ、キツくなってきた……!」


 しかしながら、俺には高山適正はないようだった。

 高い場所に行くと気温が下がるし、風も強くなって根を張りづらい。

 しょっちゅう水切れを起こすし、そもそもの土が痩せている。

 そのくせ太陽の光は、イヤになるほどギラギラと照りつける。


「山登りは大変だ……」


 だが、なんとか頂上まで登りきった。

 すると森だけでなく、さらに離れた場所まで見渡すことができた。

 すごく深くて広大な森ではあるが、北の方角に少しだけ平原が見える。

 どうやら、街らしきものも見えるぞ……。


「人の住む場所だ……」


 ここに来て初めての文明の香り。

 それに郷愁を呼び起こされてしまうあたり、まだまだ俺は植物になりきれていないのだな。


 遠くてよくわからないが、建物の感じは石造りだったり木造だったり、はては藁葺屋根だったりする。

 文明レベルは中世程度で間違いないだろう。


 広い大陸のようで海は見えないが、川と湖、そして渓谷のような地形が見える。

 工業文明の侵食を受けていない、どこまでも無垢な大地。

 ペットボトルなんて絶対落ちてないな……。


――ムムッ? くせものー!


「なんだっ?」


 スミレさんの変な叫びが聞こえたのは、そんなことを考えていた時だった。

 俺は急いで、声のした方に意識を移動させる。


「どうしました!?」

「こ、このエルフさんが……エルフさんがっ!」


 いつもはおっとりなスミレさんが、息を荒げて興奮していた。

 これはただ事ではない。


「おおっ!?」


 なんとそこには、スミレさんの鎮痛種攻撃を食らったのか、エルフの女性が昏睡して横たわっていたのだ!


「え、エルフー!?」


 人生初エルフである。

 耳がとんがっていて、透き通るような白い肌で……それそれは美人さんだが。


(良い意味で裏切られた感が……)


 そのエルフさんは、メガネをかけておられた。

 メガネエルフだ。

 見事な黄金色の髪はざっくりと三つに編まれていて、そして……はちきれそうな胸をお持ちである。


 身長は165センチくらいだろうか。わりと高長身で、大きなリュックサックを背負った一端の登山装備。

 しかし、それが女エルフの標準なのか、下は短いスカートだった。

 その露わな太ももに、スミレさんの種攻撃を受けちゃったらしい。


「背中の袋から長老さんの匂いがします! このエルフさんは、絶対長老さんに何かしたのです! ことと次第によっては、土に還っていただかなくては……」

「す、スミレさん、おちついて……!」


 スミレさんは、ピンク色の髪をザワザワと逆立て、明らかに激オコっていた。

 リュックの中に長老さんの木の枝でも入っているのだろうか。

 だとすれば、長老さんは近くに生えていることになるが……。


 俺はすぐに、周辺の様子を探った。

 すると程なくして、藪と高木が密集して生えている、如何にも怪しげな場所を発見した。

 さらにその一部が、鉈のようなもので伐採されている。


「ここは……」


 何とか地下茎をねじ込んで、藪の中を調べてみる。

 するとそこには、直径5メートルはあろうかという、巨大な木の『切り株』があった!


「これだ!」


 やっと見つけた――。


 しかし、喜びの思いよりも先に失望が押し寄せてきた。

 その切り株は分厚い苔に覆われていた。

 切り倒されてから、相当な年月が経っているのだ。


「そ、そんな……」

「スミレさん!?」


 気がつけば俺の後ろに、呆然とした表情のスミレさんが立っていた。

 長老さんは、とうの昔に伐採されていた。

 苔むした切り株の一部に、新しい切れ込みが入っているのは、あのエルフさん仕業だろう。

 恐らくは、調査か何かでここに来たのではないか……。


「嘘よ……長老さん……こんな姿に……」


 プルプルと震えつつ、その場に崩れ落ちるスミレさん。

 そしてそのまま、さめざめと泣き始めた。


「ふ、ふえええーん……みんな……みんな私を置いていってしまう……」

「スミレさん……」


 俺はただ、その姿をじっと見守ることしか出来なかった。



 * * *



 ひとしきり泣き、落ち着きを取り戻した頃、スミレさんは長老の木の傍らに座って、ぽつりぽつりと昔の話を始めた。


「懐かしい長老さんの香りをかいだら、色々と思い出しました……」


 長老さんは、おそらくは香木の類なのだ。

 高いお線香のような、それはそれは良い香りがする。

 今までは厚い苔と藪に覆われてわからなかったが、エルフのお姉さんが鉈を入れたことで、そこから芳しい香りが漂っている。


――チィチィ!

――キキキ……。


 その香りに引き寄せられて、森の小鳥達まで集まってきた。

 陽も高く昇り、辺りはとても賑やかだ。


「チカラさん……スバヤさん……スタミナさん……ラックさん……イノチさん……フシギさん……。みなさん、とても個性豊かな方達で、ここで長老さんを囲んで、よくお喋りをしたものです」

「力さん……素早さん……」


 何となく、過去の情景が浮かび上がってきたぞ……。

 力の種、素早さの種、スタミナの種――。

 セイ霊体を伴った植物からは、そんな効能を持つ素材が得られたのではないか。


「そして私は、人間の方達には『しびれ草』と呼ばれていたのです」

「しびれそう……」


 いかにもしびれそうな名前だ……!


「こ、これからは『シビレさん』と呼びましょうか?」

「いいえ、ケンジさんにつけてもらった名前の方が可愛いので、是非ともスミレとお呼び下さい」


 と言ってスミレさんは、涙を拭った。


「そう……いつだったか、すごい沢山の人達がこの森にやってきたのです。ちょうどあのエルフさんみたいな格好をして」

「間違いなく収集ですね……」


 そりゃあ……食べるとHPやMPが上がったりする草やら種やらが生えていたら、みんなして取りに来るだろう。

 素材収集でのんびり路線っていうのは、異世界ものの定番ではあるが、まさか『収集される側』になっちまうとは。


 それに……。


(そんな素晴らしい植物を、乱獲でダメにしてしまうなんて……)


 この世界の人間は、よほどおバカなんじゃないかとも想像できた。


「それでみんな取られてしまって、離れ離れになってしまって……。でもいつかきっとまた逢えると思って生きてきたんですけど……長老さん……もうどこにもいないんですね……」

「それは……」


 さて、どうだろうな。

 特定の植物を根こそぎ取り尽くすなんて、そもそも出来るものだろうか。

 これだけ深い森だし……世界だって広い。

 どこかでひっそり、栽培されている可能性だってある。


「まだ諦めるのは早いですよ、スミレさん!」

「ケンジさん……」

「長老さんだって、こんなに大きな樹だったんです。きっとあちこちに種を飛ばして、別の姿になって生きているかもしれません……いや、絶対に生きています! チカラさんやスバヤさんだって、壺の中にでも隠れているかもしれませんよ!?」


 あと、タンスの中とかな!


「そう……でしょうか……?」


 俺がそうやって励ますと、スミレさんは徐々に元気を取り戻していった。

 大丈夫。

 自然はそんなにやわじゃない!


「そう……ですよね!」

「はい! そうですよ!」


 セイ霊体を持つ者なら、尚更だ!


「地道に探していきましょう、俺も手伝いますから!」

「ありがとう! ケンジさん!」

「う、うわっ!?」


 するとスミレさん、なんと俺に抱きついてきた!

 や、やったー!

 植物になってようやく、モテ期、到来……!


「えっ! ということは……」


 俺、ついに実体化した!?


「ケンジさん……本当にあなたに会えて良かったです……!」

「い、いえいえ……こっちこそですよ……」


 えへへ、そんなに言われたら照れちゃうぜ。

 俺は、指でほっぺたをポリポリかこうとするが……。


「……あ、あれ?」


 実体化していた指も顔も、その瞬間に消えて無くなってしまったのだ。


「あれれ?」

「ウフフッ、まだお姿が安定しないみたいですねっ」

「ええー?」


 ぬか喜びであったか……残念。


 そうして、俺とスミレさんがほんのりイチャラブしていると……。


――う、ううーん。


「……はっ」

「……あっ!」


 エルフのお姉さんが、目を覚ましたようだ。


(ど、どうしましょう? ケンジさん)

(どうするって言われても……)


 思わずヒソヒソ声になってしまう。

 相手の素性もわからないのに、こっちの正体を明かすわけにはいかない……。


(あっ! こっちに来ます……!)

(……ええっ?)


 やがてザクザクと足音が聞こえてきた。

 とにかく俺は、スミレさんを隠さなければと思う。


(俺がここで見張っています! 実体化してないから、ただの草だと思われるだけですし……!)

(で、でも……!)

(大丈夫! 何とかして、あのエルフさんの素性を探ってみますよ……!)

(は、はい……無理はしないでくださいね……)


 そしてスミレさんは、近くの木の影に隠れた。

 やがて、藪の隙間をくぐり抜けて、エルフのお姉さんがやってくる。

 手に鉈を構えて、何かを警戒するようにゆっくりと。


「誰か……いるの?」

(……ごくり)


 いよいよ、現地『エルフ』とのファーストコンタクトだ。


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