第22話 焼き鳥キンキンの法則

「一応聞いておくが、お前は剣の学んだことはあるのか?」


「ありませんよそんなもの。俺がいた世界では、剣はスポーツにしか使われてませんでしたよ」


「なるほど。ならば戦いはどのようにして行われていたんだ?」


 戦い……現代日本からはかけ離れた言葉だな。

 受験戦争とかは熾烈しれつだけども。


「さぁ、どうでしょう。生まれてこの方、戦いなんてしたことないので」


「ほう。平和な国もあるものだな。まぁいい、とりあえずお前が得た剣術というスキルでどの程度戦えるか確認する。これを使え」


 フィロさんが木剣を投げてよこす。

 よかったー。しょっぱなから真剣だったらどうしようかと思った。


「それでは軽く打ち合いと行こうか。構えろ」


 木刀を握り下段に構える。刀を握るのなんて高校の剣道の授業以来だがしっくりくる。

 剣術スキルのおかげだろうか。


 フィロさんが遅くはないスピードで胴切りしてくる。

 柄を上に、刃を下にして受ける。


 カァンという、小気味よい音が庭に響いた。


「ほう、無駄のない良い動きだ」


 最初はゆっくり、だんだん早く、フィロさんは切り込んでくる。

 真向切りに、袈裟切りに、胴切りに。

 それら全てを受け止める。


 最初は防げていた攻撃も、防ぐのが難しくなってきた。


「っく……」


「なるほど。このくらいまでか」


 一気に畳みかけられ腕が付いていかなくなり、気が付くと首に木剣を突き付けられていた。


「なかなかの動きだ。ここまでの剣の腕を一回のガチャというスキルで会得できるとは、なるほど勇者というのも納得だ」


「はぁ、はぁ、フィロさんぱねぇっす……」


 フィロさんは息切れ一つしていないのに対し、俺はへとへとだ。

 剣術のスキルを得たとしても、体力の補正はされないのだろう。


「まあ、ここまで出来るのならば上出来だろう。さぁ、朝ごはんを食べて街に行こう」


「街に行って何をするんです?」


「何って、冒険者登録に決まっているだろう。勇者とは冒険者から生まれるものなのだからな」


 この世界に来て一か月少し。ようやくそれっぽくなってきたぜ!






「ようにいちゃん! なんでぇなんでぇ美人なねぇちゃんなんて連れてよぉ! 今日もご主人様に黙ってさぼりデートかい!?」


 焼き鳥屋のおっちゃんに声を掛けられる。


「おっちゃん! しー! しー! さぼったことなんてないし! 変なこと言うなよ!」


「なんでぇ、毎日焼き鳥食べながらほっつき歩いてるくせによう! 美人なねぇちゃんがいるからサービスだ! 四本で300ベル! どうだい!?」


「あーもう! わかったわかった! 買うよ! ありがとうおっちゃん!」


「まいどありぃ!」


 冒険者ギルドに行くにはいつもの広場を通るらしく、焼き鳥やのおっちゃんに絡まれてしまった。


「えーっと、その、フィロさん。これはですね……」


「全くお前は。毎日こんなところで油を売っていたのか?」


「いやいや、買い物ついでに少しね。ほら、俺ってばこの国のことよく知らないですし、こういう屋台の人は情報持っていることが多いですしね。何より気さくに話してくれますから、この国のことを知るにはもってこいなんですよ」


「はぁ、本当に良く口が回るやつだなお前は……」


 呆れるフィロさんに焼き鳥を二本渡す。

 ハムりと食べる。かわいいなぁ。


「おぉ、これはおいしいな」


「でしょ! 昼の小腹がすいた時にもってこいなんですよ」


 美味しい焼き鳥のおかげで何とかなった。

 流石にフィロさんが働いている真昼間からキンキンを飲んでるってばれるとまずそうだしね。


「ようにいちゃん! なんでぇなんでぇ美人なねぇちゃんなんて連れてよぉ! 今日もご主人様に黙ってさぼりデートかい!?」


 ですよねー。

 焼き鳥屋のおっちゃんに絡まれたらキンキン屋のおっちゃんに絡まれる。

 この世界の法則ですわ。


「おっちゃん! さぼってないって! さぼったことないって!」


「なんでぇ、毎日キンキン片手にほっつき歩いてるくせによう! 美人なねぇちゃんがいるからサービスだ! 二杯で300ベル! どうだい!?」


「あーもう! わかったわかった! 買うよ! ありがとうおっちゃん!」


 300ベルを渡してキンキンを二杯もらう。


「あのですねフィロさん。これは決してさぼっていたわけではなくってですね」


 恐る恐るフィロさんを見ると、小さいため息を吐いた後に、ふっと苦笑した。


「まぁなに。今の私は騎士ではない。これから冒険者登録に行こうとしているのだ。多少緩い方がいいだろう。それより、そのキンキンを一杯くれないか?お前がいつも飲んでいるというのなら、この焼き鳥ととてもよく合うのだろう?」


 おー。まるで鉄のように頑固だったフィロさんの心がアルミニウムくらいには柔らかくなっている。


「はい。それはもう最高の組み合わせです」


「なんだ。いつものうんちくは言わないのか?」


「焼き鳥とキンキンの組み合わせにあーだこーだ言うのは無粋ってものですよ。焼き鳥を食って、キンキンを呷る。それだけです」


「なるほどな」


 フィロさんは焼き鳥を食べ、キンキンを呷る。


「んくぅ~! なるほど! これは旨いな! 家にはワインしかないから、今度樽で買っておこう」


 俺のせいで謹厳実直きんげんじっちょくだったフィロさんが不真面目になってしまった。

 まぁ、そっちのほうが楽しいからいいんだけどさ。

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