第2話 伸びてみた


(うー……けぷっ)


 お腹がいっぱいだ……。

 土と光と水が、こんなに美味いもんだとは思わなかった。

 しかも、寝ているだけで良いときたものだ。

 植物ってやつは、場所さえ良ければ本当に天国みたいな生物だな。


 して、しばらく周囲を観察して色々とわかったことがある。

 やっぱりここ、地球じゃない。 

 見たこともないような動物――6本足のアライグマみたいな生物――が木の影でゴソゴソしているし、さっき大昔の翼竜みたいなのが空を飛んでいった。

 森の奥の暗がりには、ふわふわと光るものまで漂っている。


 そしてやはり、この俺の姿こそが極めつけだな。

 植物なのに、人間という高度生物の意識があるのだから。

 それだけで十分にファンタジー!

 どう見ても異世界です、本当にありがとうございました。


 前世では異世界転生ラノベは好んで読んでいたし、なんなら書いて投稿したことだってあった。

 冬なんかは、殆どすることがなかったからな。

 つまりは夢にまで見た異世界なわけだが、いざ転生してみて嬉しいかと問われると、正直微妙なところだった。


 剣と魔法の冒険? なんだそれ、移動することすらままならないよ。

 絶望的すぎて逆に笑えてくる。

 もう草しか生えん、草だけにwww

 ってな!


――ケー! クエエー!


(…………)


 冗談を言っても……1人だ。

 仕方なく湖の方を眺め、状況観察を続ける。

 俺は前世で家庭菜園をしていたこともあり、多少は植物の知識がある。

 湖面に映る己の姿を観察しつつ、これからのことを考える。


 どうやら俺は、前の世界で言うところの『ニガヨモギ』に似た植物のようだ。

 いかにもキク科って感じの葉っぱで、冬の鍋にでも入ってそうな形をしている。


 しかし本当に鍋に入れたら、間違いなく台無しになるだろう。

 光の加減によっては白っぽくも見える葉で、はっきり言ってかなり苦そう。

 まさに緑の魔酒アブサンの原料のごとき、霊力高めな植物である。


 この世界の植物分類がどうなっているのかは分からないが、見た目からおおよその生態は推測できる。

 虫が嫌がる葉っぱなのは間違いないし、地下茎でも種でも増えれそうな草だ。

 もしや、ミントテロに使えるくらいの繁殖力があるんじゃなかろうか。


(うむ!)


 ならば増えるしかあるまい!

 生で食ってうまい葉っぱではなかろうが、あえて好んで食べる虫さん獣さんがいないとも限らない。

 突然の気候変動によって枯死することだって有り得る。

 出来るだけ広範囲に増えて、少しでも全滅リスクを下げなければ。


(よーし、増えるぞー!)


 早速俺は、光合成でため込んだエネルギーを根と地下茎に流し込んだ。

 葉を伸ばすか根を伸ばすかで少し迷ったけど、こいつは根っ子さえ残っていれば幾らでも再生できるタイプの植物だ。

 故に土の中を優先し、出来るだけ深く広くと繁っていく。  



 * * *



(ふう……こんなもんか)


 やがて日が暮れてきた。

 今日はもう休むことにしよう。


 見知らぬ世界での初めての夜だが、意外と不安はなかった。

 なんたって草だからな。

 むしろ昼間より他の生物の行動が減って、ホッとしているほどだ。


 闇に怯えたところで始まらないし、地下茎だってかなり伸ばせた。

 そうやすやすと滅ぶことはないだろう。

 俺は葉っぱの糖分をデンプンに変えつつ、闇夜の中で息を潜めていった。


――リリリ……。


 遠くから、微かな音が聞こえる。

 春の終わりを感じさせる、試し鳴きをするような虫の声だ。


 この身体になってから、やたらと五感が研ぎ澄まされたような気がする。

 今なら、百メートル先にいるネズミの足音だって拾えそうだ。

 空気に混ざりこむ臭いを測ることで、付近にいる獣の数まで把握できる。


 目に頼らないほうが、よほど多くの情報をキャッチできそうだ。

 俺は精神を集中すると、出来るだけ遠くへと、意識の及ぶ範囲を拡張していった。


(ん……?)


 すると、聴覚でも嗅覚でもない第六感とでも言うべき器官が、生命の波動のようなものを察知した。

 自分でも良くわからないのだが、こちらの世界に来てからというもの、そういった感覚までもが研ぎ澄まされている。


 やはり異世界。

 魔法や霊力と言った概念も、当り前のように存在するのかもな……。


――ザワザワ。


 もしかして……誰か居るのだろうか?

 動物というよりも人に近い気配が、わりと近くにあるような気がする。

 俺はそちらの方向へと、より強く意識を集中していく。


 すると――。


――う……ううーん……。


(……はっ)


 か細い女性の声が聞こえた。

 まるで、悪夢にうなされているかのようだ。


 気にはなるけど、ここからでは遠すぎて良くわからない。

 あちらに地下茎を伸ばせれば良いのだが、昼間に貯めたエネルギーは、もう殆ど使ってしまった。


 しかし、こんな夜の森で女性が1人でいるとは、一体どういう状況だろう。

 罠にでもかかって、動けずにいるのか?

 いや……ならば、もっと痛そうに呻くはず。

 聞こえてくるのは、悪夢にうなされているような声だ……。


(まさか……)


 お化けか?

 なんたってここは異世界。

 そういう存在がいたって、おかしくはないもんな。


 いずれにせよ、日が昇るまでは何もできない。

 俺は、何とか持ちこたえて下さいと願いつつ、つかの間の眠りに就く――。



 * * *



――キュピピィー!


(ふがっ!?)


 壊れたホイッスルみたいな音が森の空気をつんざく。

 俺はビックリして目を覚ました。


――ピヨロロー!


 どうやらそれが、朝を告げる鳥の声であるらしかった。

 なんて声で鳴きよる……。

 朝はチュンチュンかコケコッコーだろ!


(ま、まったく……)


 驚きはしたが目は覚めた。

 鳥がやかましいのを除けば、しっとりとした良い朝である。

 土は程よく湿っていて、霧の漂う森の空気もこの上なく美味。

 湖の周囲はまだ薄暗いが、それでも少しづつ光合成が始まっている。


(よし……)


 今日は、出来るだけ陽の当たる場所を見つけて芽を出して、少しでも多くの光を確保することとしよう。

 早速、例の声が聞こえた方に、根と地下茎を伸ばしていく。

 普通の植物は、こんな一方向に根を伸ばすことはないだろうが、俺は人と同等の知能を持つ葉っぱだ。

 この能力を活用して、最大限に生き延びてみせる。


 出来るだけ細く長く、所々に中継基地のように芽を出しつつ伸びていく。

 太陽が真上に昇る頃には50メートル以上も進むことが出来た。

 天気が良い日なら一日100メートルはいけそうだ。

 徐々に、希望が見えてきたぞ。


 昼間は虫や鳥がうるさくて、例のうなされ声は聞こえなかった。

 あと100メートルも伸びれば、その姿を視認できそうなのだがな……。


(今日中にはちょっと無理か……)


 結局70メートルくらい進んだところで伸びるのをやめる。

 そしてその代わりに、葉っぱの方を成長させていった。


 葉が増えれば受光量も増える。

 明日はもっと、進むことが出来るだろう。



 * * *



 そうして二度目の夜が来る。


――ううーん……苦しいですぅ……。


 距離が近づいたので、よりはっきりと声が聞こえるようになった。

 やっぱり苦しんでいるな……。

 植物以外のものは何も見えないし、お化けが浮かんでいるわけでもない。

 もしかすると……俺と同じような植物だったりして?


 しかし一体、何に苦しめられているのだろう。

 害虫とかに襲われているのなら、もっと『キャー!』とか『イヤー!』とか、はっきりした悲鳴を上げるはずだ。

 

 しかし、そう言うわけでは無い。

 見えない何かに、生命力を吸い取られているような……そんな苦しみ方だ。


 俺は改めて、声のする方に意識を集中する。

 苦しんでいるその人のさらに向こうに、嫌な感じのする気配が漂っているのだ。

 何か良くないものが、そこで悪さをしているような……。


(うむう……)


 俺はまだ、この世界に来て日も浅い。

 危険なことには出来るだけ首を突っ込まない方が良いのかもしれない。

 嫌な気配を感じる度に、背筋にぶるりと震えが走る。

 

 本能が危機を訴えていた。

 だが、それと同じくらい。

 闇の中で苦しんでいる『誰か』を放っておきたくなかった。


 他ならぬ、この世界で聞いた初めての声である。

 しかもそれは、女の人の綺麗な声……。


(むうう……)


 だが今は、とにかく力を貯めなければならない。

 俺は焦る気持ちを抑えつつ、じっと夜が明けるのを待った。

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