第2話 摩擦熱で火を起こす異世界生活

「……森だ。あ、普通にしゃべれる」


 意識が覚醒かくせいすると、目の前には森が広がっていた。

 女神様の口調から赤ちゃんからやり直しかと思ったがそうではないらしい。

 体は思う通りに動く。


「赤ちゃんになってたら……」


 おっぱいに触れることが出来たのに……

 っていかんいかん。おっぱいとかそういうんじゃない。

 今、異世界なの。アイム イン ジ アナザーワールド ナァウ。英語分からんけど。


 何はともあれ、ここから俺のガチャという能力を生かして異世界無双が始まるわけだ!

 それでは早速!


「ガチャ!」


 天に手をかかげて叫んでみる。

 パアッと白い光が放たれ、頭に文字が流れ混んできた。

 きたきたきた! 来ましたよ!


『Fランクスキル、(ストーンスナイパー:拾った石を狙い通りの場所に投げる能力)を、会得しました』


「……」


 キョロキョロと回りを見渡し、手頃な石を拾う。

 そして大きく振りかぶって


「いらねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 思いっきり投げると、狙い通り木のど真ん中にぶつかりました。





「はぁ、はぁ、くそっ! くそっ!」


 あれからやけくそで石を投げまくりました。全部狙い通り命中しました。


「こんな能力で、いったいどうしろと……」


 ピッチャーにでもなればいいのか。

 ていうかこの世界に野球あるのかよ。

 ていうかFランクってなんだよ。

 どう考えても最低ランクじゃねぇか。ふざけんな。

 どんなソシャゲでも一発目はサービスで良いカードくれるって言うのに。


「ふぅ。一先ず落ち着こう」


 明日になればまたガチャれるんだ。そんな最初から良い能力なんて手に入らないだろう。

 ゆっくりいこう。ゆっくり。うん。

 ゆっくり……してる暇あるのか?


「冷静に考えるとまずくね?」


 だってここは森の中よ?

 水も食料も無い森の中よ?

 しかも異世界の。

 さいわい夜ではないから明るいけれども。


「せめて人がいるとこにたどり着かないと……その前に水か。それと食料」


 人間は水がないと5日くらいしか生きられないとか聞いたことあるし。

 現代っ子で軟弱なんじゃくものの俺の場合2日目で倒れる可能性すらある。

とにかく、水を探そう。




 見つけられませんでした。


「やばいやばいやばいどうしよう。めっちゃのどかわいてきた」


 日はかたむいていて暗くなりつつある。

 焦ればあせるほど喉が乾いてくる気がする。

 闇雲やみくもに歩いて足も疲れてきた。


「くそ、一旦休憩しよう……」


 大きな木の根本に腰を下ろす。

 テントも何もない状態で野宿とか初めてだ。

 とりあえずまだ明るいうちに眠れる場所探して、寝て起きて明日のガチャにかけるしかない。

 水魔法とか、何かそういう能力が当たれば。ほんの少し水が出せるだけでいいんだ。


「くそー。サバイバル術とか大学で習ってないぞ……」


 六畳のアパートで蛇口を捻れば水が出るっていうの、すごく恵まれてたんだなぁ。

 ブンブンと頭を振る。

 前世に思いをせても仕方がない。


「よし、眠れる場所探そう」


 もうちょっと頑張れば何か見つかるかも知れない。






 見つけられませんでした。


「……おわた」


 もしかして詰んだ?

 やだやだ死にたくない。

 ちょっと前に死んだけど。

 でも死ぬのはやっぱり怖い。


 大きな岩の陰に腰を下ろす。辺りはすっかり暗くなってしまった。狼とか出ないことを祈ろう。


「駄目だ。疲れた。眠い」


 慣れない山を歩き続けてへとへとになってしまった。

 とりあえず、もう寝てしまおう。喉カラカラで体ベタベタだけど。

 とりあえずもう、今日は良いや。おやすみなさい。




 チュンチュンチュンチュン。

 さわやかな鳥の声で目を覚ます。


「すっげー、喉乾いた」


 とりあえず、寝ているあいだに襲われることは無かったようだ。


「そうだ、今日のガチャ……」


 空を飛べるとか、水や食料が出せるとか、何かそういう今役立つ能力が欲しい。

 弱々よわよわしく手を天にかかげる。


「……ガチャ」


 パァーっと白い光が放たれる。


『Fランクスキル、(グッドイヤー:耳か凄く良くなる能力)、を会得しました』


「……マジか」


 短い人生だった。

 全てを諦めてため息をつく。

 耳を澄ましてみる。


 綺麗な鳥の声がはっきりと聞こえる。

 木の葉が揺れる音、動物が走る音。

 虫の鳴き声や、川を流れる水の音。

 世界は音で溢れているんだなぁ。最後に素敵なことに気がつけて本当に良かった。


「……ん? 川?」


 もう一度耳を澄ませる。

 サワサワサワと流れる川の音……


「川がある!」


 そんなに遠くは無いはずだ。水があると認識すると体に力が戻った。

 音を頼りに進んでいく。

 川があるということは、水があると言うことだ。当たり前だけど。

 このカラカラの体をうるおせるのだ。

 一時間ほど覚束おぼつかない足取りで歩く。今にも倒れそうだ。

 だけど、川の音は確実に近くなっている。


「水……水……水……」


 ふっと、森が開ける。


「……川だ」


 感動のあまり、カラカラの体なのに涙が出てくる。

 綺麗な川だった。近づくと澄みきっていることがよく分かる。


「飲んでも、大丈夫だよな……?」


 水を手で救って考える。

 見た目が綺麗でも飲んだらやばいとか、テレビで言ってた気がする。

 カンピロバクターとか、ピロリ菌とか。

 お腹壊すかも知れない……けど、


「飲まなかったら、どちらにしろ死にそうだしな」


 恐る恐る口に入れる。変な味はしない。舌がしびれたりもしない。

 うまい。

 一口飲んだ後は、川に直接口をつけて飲む。

 うまい!


「ぷはぁーー! い、生き返ったぁーい!」


 俺の大声に驚いた鳥たちが、水浴びをやめて飛び立って行った。

 ごめんごめん。うるさかったね。


 喉の乾きがいやされると、今度は体のべたつきが気になってきた。

 気温は暑いとは言えないが、春の暖かさはある。

 水は冷たいが、入れないほどではない。


「浴びるか。うん、浴びよう」


 回りを見渡すが、幸か不幸か人の気配は無い。

 勢い良く服を脱いで、恐る恐る川へと入る。


「ひー、ちべてぇちべてぇ」


 パシャパシャと体に水をかけ、慣れてきたところで肩までつかり、もぐる。

 ワシワシと体をこすり頭を洗う。

 昨日からまとわりついていたあぶらあかが流されていく。

 魚たちがその垢にパクついてくる。

 こらこらやめなさい。恥ずかしいでしょ。


「魚、食えるかな?」


 今度は空腹がうったえかけて来た。全く強欲な体ですこと。

 魚に手を伸ばしてみるが、するりと逃げられる。


「あ、そうだ、石投げるか」


 勢い良く投げれば仕留しとめられるかもしれないし。

 適当な石を拾って、浅瀬あさせを泳いでいる魚めがけて投げる。


「……あれ?」


 石は狙ったところから三十センチほど離れたところへと飛んでいって。


 おかしい。昨日(ストーンスナイパー)を会得したはずなのに。

 何度か投げてみるが、惜しいところまでいくが狙い通りには行かない。


「もしかして、能力が無くなってる……?」


 女神様が言っていたのは『1日に1度ガチャが出来る』ということだけ。

 それで会得した能力がいつまで使えるかとかは何も言って無かった。つまり、


・ガチャで会得した能力は、時間経過により消える

・ガチャで会得した能力には使用回数がある

・ガチャで会得した能力は、次のガチャを行うと能力が上書きされる


のどれかだと考えられる。


「うーん、検証が必要だなぁ」


 ぼやきながら川から上がり、両手で持てるくらいの大きな石を持ち上げる。

 それを魚がひそんでいそうな川の岩陰に向かって思いっきり投げ込む。

 派手はでな音をたてた後、三匹ほど魚が浮かび上がってきた。


「よしよし」


 気絶しているだけなので素早く陸へ放り投げる。

 取れたは良いが、火がない。流石に川魚で刺身は怖いよな。


「使えそうなものは……」


 持ち物は服。以上。

 うーん。パーカー、Tシャツ、ズボン、パンツ、スニーカー、靴下、ハンカチ。

 スマホがあればバッテリーで火がつけられたかも知れないのに……


摩擦熱まさつねつで火起こしとか、原始人かよ……」


 愚痴ぐちってもどうしようもない。

 やらなきゃ魚が食えない。やるしかない。

 とりあえず乾いたまきやら燃えそうなものを集める。

 川の丸っこい石を割って即席の石器にする。

 太めの木を削ってみぞを作り、そこに細く硬い枝をはめ込んで、こする! 擦る! 擦る!




体感時間で五時間後。


「本当に火が起こせるとは……」


 正直、出来るとは思っていなかった。

 色んな木の枝をとっかえひっかえ。けずって木の粉を作ってみたり、毛羽立けばだたせてみたりと試行錯誤しこうさくごの末、何とか成功した。

 小さい火種ひだねを大きくし、今は立派なき火である。


「こういうの、本当ならスキルのちからで何とかするもんじゃねぇの? 手を豆だらけにして火を起こす異世界ファンタジーって何なんだよ」


 愚痴ぐちりながらもにやつきが止まらない。

 俺すげえぇぇぇぇ!


 早速取った魚を枝に刺して焼く。

 パチパチと言う薪の音と、魚の油のジュウジュウという音。

 キャンプって良いものなのかもなぁ。テント無いけど。キャンプってよりサバイバルだけど。


「もう良いかな」


 川魚だし、毒はないだろう。

 少し冷ましてから一口。


「んっま! んっま! 何これうんまー!」


 空腹は最高のスパイスとは良く言ったもんだなぁ!

 ひとまず、水、火、そして食料は確保できた。

 体も清潔になったし、明日はスキルの検証とこれからについて考えないとなぁ。

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