第13話 きひらんら!
「んじゃ、こっちの質問ですね。なんで男装してるんですか?」
「……お前には遠慮と言うものがないのか」
「だって聞かないと教えてくれないじゃないですか」
「……まあいい。今日はなんとなく話したい気分ら」
フィロさんが飲み干したグラスにすかさずワインを注ぐ。
大丈夫かな?
お酒のせいで口が軽くなってるんじゃないの?
「ちょっと長い話になるが、適当に聞いてくれ」
ワインで唇を
……
…………
………………
この屋敷に住んでいるからもうわかっただろうが、私は剣の一族であるシュヴァリエ一家の
え? 知らないのか?
お前は本当に何も知らないんだな。
まあいい。ともかく、私の一族は代々、王の剣として仕えてきたのだ。
我が一族に生まれた子供で、長男は王に使える騎士として、次男は次期王の騎士を育てる教育係として育てられる。何百年も前からそうやってきた。
しかし我が父と母にはなかなか男児を授かることが無かった。
私には姉が三人いるが、三女とも歳が15ほど離れている。
何とか一人でも男を産もうと頑張ったんだろうな。私を授かった時には母はすでに45歳になっていた。
それはもう危険な出産だったらしい。何度も生死の
分かるだろう? 最後の可能性にかけた私は、残念ながら女だったのだ。
その時母は狂ってしまった。
私に乳を与えることもなく幾晩も泣き続けた後、私を見てこう言ったのだ。
『元気な男の子ね』とな。
それから私は男として育てられたよ。
自らの性について考えることは禁じられた。ただ王に仕える騎士となるべく厳しく育てられたんだ。
幸だとか不幸だとか、考える暇さえなかった。
私が騎士になるための試験を受けに行ったとき、この屋敷では無事に騎士を輩出できたことを祝うパーティが行われていたらしい。
その時の酒に、毒が盛られていたらしくてな。
あぁ、大丈夫だ。毒が盛られていたのは外部から持ち込まれていた酒だけだった。この屋敷にある酒には毒はない。
誰がやったのかは不明のままだが、私は王の槍の一族だと思っている。
王の槍の一族も代々王に使える騎士でな。
王の剣と王の槍は、良きライバルとして、王を守る良き仲間として存在していた。
しかし、我が一族に男が生まれないと聞いて、王の
そこで男が生まれてしまった。正確には女だったがな。
そこで王の槍は私を殺すために毒を盛ったのだろう。まさか私の騎士のパーティに私がいないとは思わなかったのだろうな。
遅行性の毒でな、一人目に症状が現れたときにはもう遅かったようだ。
次々に倒れて行ったらしい。
私が試験から帰った時には死屍累々だった。
その時の惨状を見た人は、この屋敷を未だに幽霊屋敷だと言う。
そんないわくつきの屋敷など欲しがる人などいるはずもなく、また働きたいという人もいるわけがない。
残ったのは大きなこの屋敷と、騎士として育てられ男にもなり切れず女にも戻れない私というわけだ。
「これが私が男装している理由であり、この屋敷に誰もいない理由ら」
話し終わると喉の渇きを潤すように、ワインを呷る。
「私はシュヴァリエ一族の恥になららいように、立派な騎士にならなければなららい」
なるほど。いろいろと複雑な事情があるんだなぁ。
それより呂律回ってないけど大丈夫?
「フィロさんは騎士として生きていきたいんですか?」
「騎士として生きていかねばなららいんら!」
「うーん……」
なんだかなぁ。
「なんら? 言いらいことがあるなら言っれみろ!」
「いえ、別に騎士が嫌ならやめてしまえばいいんじゃないかなぁと」
「なんらろ!?」
もうぐでんぐでんじゃないですかフィロさん。
「フィロさんが騎士を辞めても責める人はもういないし、男として生きなければならない理由ももうないんじゃないですか?」
「そんらわけにいくか! わらひは、わらひはきひらんら!」
きひらんら。
「フィロさん。今日はもう遅いので寝ましょう。部屋に行けますか?」
「ばかにするらぁ! わらひは、わらひはぁ……」
……すぅ、すぅ。
寝てしまいました。
よくあの叫んでるテンションから流れるように眠れるなぁ。
うーん、部屋まで運ぶ力なんてないしな。適当な布団を持ってくるか。
大きな屋敷なので、布団の予備もたくさんあった。
適当に持ってきてから、フィロさんが座っているイスの横に何重にも敷く。
そして
「よっこら……せっと!」
椅子から押し倒す。
ボフンとうまく布団の真ん中に着地した。
寝ゲロで死なないように横向きに寝かせる。
大学のサークルで学んだ数少ない役に立つ知識の一つである。
心配なので、一応俺も近くに寝ておきますかね。
幽霊屋敷だから怖くなったとか、そういうわけじゃないよ?
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