第17話 どうやら勇者は俺みたいです

 薄暗くなってきた道をフィロさんに手を引かれて歩く。

 何やら急いでいるようでとても速足である。


「フィロさん、はやいはやい。もうちょっとゆっくり行きましょうよ」


「何を呑気のんきなことを言ってるんだお前は! 勇者召喚の儀が成功していたのだぞ! 一秒でも早く報告しなければならないに決まっているだろうが!」


「いやいや、勇者だなんてそんなそんな」


 照れるわー。


「でもさ、俺がこの世界に来てからもう一か月近く経ちましたよ? 今更一日やそこら報告が遅れたって、どうってことないですってば」


 ミミットの恥辱の刑が一回増えるくらいで。

 その他には何の問題もないじゃん。


「お前と言うやつは……本当にこんなやつが勇者なのか……」


 フィロさんは呆れたように言う。


「なんかの手違いじゃないですかねぇ」


「そうだといいのだが……それの確認のためにも城に向かう。もしかしたらそのまま王に謁見するかもしれないから覚悟しておけ」


 えー。いやだなぁ。

 まぁ就職活動の面接の練習だと思えばいいか。

 あ、もう地球には戻れないから必要ないじゃん。


 フィロさんに連れられて城の中に、と思いきや、城の横に立つ小さな宮殿みたいなところに入っていく。

 緑のアーチを抜け、植物の咲き乱れる庭を通り過ぎる。質実剛健な騎士の兵舎とは反対に、どこか落ち着く雰囲気だ。

 今は薄暗くてちょっと怖いけど。晴れた昼間とかはのんびりできそうな良いところだなぁ。


 フィロさんは華奢な扉をためらうことなく開けると、ずんずんと進んでいく。

 そして大きな扉の前で立ち止まった。


「ミミット。入らせてもらうぞ」


 中に入るとそこには、


「間違ってないよぅ……やっぱりボクは間違ってないよぅ……」


 巨大な魔方陣の真ん中で、たくさんの紙と書籍に埋もれたミミットが泣きながら魔方陣の確認作業をしてました。

 今日はたしかパンダさんパンツだったな。



「勇者様……ボクの勇者さまはどこにいるのぉ……」


「ミミット、ミミット! おい! しっかりしろ!」


「しっこくのかみぃ~しっこくのひとみぃ~ミステリアスな~ゆうしゃさま~」


「正気に戻れミミット! 変な歌を歌うな!」


「っは! あれ、フィロじゃないか」


 ミミットは15歳くらいの、緑の髪を肩口で切り揃えている少女である。

 部屋に引き籠りがちなのか肌は白い。

 可愛らしい顔にはしかし、大きな目の下にものすごい隈が出来てしまっている。


 ミミットは何処か虚ろな瞳で話す。


「こんな時間に、この落ちこぼれ魔術師に何か用事かい? ボクは間違っていない、間違っていないんだ。あぁ、勇者様、一体どこにいるんだい?」


 連日の恥辱の刑で心が壊れてしまったのだろうか。お痛わしや……


「う、うむ。その勇者についてなのだが、召喚された勇者……らしきものを見かけてな、ここに連れてきたのだ。ほらミユキ、自己紹介しろ」


「あ、はい。初めましてミミットさん。えっと、勇者らしきものであるミユキです」


「勇者……勇者様が見つかったのかい? ……ってああぁぁぁぁ! お前はあぁぁぁぁ!」


 虚ろだったミミットの瞳に光が戻る。

 勇者様に会えて感動したのかな?


「お前は! 私の刑を毎日毎日、仮面の変態と一緒に最前列で眺めている奴じゃないか! この変態め! ここに何しに来た!?」


 あ、そっちですか。


「お前……毎日そんな事をしていたのか……」


 ミミットとフィロさんが軽蔑の目を向けてくる。


「この国の文化を知るために必要なことですよ。望んでのことじゃないです」


「しらばっくれるな変態め。ミミット、こいつの髪の毛を見てほしい」


 仮にも勇者の可能性がある人に向かって変態は酷くない?

 フィロさんが俺の髪の毛を掴んでミミットに見せる。

 痛い痛い。優しくして。


「この阿呆は茶色に染めているが、もともと髪の色が黒色らしいんだ。根本の方を見てくれ」


 やめて、そんな恥ずかしいとこまじまじと見ちゃらめぇ。


「な、確かに黒い……しかし、髪の毛ならば黒く染めているだけの可能性もあるんじゃないかい?」


「それが、こいつは瞳も黒いんだ。見てくれ、この死んだ魚のような目を」


 ちょっと、純粋無垢な瞳に向かって何てこというんですか。


「本当だ……本当に勇者なのか……毎日ボクのパンツを見に来る変態が本当に勇者だと言うのか……」


 いや、知らないですけど。

 どうでも良いですけど、そろそろ手を離してくれません?

 大事な髪の毛が抜けちゃう。


「やい、変態勇者。お前は本当に勇者なのかい?」


「変態勇者とは失礼な。俺が勇者かどうかなんてわかんないですよ。気が付いたらこの世界に居たんですから」


「……文献によると、勇者はここではない世界で強い想いを残したまま生を終えたものの崇高な魂を、神様が転移させることで生まれるらしい。変態勇者、お前の魂には何か強い想いが残っているか?」


「えーっと、多分あると思いますよ。その強い想いとやらで、この世界の人には使えない、特別なスキルが使えるみたいですし」


「ほう。それは何だい?」


「毎日ランダムで1つ、スキルを手に入れられるスキルです」


 ミミットの顔が驚きに染まる。

 どうだ? すごいだろう?


「なるほど、確かにそれは聞いたことのないスキルだね。もしかしたら強力なスキルでも簡単に手に入れられるかもしれないって訳かい。いろいろと思うところがあるが、髪と瞳の色といい、珍妙なスキルといい、確かに召喚された勇者である可能性が高そうだ」


「ミミット、こんな勇者を連れてきてしまってすまない……」


「いや、フィロは悪くないさ。こんな勇者でも勇者は勇者だ。これでボクも恥辱の刑から解放される。ありがとう」


 なんだいなんだい。

 僕は異世界から来た勇者様なんだぞう!


「ではミユキとやら。明日予定が合えば王の御前でそのスキルを見せてもらう。王に認めてもらえるよう、良いスキルが手に入れらるように祈っておくのだな」


「なんだこのロリッ子偉そうに。毎日毎日パンツ見せながら『ボクの勇者様~!』って叫んでたくせに」


「う、うるさいそれを言うな! 大体お前がさっさと現れないからいつまでも恥辱の刑を受けることになったんだぞ! もしかして、ボクのパンツを見たかったからわざと名乗りでなかったのか!? わざとなのか!?」


「なんで色気のないロリッ子パンツのためにそんなことしなければならないんですかー? どうせなら色気たっぷりのおねぇさんが良かったでーす」


「ぐっ……このっ、ドアホー!」


 ミミットが掴みかかってくるが、それをフィロさんが押さえる。


「まてまて、ミミット。気持ちは分からんではない、分からんではないが落ち着け。この阿呆には何を言っても無駄だ」


「ぐぬぬぬ! はぁ。せっかく召喚できた勇者がこんな奴とは……ボクは本当についていない」


 そっちの都合で勝手に召喚したくせにこの扱い。俺ってば本当についていない。


「フィロ、王の許可が取れ次第呼びに行く。明日はいつでも王の御前に行けるように準備しておいてくれ」


「わかった。今日は遅くにすまない」


「いや、ボクの方こそ。想像とは違ったが、勇者を連れてきてくれてありがとう」


 とりあえず明日、王様に合うことになったようです。

 面倒臭いなぁ。

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