第六章 ポルトガル村
拓馬から借りた車でポルトガル村に向かった。その途中、村を俯瞰できる高台に車を止めた。午後の日差しは強く、理紗は大きな帽子を被り、サングラスをしている。諒輔は神崎から借りてきた双眼鏡でポルトガル村を観察した。敷地の一番奥はコバルトブルーのサンゴ礁で、手前の平地部分に幾つかの建物が建っている。海岸に最も近いところに建つマンション風の建物は宿泊棟、中央の小高い所に建つ城のような建物がメイン棟、その横の南欧風のオレンジ色の瓦屋根の建物はレストランに違いない。その他は売店などの小さな建物があるだけのようだ。予想していた通りこじんまりしたテーマパークである。
車に乗り込むと諒輔は、運転しながら理紗に、島人から仕入れたポルトガル村に関するあれこれを話して聞かせた。
≪ポルトガル村は、1990年、ふるさと創生事業として国から交付された1億円を基に、現村長の安田が率先して開発したテーマパーク型のレジャー施設である。しかしご多分に漏れず、杜撰な計画により、開園以来赤字を計上し続けていた。中でもホテルは稼働率が極めて低く、赤字の元凶と目されていた。しかしそのホテルをKAMZAが買い取ってくれたので、何とか閉園せずにこうして持ちこたえている。安田村長は当初、西神坐島のリゾート開発には反対の姿勢であったが、KAMZAからポルトガル村のホテルを好条件で買い取るとの申し出を受けると、手の平を返すように、リゾート賛成派に転じた>
そんな話をする内に、ポルトガル村に着いた。駐車場に車を置いて入り口から中に入る。入園者は、ちらほら程度にはいて、まったくの閑古鳥状態ではない。入った所に案内板があり、入場料、開園時間、入園規則などが記載されている。どうやら入場料は無料らしい。
先ずはメイン棟に行こうと案内矢印に沿って歩みを進めた。道は椰子の並木になっており、両側には熱帯植物園風の庭園が広がっている。赤い花をつけた背の高い木があちこちに見受けられる。初夏に花が咲くデイゴであろう。ブラシの木もユニークな形状の花を咲かせており、その周りを蝶が蜜を求めて舞っていた。
メイン棟に到着した。中世ヨーロッパの城を模した外観で、入り口と屋上に緑と赤の2色旗が掲げられている。多分ポルトガルの国旗であろう。ここに入るには大人300円の入場料がかかるようだ。入場料を払い内部に入る。正面壁面にポルトガル村の名前の由来などが書かれたプレートが掲げられている。
≪ポルトガル村は、琉球王朝時代に神坐村の住民がポルトガルの難破船を救助したゆかりの地に建つテーマパークです。ポルトガルと我が国の交流の歴史を学びながら東神坐島の美しい自然をお楽しみいただけます。この建物はポルトガルのリスボン郊外に建つサン・ジョルジョ城をモデルにして建設された資料館です。また、隣にはポルトガル料理をメインにしたレストランがございますので、どうぞご利用下さい≫
資料館ということで内部の展示場には、「八重山諸島の歴史」「鉄砲伝来」「南蛮貿易」「ポルトガルの文化と観光」などのコーナーがあって諒輔は興味深く見て回った。しかし、開設以来、展示内容はそのままのようで、薄汚れ、一部は破損しており、みすぼらしい感じを拭えなかった。また、ポルトガルの難破船を救助したというのは、伝承の域を出ないもののようで、この地にテーマパークを作る理由としては説得力に欠けていた。
メイン棟を出ると次に宿泊棟に向かった。諒輔はレストランで軽く食事をと思ったのだが、理紗に嗜められて渋々海岸に向け坂を下って行った。
以前ホテルであった3階建ての建物は、客室から海が見えるようにとの配慮であろう、海岸に近いところに建っている。敷地の周りは低い塀が廻らされており、ゲートは閉鎖されていた。そのゲートには大きな看板が貼り付けられている。
”関係者以外の立入りを固く禁ずる ㈱KAMZA”
中の様子を窺うが人の気配が感じられない。
「どうしよう、中に入ってみようか?」
「建造物不法侵入だけど、この際どうでもいいわよね、入りましょう」
塀をぐるりと回り、人目の付き難い個所から、塀を乗り越えることにした。低い塀ではあったが、理紗は大きな帽子と、裾まであるリゾート風のスカートが邪魔のようである。諒輔は理紗を、お姫様抱っこして塀の向こうに降ろしてあげた。続いて諒輔が軽々と塀を乗り越えると、建物の裏側の業務用入口に近寄った。中の気配を窺っていた理紗が不審そうな表情で諒輔を見やった。
「やはり人の気配がしないわ、みんな何処に行っちゃったのかしら?」
「西神坐島に従業員宿舎が完成して、そちらに移ったのかもしれないね」
神崎が持ってきた資料にリゾートの詳細な計画書があり、それに従業員宿舎の建設についての記載があったのだ。
「建物の中に入ろうと思うけど、理紗はここで待っていてくれないかな」
「えぇ! 一人でここに?」不安そうな表情をして、首を振る。
「一人じゃないよ、犬麻呂と一緒だ」
「そう、それならいいけど」まだ、納得行きかねる様子だ。
「万一、誰かやってくるかもしれないだろう、そんな時は携帯で連絡して欲しいんだ」
理紗は、そういう役割があるのならと、やっと納得して頷いた。
諒輔が呪文を唱え、犬麻呂と牛麻呂を召喚した。犬麻呂には理紗を守るように、牛麻呂にはついて来るよう命じた。犬麻呂は嬉しそうに理紗のもとに行くと、人目につかないガジュマルの木の根元に理紗を案内している。
諒輔はドアの取手を引いてみた。当然ながら鍵が掛っている。鍵穴を覗き込んで調べてみると、このドアの鍵はどこにでもあるような普通のもので、これなら中から容易に開けることが出来そうであった。式神はほんのわずかでも隙間さえあれば、中に入ることが出来る。牛麻呂に中に入って鍵を開ける様に命じた。牛麻呂は身体を紙のように平べったくして、ドアの隙間からスルリと中に入り込んだ。すぐにガチャリという音がしてドアが中から開け放たれた。
諒輔は建物内に入ると鍵を閉め、薄暗い室内を見渡した。右側は厨房のようで、大小様々な鍋やフライパンが吊り下げられ、ステンレス製の大きな調理台や、各種の調理器具が所狭しと、置かれていた。左側は食材倉庫のようであったが、生鮮食料は見当たらず、缶詰、瓶詰の類が棚に置かれていた。更に進むとドアがあり、開けて外を覗くと、通路になっている。通路の向かい側にもドアがあり、“Staff Only”と書かれている。右手の方が明るいので、フロントの方だと見当をつけ歩んで行くと、果たしてそこに、フロントとロビーがあった。吹き抜けの天井に明り取りの窓が設けてあって、この空間は充分に明るい。
2階に通じる階段がある。ロビーの案内表示によると、2階は宴会場と一部が客室になっているらしい。階段を上るとそこも狭いながらロビーのようになっていて、その先が宴会場の入り口のようであった。
ドアを開けて宴会場に入った。中は窓にカーテンが引かれており、薄暗くて最初は中の様子がよく見えなかったが、目が慣れると、左手奥が舞台になっていることが分かった。ホテルであった頃は、この舞台で結婚披露宴の余興が繰り広げられたことであろう。
ふと気がつくと、牛麻呂がいない。どこに行ったかと辺りを見回すが宴会場にはいないようだ。宴会場のロビーに戻ると、そこに牛麻呂がしょんぼりと佇んでいる。「何で中に入らないのか」と訊くと、「魔除けの霊符が宴会場の中に貼られているから入れない」と言う。そんなものがあったかと、思いつつもう一度宴会場の中に入って良く検分してみた。魔除けの正体が分かった。舞台の奥に“ドーマン”の印が描かれた大きな垂れ幕が吊り下げられていたのである。また、ドアや窓の上にも同様の印が描かれている。成るほどこれでは、牛麻呂は中に入れないであろう。
“ドーマン”とは、縦4本、横5本の格子状の印で、九字紋とも呼ばれる。古来、魔除けの印として用いられてきた。もう一つ、魔除けの印で有名なのが“セーマン”で、こちらは星状の印で、晴明紋とも呼ばれる。これらの名称からも分かるように、この二つの魔除けの印は陰陽道に関わるものであり、“ドーマン”は蘆屋道満、“セーマン”は安倍晴明の名に由来している。“ドーマン”は道真神威教のシンボルマークとして用いられ、この宴会場は道真神威教の祈りの場もしくは道場のようにして使われていたのであろう。
あまり牛麻呂を待たせては可哀想と、宴会場の外に出た時、マナーモードにしておいた携帯がブルブルと震えた。
「もしもし諒輔、聞こえる?」押し殺した様な理紗の声である。
「あぁ、聞こえるよ」
「誰かやってきたの、ゲートの前に車が止まって人が降りたわ」
「そうか、相手に気付かれないように説明を続けてくれ」
「えぇ分かったわ……一人だけのようだわ、あぁ、あれは女ね、手に持っているのはモップとバケツかしら」
「モップとバケツ?」
「そうよ、モップとバケツ、あれは掃除のおばちゃんだわ、あっ、こっちに向かってくる、裏口から中に入るのよ、きっと」
「そうか分かった、もう電話切っていいよ、話声が聞こえるとまずいから」
「じゃ、切るわね、また何かあったら知らせるわ」
携帯を切ると諒輔は階段を下りて、フロントのカウンターの裏に身を潜めた。牛麻呂も諒輔の後ろで身体を屈めている。普通の人には式神の姿は見えないのだから、堂々としていてもいいのにと内心可笑しく思っていると、厨房に続くドアが開いて、こちらに歩いて来る気配がした。やって来た人は成るほど、モップとバケツを手にしている。中年の女性で、眼鏡を掛け、業務用のエプロン、頭には三角巾を着けている。掃除のおばちゃんという理紗の形容通りであった。
女はロビーの掃除を始めたが、そのやり方は実に雑で、一通り床をモップで濡らすと、もうそれで掃除は終わりのようであった。モップを壁に立てかけると、やれやれというように背伸びして、腰を叩いた。もうこれで帰るのかと、諒輔はあきれる思いであったが、早く帰ってもらった方がいいので、これ幸いと思うことにした。
女はモップとバケツを手にすると、厨房入口のある方に戻って行った。諒輔はフロントのカウンターからそっと出て、物陰から女の帰る様子を見守った。女は意外にも厨房のドアには入らず、向かい側の“Staff Only”の表示のあるドアを開けると、モップとバケツをそこに置いて、中に入って行った。あのドアの向こうには何があるのだろうと興味を掻き立てられ、足音を忍ばせてドアに近付いた。ドアは開けられたままで、中を覗くと階段が下に続いている。どうやら地下に通じる階段のようである。階段を少し降りて下の様子を窺う。照明が点いており、女の行動が見て取れる。
階段を下りて直ぐの所は、更衣ロッカーが並んでおり、女はロッカーの扉を、一つ一つ開けて中を覗き込んでいる。何か探し物をしているようだ。誰かに忘れ物を探すよう頼まれたのだろうか。全てのロッカーを調べても何も見つからなかったようで、女は更に地下室の奥に進んで行く。諒輔は階段を降りて、女の後を追った。
地下室は思いのほか広くて、洗濯機が何台も置かれていたり、ボイラー設備などの機械が設置されたりしていた。女はそういったものには眼もくれず、一番奥まった所に至ると立ち止った。諒輔も音を立てないように気をつけて近寄り、物陰に身を潜めた。牛麻呂も同じように身を屈める。
女が眺めているのは、重量感のある金属製の扉であった。扉の取手を両手で握り、力を込めて引いていたが、扉は微動もしない。女は肩をすくめる仕草をすると踵を返して、もと来た方に歩み出した。諒輔は頭を下げて、女をやり過ごす。
階段を上がる足音がして、地下室が闇に包まれた。女が照明を切ったのだろう。続いてドアが閉まる音が聞こえた。諒輔は真っ暗闇の中、物陰から這い出ると、牛麻呂に階段を上がって、照明のスイッチを入れるよう命じた。暗闇は式神にとってお手の物のようで、すぐに照明が入った。一番奥に行き、扉を観察した。それは銀行などの金庫室の扉と同じ造りであり、KAMZAがこの建物を購入してから設置したものであろう。中を見たいと思うが、ダイヤル式の鍵まで付いた本格的な装備であり、とても開けられるようなものではなかった。また、その扉は密閉式になっているようで、式神が入り込む余地もなかった。
階段を上がり通路に出ると、携帯がブルブルと震えた。
「諒輔ったら、中々電話に出ないでどうしたのよ、心配したじゃないの」
拗ねたように理紗が言う。長い間待たされて、ご機嫌斜めのようだ。
「いやぁすまん、地下室にいたものだから、繋がらなかったんだ」
「それならいいんだけど….掃除のおばちゃん帰って行ったわよ」
「分かった、僕も直ぐにここを出る」
諒輔は3階をまだ調べていないのが心残りではあったが、あまり理紗を待たせる訳には行かない。探索を切り上げて外に出ると、理紗と犬麻呂が駆け寄ってきた。
その夜、反対派の集会が“ヴィラ星の砂”で開かれた。緊急であったので参加出来ない者もいたが、それでも10名ほどが集まった。諒輔、理紗、神崎それに正剛にも参加して貰っている。駐在は時間に少し遅れたがやって来て集会に加わった。
冒頭に真俊が神崎を紹介した。諒輔と同じ財団の職員で、元自衛官であり、警察庁に情報ルートを持っている人物との触れ込みである。神崎はKAMZAの社長である鮫島至道と、道真神威教の話を皆に聞かせた。過度の心配をかけさせないように、サリンと呪殺については省いている。それでも、襲撃された経験がある反対派の人達は心配そうな表情で神崎の話を聞いていた。
神崎の説明が終わると、活発な議論が交わされ、色々な対策が提起された。また駐在の対応が生ぬるいとして、吊るし上げのような事態になるなど議論は白熱した。しかし、意見は沢山出るものの、中々纏まらない。それでもなんとか自警団の結成と、警察官の増派を八重山署に正式に申し入れること、それから身の廻りに何か異常なことが起きたら、互いに連絡し合うことが確認・合意され、その日の集会はお開きとなった。
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