病気は嫌だと願ったら『やくそう』に転生してしまった! 〜実は最強で生命力も無限だけど、早く普遍化して平和に暮らしたいです〜

ナナハシ

覚醒編

第1話 気がつけば、草!

――キィッ、キイィー。


 聞いたことのない鳥の声とともに目を覚ます。

 強い湿り気を帯びた、濃密な植物の匂い。

 燃えるような陽の光が、とてもまぶしい。

 

(ここは……)


 見渡すと、そこは森だった。

 樹々が鬱蒼と生い繁り、蔓草がのさばり、苔むした岩や枯木が転がっている。


 そして、目の前には小さな湖。

 どうやら俺は、その湖畔に生える樹の下に寝そべっているようだ。


(ううーん……)


 意識がぼんやりとする。

 何故こんな所で寝ているのか、思い出せそうで思い出せない。

 なんだか……とてもキツい目にあったような気がするのだが……。


(というか……だるい……)


 ケツに根が生えるとはまさにこのこと。

 まだしばらくは動きたくない……。


 ここは大きな樹々が密集する手つかずの森だが、湖畔なので日当たりは良い。

 ポカポカと暖かくて、ついウトウトと眠くなってしまうな。


(ううーん……)


 喉も乾いてないし、腹もあんまり減っていない。

 光を浴びながら寝そべっているだけで、何もかもが満たされ、そして癒やされていくようだ。


 ああもう、ずっとこのままでいてえー。

 もう一眠り……。

 ってなことを思いつつ、俺は再び目を閉じようとするが――。


(いやまて、おかしい) 


 ふと我に返る。

 どう考えたっておかしいだろ。

 こんな場所知らないし、森に出かけた記憶だってないんだから。


 そうだ。

 俺は確か、風邪を引いて寝込んでいたんだ。

 やたらと熱が出て、呼吸も苦しくて……とにかくひどい風邪だったのだ。


 それがどうしてこうなっている?

 何故こんなにも、ケツが上がらない!?


(よいしょおー!)


 俺は、ありったけの力を振り絞って立ち上がろうとしてみた。

 しかしこの身体は、まったくと言って良いほど持ち上がらなかった。

 少しだけ、視点が高くなったような気はするが……。


 やがて湖の水面に、己の姿が見えてくる――。


(えっ……!)


 だが、そこに映っていたのは、見知った自分の姿ではなかった。

 それどころか……。


(人ですら……ない!?)


 思わず我が目を疑った。

 というか……俺は今、どうやってこの世界を『見て』いるんだ?

 そんな、根本的な疑念にすら駆られる。


 そう、そこに映っていた姿とは――。


――ザワザワ!


(草じゃねーかああぁぁ!?)


 風に吹かれて葉が揺れる。

 なんと俺は、ヒョロっと伸びた一本の『草』になっていたのだ!


(うわあああー!?)


 あまりのことに、意識が遠のく。


 俺はしばしそのまま、呆然とした――。



 * * *



 山井健治39歳、独身、無職。

 田舎の生家で1人暮らし。

 それが、俺の生前のステータスだ。


 5年前に父が農作業中の事故で死んで、それを機に糞ブラック企業を退職して田舎へと戻ってきた。

 それからは父の遺産と母の年金、そしてブラック労働でため込んだ貯蓄を切り崩しながら細々とやっていたのだが、一昨年の春に母が帰らぬ人となってしまった。


 資産整理をしたところ、生活費を切り詰めればギリギリ人生逃げ切れそうだった。

 そこで俺は、そのままセミリタイアを決め込むことにしたのだ。


 もう、こんなウンコみたいな世間とは付き合ってられん――。


 そんなしょうもないことを考えながらな……。


 保険料と通信費が出費の大部分だった。

 畑でイモやマメを育てることで、食費はギリギリまで節約した。

 水道ガス電気とテレビ受信料に至っては、なにそれ美味しいの状態だ。


 水は川から汲むか、雪を溶かす。

 燃料は薪を燃やす。

 スマホさえあれば情報不足にはならないし、娯楽にしても今は、消費しきれないほどの量がウェブ上に供給されている。


 税金だって、収入がなければ驚くほど取られない。

 山菜をいくら取っても消費税はかからないしな。

 たまに街に出てお酒や調味料を買う以外に、税金らしきものは払った覚えがない。


 ビバ、現代文明(皮肉)。

 人類の叡智、ここに極まれりだ。


 あとは連れ合いがいれば良かったかもだが、流石にそれは無理だよな。

 あんな世捨て人みたいな暮らしに、付き合わせるわけにはいかん。


 ということで、そこはかとない寂しさはあったものの、俺は田舎の一人暮らしを結構満喫していた。

 悠々自適、何者にも縛られない気ままな生活。

 けして贅沢は出来ないが、残業漬けの日々よりはよほどマシだった。


 だが、終わりの時は案外すぐにやってきた。

 最後に過ごした冬は、イモとマメばかりを食べて過ごしたせいで、翌春には体重が10kg以上も落ちてしまったのだ。

 それで免疫力が失われたのだろう、俺はひどい風邪にかかってしまった。


 間違いなく『風邪』である。

 世間では新型肺炎とやらが流行っていたが、俺の住んでいた地域は感染者ゼロのド田舎。

 そんな簡単にかかってたまるかってんだ。


 流行りだしてから一度だけ街に出て買い物をしたけど、高いマスクしっかりつけて、口の周りを触ったりしないよう細心の注意を払って、家に帰ってからも手洗いうがいをしっかりやった。

 やたらと咳が出て、肋骨が全部折れちゃったんじゃないかってくらい痛くて苦しかったんだけど……間違いなくあれは『ただの風邪』だろう。

 少しばかり、こじらせてしまっただけでな……。


 命を落とすことになった最大の原因は、風邪をなめていたことだ。

 40度近い熱が3日も4日も続いて、流石にヤバい、病院行かなきゃと一瞬は思ったのだけど、風邪ごとき自力で治せないようなら、この先、生きていくのは難しいだろう……なんて考えてしまった。


 さらには、おかしな病気が流行っている昨今である。

 ろくに税金も払っていない俺が、風邪ごときで救急車を呼ぶなど、とてもじゃないが出来なかった。

 結局俺は、人に助けを求めることを怠り、気づけば手遅れになっていた。

 高熱で頭がボーっとして、正常な思考すら困難になっていた。


 ああ、これ死ぬ……。

 あと少しで、たらの芽の天ぷらをつまみにビールが飲めたのに……。


 てなことを考えつつ、気づけば俺は、朦朧とした状態で畑の上を這いずっていた。

 そして、自らを埋葬しようとでも思ったのだろうか?

 必死になって、手足で土をほじくっていた……。


 やがて意識を失って、そのまま目を覚ますことはなかったのだろう。



――もう、病気にはなりたくない。



 死の間際に、そのようなことを願った気がする。



 * * *



 それで……。


(こうなったわけかあー!)


――キィッ、キイィー!

――ケッキョッキョ……!


 うるせえええー!

 あんたら何て鳥だああー!

 せめてチュンチュンって鳴いてくれっ!


 ここは、どういう世界だ!

 そして俺は、なんという名の『植物』だー!?



 だああああー!


 だああ――。



 口が無いので発声することも出来ない。

 どんなに強く叫んでも、頭の中で虚しくこだまを打つのみだ。

 鏡のように静かな湖面を揺らすこともない。


(とほほ……)


 ため息をつくことも出来ないな。

 樹々の根元に生える森の花も、何も言わずに揺れているだけだ。

 ここは人跡未踏の森の中。

 俺に問いに答えてくれる者など、いるはずもない……。


(これから……どうなっちゃうん?)


 無い首ひねって考えてみるも、わからないものはわからない。

 はっきり言って、絶望的だ……。


(……ひとまず光合成か)


 ため息代わりの呼吸をしつつ、俺は仕方なく葉っぱを広げる。


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