第75話 自分でやっていること

 自分でやれとか、すべて自分でやったとか、やけに「自分で」ということを強調する人がいるが、人間はどれだけのことを本当の意味で「自分で」やっているのだろうか。


 拍動や呼吸は確かに自分でやっているといえるだろう。「やっている」というと意識的に行っているみたいな感じになってしまうが、意識していなくても、脳の中のどこかがはたらいていれば、自分でやっているといえなくはない。したがって、消化や排泄なども自分でやっているといえる。けれど、本当の意味で自分でやっているのは、これくらいしかないのではないだろうか。拍動、呼吸、消化、排泄、の四つくらいしか私は思いつかなかった。


 たとえば、今こうしてキーボードを叩いて文章を書いているわけだが、果たして、この文章は自分で書いているといえるだろうか。私は指をある一定の秩序に従って動かしているだけで、キーが押されたことで生じる電気信号は、私の脳が発したものではない。私の脳が発した電機信号は指先にまで伝わるだけで、その先にあるのは私も一器官ではない。


 では、キーボードを使わないで、シャープペンシルを持って直接紙に文字を書けば、それは自分で書いているといえることになるのか。これも、結局はキーボードを使う場合と何ら変わらない。


 このように、見方によっては、自分でやっている、といえるものは限られることが分かる。

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