第3話 あなたの色は何色?


 次の日はあいにくの曇り空だった。

 エネルギー不足のせいか、今ひとつ元気が出ない。


(でも頑張るぞ!)


 こんな森の中で女の人が苦しんでいるんだ。

 健全な男子なら放って置けないよね!

 下心なんて無いんだからねっ!

 純粋に助けたいだけなんだからー!


 なんて、ツンデレスケベなことを考えて己を鼓舞する。

 わずかに生産されるエネルギーを使って、もやしのようにヒョロヒョロと地下茎を伸ばしていく。


 すると――。


(あうー、もうだめ……)


 スミレに良く似たピンク色の花が、うめき声を上げながらクタッとしていた。

 俺は彼女の近くまで地下茎を伸ばすと、そこからヒョコッと新芽を出す。


(どこか具合が悪いんですか!?)

(あら……あなた……喋れるの?)

(はいっ!)


 よっしゃ! 会話成立!

 やっぱこの世界には、俺みたいに知能を持つ植物もいるんだな。


(俺、ケンジっていいます! 声が聞こえたんで、気になって伸びてきたんです)

(そうなの……。でもこっちには来ない方が良いわ……近くにいる誰かが、私達の『セイ気』を奪っていくの……)

(え? セイ気?)


 はて、どんな漢字が当てはまるのだろう。

 精? 聖? 生?

 恐らくはそのあたりが妥当だろうが。


 とにかく、この花さんが健やかに生きるための何かを、吸い取ってしまう輩がいるんだな?


(わかりました、ちょっと調べてみます!)

(えっ……あぶないわ……)

(大丈夫です、俺たくましい草なんで!)


 なにしろ、ミント並みの繁殖力を持つ葉っぱさんだ。

 綺麗なお花に出会えた今なら、除草剤をかけられたって耐えられる気がする。


 昼になって森の中が明るくなってきたので、さらに地下茎を伸ばしていく。

 中継基地にしてあった新芽達も、すくすく伸びて光合成を始めている。


 すごい成長力だ。

 これなら多少の曇り空でも戦えるぞ。

 どんな敵かは知らないけどな……。


 ピンク色のお花さん――便宜上、ハナさんと呼んでおく――がくったりしていた場所から、さらに20メートルほど進むと、辺り一面、草が枯れてしまっている場所を発見した。


 そしてその中心に、見るも禍々しい花が一輪咲いていた。


――シュオオオオ……。


(あ、あれは……ヤミの花だぜ……)


 自然とそんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 ものすげえ『ヤミの気配』を感じるのだ。


 直径20センチはあろうかという大きな花なのだが、青黒いというか、自然界ではそうそう見ない色をしている。

 さらには同じく、青黒い瘴気を放っている。


 明らかな場違い感。

 あんた、ここに居ちゃいけねえ草だ。

 まるで別の世界からやってきたみたいじゃないか。


 お前が言うなって話かもしれないが、俺の前世ともまったく異なる世界だろう。

 中二っぽく言うなら、まさに闇の世界の存在だな。


 初見の相手であるし、まずは慎重に偵察だ。

 近づいて行って、根っ子の先あたりにちょっかいをだしてみよう。


 相手も植物であるのだから、土の養分を奪うとか、葉っぱで覆って光合成を出来なくしてやるとかすれば、いずれ枯れて死ぬと思うのだが……。


(そろーり……)


 だが、その考えはどうやら甘かったようだ。

 やつの植わっている場所から半径10m程の範囲。

 地表が枯れ果てている辺りに首を突っ込んだところで、俺は急激な全身倦怠感に襲われたのだ!


(だ、だりぃ……!)


 ああ、なんて俺はバカでダメなやつなんだ。

 ここは異世界だぞ。

 どんな危険が待ち構えているかわかったもんじゃないんだ。

 それを考えもなくニョキニョキと……。


 こんな向こう見ずで、世間知らずだから、ろくでもない会社に掴まって人生を台無しにしていまうんだ。

 せっかく授かった命を無駄に散らしやがって。

 父さんも母さんも、草葉の影で泣いているぞ。


 あーバカバカおバカ、俺のバカ。

 何が『俺たくましい草なんで』だ、前世では病気にかかって死んだくせに。

 どの口が言うんだこのアンポンタン。

 いっそこのまま枯れて果ててしまえーい!


(はっ!)


 地下茎の先がシュオッっと萎れた瞬間、我に返る。

 なんか今、もの凄いネガティブ思考に襲われた……。

 正直、生きていることの全てが無意味に思えたぞ。


 恥の多い生涯でした――。

 思わずそんなテンションで、土へと還るところであった。


(あぶねえ……)


 間違いなく、あのヤミの花の影響だ。

 くっそ、いまだに胸がしゅくしゅくしやがる……!


 一度引き返して、体勢の立て直しだな。

 そしてちょっとばかし、ハナさんに慰めてもらっちゃったりして……。



 * * *



(ってなことがありまして……)

(だから、あぶないって言ったのに……)


 ハナさんの側まで戻ってきて、しんなりしている俺。

 だがその代わりと言うか何というか、ハナさんは随分と元気になっていた。


(その……調子よさそうですね?)

(そうなのー、あなたがいらしてから、すごく調子が良くてー)


 と言ってハナさん、俺の根っ子に、自分の根っ子を絡ませてきた。


(あなたの根っ子から、キラキラした甘苦いものがしみ出ていて、それを吸うと何だかとっても力が湧いてくるんです……)

(へえ、そうなんですか……って、アハンッ!)


 そ、そこは敏感なのであんまりコチョコチョされると……ウッ!

 思わずその『甘苦いキラキラ』とやらを、根っ子の先から放出してしまう。


(まあ、こんなにいっぱい……元気が出すぎてしまいますー)

(ハアハア……なんか、妙なものを垂れ流していたみたいですね。知らなかったとはいえすみません)

(いえいえ、みなさん喜んでおられますよー?)


 言われて、俺が地下茎を伸ばしてきた方を振り向けば、ちょうどその辺りがフサフサと生い茂っているのだった。

 さっきまでなかった花やら房やらが、咲いたり実ったりしている。


(初めて会った時から思っていました、あなたはとても強い「セイ気」をお持ちですのね)

(そうなんです?)


 セイ気が強いと言われれば、男としてはやはり誇らしいものだが……。

 この世界の仕組みとか成り立ちとかが分からないので、それがどれ程の価値を持つのか判断しかねるな。


(そうなんですー、セイ霊体の輪郭もしっかりされていて、まるで『ニンゲン』……いいえ、『エルフ』さんに近いくらいですねー)

(え、エルフ!?)


 き、キター!

 ファンタジーの代名詞!

 エルフいるんだ!

 草である俺でも、コミュニケーション取れるかな……。


(ケンジさんは、一体どこからいらしたのです?)

(それは……)


 信じてもらえるかどうかはわからなかったが、俺はありのままをハナさんに話した。

 前世は人間であったこと、喋る植物なんていない世界だったこと。

 そして、風邪をこじらせて死んだということ。


 ハナさんはまるで御伽話でも聞くかのように、楽しげに俺の話に耳を傾けてくれた。


(ブラックキギョウとはお花の名前ですのー?)

(え、えーと……)


 たまに、とぼけた質問を返されることもあったけど……。


(久しぶりに面白いお話を聞けたのですー)

(信じてくれるんです?)

(もちろんですー。だって私も似たようなものでしたからー)

(ええ……!)


 なんと、彼女も転生者であった!

 間違いなく、俺とは別の世界からだろうけどな。

 現代の知識が殆どないんだもの。


(この森に来て、どれくらい経つのかも、忘れてしまいましたけどー)

(……な、なんと)


 どうやらこの世界では、別の世界から『霊的な存在』が飛んできて、相性の良い植物に定着してしまうことがあるらしい。

 というか俺がそうだし、他に似たような例があってもおかしくないよな……。


 どうやらハナさんは、100年とか200年ではきかないような大昔に、この地へとやってきたらしい。

 前世の記憶はないそうだが、どことなく一般人にはない品格の高さを感じるな。

 恐らくは、それなりに身分の高い方だったのではなかろうか。


(ということは、他にも俺みたいなお喋りな草とか花が?)

(おられますよー。と言っても今は、長老さんお1人かと思いますけど……)

(長老さんですか……)


 なんでも、この森で一番の老木であるらしい。

 どこにいるんだろう?


(前は、もっと沢山おられたんですけどねー。みんな採られてしまったんですー)

(え、そうなんですか?)

(はいー、わたしたちみたいなセイ霊体を持つ草花は、どうやら人間さんの体に良いみたいなのですー。それで根こそぎ採られてしまってー)

(ああ……)


 収穫しすぎて無くなっちゃったんだ!

 山菜取りで一番やっちゃいけないやつだぜ。


(長老さんとも久しくお会いしておりませんしー、もう何年、何十年……いえもしかすると何百年? 誰ともお話しておりませんでしたのー)

(……えっ!?)

(だから今日は、ケンジさんにお会いできて、本当に嬉しかったですー)


 ハナさんは、おっとりとした口調でなかなか怖いことをおっしゃった。

 何百年とか……よく正気を保てたもんだ。


(もう私、自分の名前まで忘れてしまって……えへへ。よろしければケンジさん、わたくしに名前を付けていただけませんか?)

(は、はあ……)


 そんなことを言いつつ、舌をペロッと出して笑ったかのようなハナさん。

 自分の名前を忘れても、花の笑顔だけは忘れなかったのだな。


(そうですねぇ……)


 俺はこれまで通りハナさんと呼ぼうかとも思ったが、花にハナってつけるのはあまりにもいい加減だと思ったので、きちんと考える。


 ハナさんはスミレの花によく似ているが、色はかなり鮮やかなピンク色。

 スミレとは英名でバイオレットと言うくらいで、紫の色を意味しているからな。

 そのまま「スミレ」と付けてしまうのでは、彼女の体を表せていない気がする。


 もちろん世の中には、様々な色のスミレが存在するし、ピンク色のスミレだってある。

 確か、色ごとに花言葉が違ったと思うのだけど、残念ながら、そこまで俺は詳しくはなかった。

 ネットがあったらググるんだけどなー。


(うーんと……)

(わくわく)


 おおっと!

 ハナさんが期待の目で見ておられる。

 これは変な名前は付けられない……。


 うーん、どうするかー。

 ううーん、ううーん……。


 そして10分後。


(スミレさんと呼ばせて頂きます!)

(まあー、素敵な名前をありがとうございます!)


 結局、一周回ってスミレで落ち着いたのであった。

 紫がかったピンクだし……まあ良いだろう。


(これからも宜しくですー)

(こちらこそです!)


 そして俺は、スミレさんとお友達になった!


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