第11話 まるで熟年の夫婦のようだ

 裁判を傍聴ぼうちょうし終わり、適当な食料を買って帰る。

 何をすれば良いか分からないけど、とりあえずご飯でも作ってご主人様の帰りでも待ちますか。


 適当にスープとパンでも作ってればいいかな。

 一人暮らしの大学生男子に料理ができる奴は多い。

 お金が無いからとか、意識が高いとかそんな理由ではない。モテたいからだ。

 俺も一人暮らしをし始めてから必死に料理を覚えたもんだ。料理ができる男はモテるっていう情報を信じてたからね。

 でも気がついたんだ。

 いくら料理がうまくても、部屋に呼ぶ女友達がいなければ無意味だと。

 その事実に気がついたとき、泣きながらミネストローネを食べたものだ。

 ちくしょー!


 という訳で、本日の料理は、涙でしょっぱいミネストローネ~青春の青さを添えて~


 スープ料理のいいところは、適当に薄味で作った後に塩いれれば大抵旨くなるところ。


「……何をやっているんだ?」


 お料理をしているとご主人様が帰って来ました。


「おかえりなさいませぇ。ご主人様」


「なんだそれは気持ち悪い。やめろ」


 わお、辛辣しんらつぅ。


「ご飯作っておきましたよ。あ、すんません、流石に掃除は終わりませんでした」


「良い。玄関は綺麗になってた。ありがとな」


「ご飯にする? お風呂にする? それともあたし?」


「なんだ? お前を殺せば良いのか ?」


「……いえ、なんでもありません」


 何この男装ご主人様。トゲトゲ感が半端無いんだけど。

 前世はウニか何かだったの?


「汗を流してくる」


「了解です。お食事はどちらに準備すればよろしいですか?」


「ダイニングに用意しろ」


「かしこまりました」


「……はぁ。毒気が抜かれるな、お前といると」


 あらそう? 歩く薬草とでも呼んでくれていいですよ?


 スープの味を整えてひと煮たちさせている間にサラダとパンを用意。

 ちょっとヘルシー過ぎかな?

 飲み物は棚にあったワインを用意。俺が飲んでみたいだけです。


 一通り準備が終わったところでご主人様がお風呂から帰ってき


「うえええええぇぇぇぇぇぇ!?」


「……なんだ」


 あらまぁ不思議!

 堅物男装騎士様がお湯を浴びるととても美人なお姉さまに早変わり!


「家にいるときくらい楽にさせてくれ。誰にもいうなよ?」


「言いませんよ。言ったら殺されちゃうし」


 奴隷だもんね、俺。


「お嬢様、お食事の用意がすんでおります。こちらへどうぞ」


 スッと椅子を引くと、戸惑いながらもフィロさんは座った。


「本日のメニューはミネストローネ~青春の青さを添えて~、取れ立て野菜のサラダ、なんかそこら辺の露店で売ってた美味しそうなパンでございます。デザートに桃もありますので、ご所望の際にはお申し付けください」


 そういって少し離れた所にピンと背筋を伸ばして立つ。手には白いナプキンを掛けて、うん、どうみても完璧な執事だ。


「……お前は元々貴族に使えていたのか?」


「いえ、こんな感じかなと思っただけです」


「妙な知識のある奴だな。おい、そんなに堅苦しくするな。お前も食べろ」


「よろしいので?」


「早くしろ。そしてへんな口調をやめろ」


「うぃっす」


 お許しが出たので自分の分のスープをついで来る。

 戻るとフィロはもう食べはじめていた。そこは待ってくれないのね。


「いただきまーす」


 スープを一口。うん、うまい。

 繊細な味なので白ワインを……


「あのー」


「なんだ?」


「ワイン、開けていいですか?」


「はぁ、勝手にしろ」


「やったー!」


 ルンルン気分でコルクをあける。

 ポンッという軽快な音と共に良い香りが広がる。

 少し悩んだ後にフィロさんのグラスに注ぐも、一瞥いちべつしただけで手を出さない。

 まぁ飲まないのなら後で貰おう。

 自分のグラスにも注いで……さーて、異世界ワインのお味はどうかなぁー?


 香りをいだ後に、テイスティング!


「んっまーー!」


 大声を出すとフィロさんがビクッとした。


「急に大声を出すな! ビックリするだろうが!」


「あ、すんません」


 しかし、美味しいなこのワイン。


「注いだ瞬間に目に飛び込むのはりんとした青みのあるイエロー。冷涼れいりょうな土地で澄み切った空気の中すくすくと育つ葡萄ぶどうの園が脳内に広がり、続いて鼻に広がるスッキリとした香りがまるで葡萄園に吹く風のように通りすぎる。口にいれるとシャープな酸味としかし、しっかりと主張してくる甘味が混ざりあい一瞬おくれて口の中全体に味が広がる。目、鼻、口と順を追って幸せにしてくれる最高のワイン。スープの繊細な味を邪魔すること無く、むしろ互いに引き立てあいまるでそれは熟年の夫婦かのような調和を……」


「おい」


「はい?」


「そんなに旨いのか?」


「美味しいですよ?」


 感想は適当だけど。


「フィロさんは飲まないんですか?」


「付き合いで飲まされることはあるが、旨いと思ったことはない」


 そりゃ嫌々飲む酒は美味しくないでしょ。


「フィロさん。お酒を飲むときに大事なものって何か分かりますか?」


「……つまみか?」


 はぁ~。

 盛大なため息が出ちまうよ。


「全くだめ。おろか。本当に愚か。愚かさを10で表すと七万くらい愚か」


「叩き切るぞ」


「ごめんなさい」


 この人、二言目には『切る』だもん。こわい。涙が出ちゃう。


「大事なのは『心』です。気持ちですよ」


「ふん、気持ちで味が変わるものか」


「変わりますよ。フィロさんは剣を使える見たいですけど、上手く剣が使える時となんだか上手くいかない時って無いですか?」


「まぁ、あるな」


「それって気持ちの問題じゃないですか? 雑念がある、悩みがある、そんな時って上手く出来ないですよね? 心の問題ですよ。剣も味も」


「そんなものか」


「そんなもんっす」


 フィロさんはそっとワイングラスを持ち、口につける。


「……」


「旨いっしょ?」


「……あぁ」


「明日は乾杯してから飲みましょ。もうちょっと美味しくなるかもしれないですよ」


「それもいいかもな」


 フィロさんはふっと笑ってもう一度グラスに口をつける。

 やった! 明日もワインが飲めるぜ!

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