第20話 フィローリア

「はぁ、何とか謁見が終わったな……」


「王の前だと緊張しちゃうね」


 フィロさんとミミットが大きなため息をつく。


「それで、結局俺は勇者ってことで良いんですか?」


 うわ何このセリフはっずい!


「良いんじゃないか? 納得は出来ないが」


「ボクの勇者様……こんな変態だなんて……」


 ちょっと、魔王を倒すべく召喚された勇者様ですよ? もっと敬って!


「とりあえず私は騎士の仕事に向かう。これからの事は帰ってから話し合うとしよう」


「ボクも他の仕事があるから戻るよ」


「んじゃ、俺はおうち帰っときます」


 フィロさんとミミットに手を振って別れる。

 うーん、あっさりだな。

 もっとこう、

『勇者の誕生だ! 皆のもの! 祝えー! 騒げー!』

 ってお祝いするとか、

『勇者よ、金貨を与える。装備を整えて魔王退治の旅に出るとよい』

 って軍資金くれたりとか、

『勇者様! 私も旅に連れてってください! 私はすごく可愛くて優しく胸の大きなプリーストです!』

 とか、そんな感じになるのかと思ったんだけどなぁ。

 やることもないし、買い物して帰って、掃除でもしておくかなぁ。




「帰ったぞ……」


 ボンゴレを作っているとフィロさんが帰って来た。

 今日もお仕事お疲れ様です。


「お帰りなさい。なんか疲れてます?大丈夫ですか?」


「……はぁ」


 何ですか人の顔見てため息なんかついちゃって。失礼なこと甚だしいですよ?


「王から命令を頂いた。勇者のサポートをし、魔王討伐をしてこいとのことだ」


「へー。よろしくおねがいします。フィロさん」


 最初のパーティーメンバーは男装騎士か。

 強そうだし悪くないんじゃないの?


「しばらく騎士の仕事から離れて良いそうだ」


「良かったじゃないですか。騎士の仕事大変そうでしたし」


「良いことあるか!」


 うおっ。急に怒らないでくださいよ。ビックリしちゃう。


「私は騎士として生きてきたんだ。これまで、そしてこれからも。なんなのだ、勇者のサポートとは……冒険者にでもなれというのか……」


「まぁまぁ、別に騎士の称号が剥奪された訳じゃないんですよね? なら良いじゃないですか」


「はぁ……お前に何がわかる……」


 フィロさんがしょんぼりと項垂れる。


「分かるわけ無いじゃないですか。俺はフィロさんじゃないんだから。俺だけじゃないですよ。他の誰だってフィロさんの気持ちは分からないです。フィロさんだけですよ、分かるのは」


「……」


「フィロさんの気持ちだけですよ、騎士に縛られているのは。きつくて騎士をやめたって責める人はフィロさん以外に誰もいません。楽になるのも辛くなるのも、自分の気持ち次第ですよ。だったら楽になりましょう」


「自分の気持ち……か」


「そうです。どうせ騎士としての仕事をしなくて良いのなら、明日から男装やめて見たらどうですか?新しいフィロさんとして、女性の冒険者として一歩踏み出してみたらどうですか?」


「……そうだな。それも良いかもしれないな」


 フィロさんは肩に下げたバッグから何かを取り出す。


「魔王討伐の軍資金として、金貨を貰ったし、明日はこれで冒険者としての装備を整えるか」


 えっ


「勇者の主人として、皆に祝って貰ったしな。魔王討伐に本腰を入れるのも悪くないか」


 えっ


「そういえば、プリーストの女の子が勇者の仲間にしてくれと頼み込んで来たよ。気が滅入ってて断ってしまったが、悪いことをした。健気で可愛らしい子だったな」


 えっ


「勇者っていうのも、悪くないのかもな」


「それ、俺のイベントおおぉぉぉぉぉぉ!」


 勇者は俺えぇぇぇぇぇぇ!





 むっすーー


「なぁ、悪かったよ。お前が勇者だ。そんなことは分かっている。私はただのしがない騎士だ。いや、騎士だったものだ」


 お湯を浴びて戻ってきたフィロさんに後ろから声をかけられる。

 ふん、振り向いてやるものか。ボクはすねているんだい。


 むっすーー


「なぁ、ミユキ。頼むよ、これから一緒に冒険をしていく仲間だ。許してくれ」


 むっすーー


「そ、それよりもどうだ? その、騎士を捨て、女として生きていくために、それらしい格好をしてみたのだが……」


 むっすーー


「……いや、すまない。私がこんな格好をしても意味がないな。着替えてくる」


 ……


「待ってください」


 くるりと振り向く。


「ど、どうかな……?」


 いつもオールバックで縛っている銀髪は櫛でとかれ、サラサラと胸元まで流れる。

 男化粧が綺麗に落とされて、本来の白くキメの細かい肌が見え、お湯を浴びたからか頬は上気している。

 瞳はいつものキツイものから、柔らかくはずかしげを帯びており、どこか潤んでいる。

 すっと通った鼻筋に、グロスを塗ったからか、プルンと潤った唇。

 胸を締め付けるコルセットがなくなり、いままで隠されていた胸が紺のドレスを押し上げる。

 立ち方も意識して変えていたのだろう。

 内股ぎみの細くしなやかな足がドレスのスリットから見え隠れしている。


 これは、これは……


(か、かわいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!)


「母の残したドレスを着てみたのだ。ど、どうかな?」


(似合うよぉぉぉぉぉぉぉぉ!)


「やはり、似合わないか……すまない、変なものを見せた」


「いや、あの、うん。似合ってる。似合ってると思いますよ、うん」


「本当か!?」


 華の咲くような笑顔やめてぇ!かわいいじゃないの!


「この格好なら、心新たに生きていける気がするんだ」


 心新たにっていうか完全に別人ですよこれ。


「なぁ、ミユキ」


 フィロさんが背筋を伸ばし、改まってこちらを見る


「なんですか?」


「私はフィロだが、フィロではない」


「えっと、どういうことですか?」


 哲学かな?


「フィロは男としてつけられた名前だ。しかし、本当の名は、父から授けられ1度も呼ばれたことのない名は……フィローリア」


「フィローリア」


「ああ。その名で呼ぶ必要は無い。いままで通りフィロで良い。ただ、知っておいてくれ。私の本当の名を」


 フィローリア。

 イケメン騎士もとい、美女剣士のフィローリアが、仲間に加わった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る