第16話 とんだ鬼畜勇者だな

「今日は1日きつかった……」


 フィロさんがゲッソリした顔で帰ってきました。

 そりゃあれだけ二日酔いになってれば疲れもしますわ。

 まともにご飯も食べられなかっただろうし。


「お帰りなさい。今日は晩御飯は軽いものにしておきましたよ」


 今日はさばのトマト煮込みとカボチャの冷製スープだ。

 どちらも消化に良いだろう。


「俺は赤ワイン飲みますけど、フィロさんはどうしますか?」


「今日はやめておく」


 ですよねー。


「それじゃ、いただきます」


「あぁ、いただきます」


 流石にもうお酒は残っていないようで、食べた端から吐くようなことは無さそうだ。


「うん。うまい。食べやすくて良いな。特にこの冷たいスープが良い」


「お嬢様のお気に召したようで何よりでございます」


 口調こそ丁寧だが、手は主人を差し置いてワインのコルクをあける。


「深みのあるガーネットの輝き。その深みは透明なグラスさえも赤に染めてしまうほど艶やか。どこかブルーベリーにも似た重みのある香りは鼻腔を駆け抜けるとともに一瞬で頭の中を熟した果実の色に染め上げてしまう。果実の味がしっかりと厚みのある味わいであるにもかかわらず舌ざわりはまろやかで、喉を通ると晴天の霹靂へきれきだったかの様に香りだけを残して消えてしまう。同じような気候で育つトマトと相性が悪いわけもなく、互いに主張し合いしかし協和した、まさに幼少のころから共に育った幼馴染のような……」


「おい」


「はい?」


「そんなに旨いのか?」


「美味しいですよ?」


 なにこのデジャヴュ。


「私にも一杯注いでくれ」


「大丈夫ですか?」


 昨日の今日で胃も弱っているだろうに。


「なに、もうすっかり平気さ。朝の頭痛やむかつきが嘘だったかのようだ」


 そうなんです。まるで嘘だったかのようにいつの間にか元気になってるんですよ。

 だから人間は同じ過ちを繰り返すんですけどね。


「もう、知りませんからね」


 フィロさんはグラスを回して匂いを楽しんだ後、ワインを口につけた。


「なるほど、確かにうまいな。料理ともとてもよく合う」


 軽くクイッと飲み干してしまった。

 あーあ。大丈夫かなぁ。


 ……


 …………


 ………………


「きひらんら! わらひはきひらんら!」


 あーもうほら言わんこっちゃない。


「はいはい寝てくださいね。明日もお仕事なんですから」


「ばかにするらぁ……きひらんらぞぉ……」


 翌朝


「オウッ……ヴォエッ……オロロロロロロ」


「あー、やっぱりこうなっちゃいましたかー」


 二日酔いのご主人様を送り出し。


「ガチャ!」


『Fランクスキル、(指パッチンが100%成功する能力)、を会得しました』


「いらねええぇぇ!」


 ガチャをして。


「おっちゃん焼き鳥一つ!」


「あいよー!」


「キンキン一つ!」


「あいよー!」


 焼き鳥とキンキンを買い。


「ボクは失敗していない! 召喚は成功しているんだ!」


「ち! じょ! く! ち! じょ! く!」


「うわああぁぁぁん! ボクの勇者様どこーー!?」


「猫さんだー!」


 魔女裁判を傍聴して。


「このワインの特徴は何といってもその豊かな果実味とジューシーさ。ワイン初心者でも親しみやすいがそれは味わいが浅いということではない。初心者に飲みやすく経験者も唸らせるソフトな口当たりと強い酸味。よく熟成したためかまるでモカやチョコレートのようなアロマもただよい一層このワインの味わいを深いものに……」


「私にもくれ」


 ワインを飲み。


「きひらんらー!」


 ご主人様の面倒を見て。


「オロロロロロロ」


「はいはい、お仕事がんばってくださいね」


 ご主人様を送り出す。


 そんな生活が10日ほど続いた。


 ……


 …………


 ………………


「帰ったぞ」


「おかえりなさい。一日お疲れさまでした」


「うむ。今日こそは、今日こそは酒を飲まないぞ」


「何回目のセリフですか? それ」


 そろそろ本当に体壊しちゃいそうだから控えたほうがいいと思いますよ?


「そういえば城でミミットの話題を聞いたよ。どうやら勇者召喚の儀に失敗したことをまだ認めていないらしい」


「認めてしまえば楽になれるんですけどねぇ。まぁまだ15歳の少女に過ちを認めろというのも酷な話ですが」


「それもそうだな。しかし、彼女は天才だ。彼女が成功したというのなら、この国のどこかに本当に勇者がいるかもしれないな」


「あはは、そうだといいですね」


 なかなか姿を現さない勇者のせいで、15歳の少女は毎日毎日パンツを市民の目に晒されなくてはならない。

 本当に召喚が成功しているのだとしたら、とんだ鬼畜勇者だな。


「……おい」


「はい?」


「お前……髪のてっぺんが黒くないか? 染めたのか?」


「あー、こっちに来て大分立ちましたからねぇ。もともと茶色に染めてたのに、地毛が伸びてきちゃいました。どこか髪の毛染められる場所ありますか?」


「……おい」


「はい?」


「お前……黒髪なのか?」


「地毛ですか? そうですけど?」


 俺の言葉にフィロさんはわなわなと震えだす。


「そ、それは……勇者の特徴ではないか! なぜ今まで黙っていた! なぜ今まで黙っていたんだ!」


「だ、だって染めてたから黒髪じゃなかったじゃないですか。別に言う必要もないことだと思ってたんですよ。大体黒い髪の人なら何人かいるじゃないですか」


 ここ数日外に出ているが、黒い髪の人は何人か見かけたものだ。


「バカ野郎! あいつらは勇者にあこがれて黒く染めているだけだ! 本当に黒い髪を持つものなどこの国にいるかぁ! くそっ、これは悪夢なのか? お前のような阿呆が召喚された勇者だなんて……これは悪夢なのか?」


「ちょっとさっきからバカとか阿呆とかひどくないっすかー?」


「うるさい薄らトンカチ! こい! 行くぞ! ちゃんとした服を着て来い!」


「行くって、こんな時間にどこに行くんですか?」


「城に決まっているだろう!」


 どうやら俺が召喚された勇者だったようです。

 いや、急にそんな事言われても……ねぇ?

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