第四章 道真神威教

 翌22日、葛城が警察庁の日野から得た情報を電話で伝えてきた。そして報告の最後に神崎を東神坐島に派遣したいと申し出た。

「至道が率いる道真神威教は、危険な狂信者団体として、警察庁でもマークしているそうです。今後、また襲撃などが考えられるので、神崎をそちらに行かせたいと思います。警察庁の日野さんから入手した資料を持たせるので、詳しい事は神崎からお聞きください」

諒輔は承知した。戦闘のプロの神崎が来てくれることは、心強いことであった。


 神崎はその日の深夜便で羽田を立ち、翌23日の午前10時頃、東神坐島の“ヴィラ星の砂”に到着した。さてその出で立ちは、半袖迷彩服にレイバンのサングラス、頭にはグリーベレー、足元は頑丈な軍靴で固め、大きな布製のバッグを背負っている。普通の人がそんな恰好をしたら、軍事オタクと思われるところだが、神崎は元自衛隊の特殊部隊出身者である。さすがに、その姿は板についている。

 神崎は、自分の部屋に荷物を置くと、両手に図面や書類ファイルを抱えて、諒輔と理紗のコテージを訪ねてきた。待ち構えていた諒輔と理紗は挨拶もそこそこに質問を開始した。

「到着早々でお疲れのところ申し訳ありませんが、幾つか質問していいですか?」

「勿論です、そのために私はやってきたのですから」

 神埼は疲れを感じさせない元気な声で答える。

「では先ず、シュラ・コンサルタンツのその後について説明して下さい」

「はい、分かりました」と答えて神埼は説明を始めた。


 ≪月瞑は諒輔との闘いで一命は取り止めたものの失明し、社長の退任を余儀なくされた。その後任には鮫島穂来が就任した。カリスマを失って同社の業績は一時悪化するが、人材派遣事業を中心に据えた穂来の経営戦略が功を奏し、今では従前にも増して発展を続けている。なお警察庁は、同社子会社の箱根の工場に対して、別件の薬事法違反容疑で強制捜査に踏み切ったが、サリン製造の証拠はすでに隠滅されており摘発は不発に終わった≫

 

「そうか、確かに鮫島という女性はやり手だったからなぁ。ではと……次は鮫島至道について教えて下さい」

神埼は頷くと、持参した書類ファイルの一つを手に取り、該当するページを探していたが、見つかったらしく説明を始めた。

「至道は蘆屋道満の血を引く家系の人物です。この家系は代々、阿修羅教団で主要な地位と任務を担っていました」

「えっ、蘆屋道満ですって? あっ御免なさい、話の途中で」

「理紗様は蘆屋道満を御存じのようですね?」

「あ、いえ、詳しくは知りません。ただ道満が晴明公のライバルで、晴明公と並び称されるような大陰陽師であったと言うことだけは知っていますが……」

 理紗は話しの腰を折ったことを恐縮して、何時になく小声で答えた。

「蘆屋道満については、僕から説明しよう。神崎さんいいですか?」

 神崎の了承を得て諒輔は説明を始めた。


 ≪蘆屋道満は、色々な伝説に彩られた謎めいた人物であるが、実在の人物である。播磨の国の地付きの陰陽師だったが、自分の呪術力に自信があり、野心家でもあったので、京に上り、有力な公家であつた藤原顕光に取り入って、そのお抱え陰陽師になった。顕光は当時、右大臣であり、朝廷ではNo2の地位にいた人物であった。道満としては破格の出世である。そのころ晴明は朝廷No1の左大臣藤原道長の厚い信頼を得ていた≫


「ふーん、読めて来たわ、No1とNo2による権力闘争に陰陽師が巻き込まれたのね」

「その通りなんだ。顕光は実力ではとても道長に敵わないと知り、道満に命じて道長に呪詛をかけた。それを晴明公が見破り、道満は播磨に流されてしまったというのが史実に基づく本当の話なんだよ」

「神崎さんは先ほど、至道は道満の血筋と言われたけど、子孫はいたのかしら?」

神崎が返答に困っているので、諒輔が答える。

「室町時代の播磨の地誌である峰相記が、その後の道満に関する話を伝えているんだ。それによると、道満の子孫が瀬戸内の英賀・三宅方面に移り住み陰陽師の業を継いだとあるから、至道はその系譜に連なる者じゃないかな」

「よく分かったわ、神崎さん、話の途中で済みませんでした。続きを聞かせて下さい」

理紗は神崎に説明の再開を頼んだ。神崎は頷くと説明を続けた。


 蘆屋道満の血筋を引く家系の者は、道満から伝えられた強力な呪殺の法を身につけており、阿修羅教団の内部でも一目置かれる存在であった。至道の母のサイは特に呪祖の能力に長けており、一時は阿修羅教団のトップに君臨していた。しかし月瞑の台頭により、その地位を奪われ、サイは引退した。その代わりに、長男の至道とその妹の穂来が阿修羅教団の幹部として残った――――


「至道はサイから甘やかされて育ったらしく、大変我儘な性格で、月瞑等の反対を押し切りサリンの製造を行い、その責任者となったそうです。しかしそれが当局の察知することになったので、月瞑は証拠を隠滅するため、子会社の製造設備を取り壊しました。それに猛反発した至道は別の場所でサリンを製造しようと企んだのです」

「それが、西神坐島のリゾート施設なのね?」

「そうです、至道はシュラ・コンサルタンツや阿修羅教団には内緒で、リゾート施設内に製造工場を作ろうとしたのですが、露見して教団を破門されました。シュラ・コンサルタンツもKAMZAとの関係を清算しました」

「でも、阿修羅教団ともあろうものが、至道とその一味を破門しただけで放置するなんて考えられないなぁ」諒輔は首を傾げる。

「これは日野さんの個人的な推察ということですが、妹の穂来が至道を制裁すべしという教団内部の意見を抑え込んでいるようなのです。また、至道一味はその強力な呪殺のパワーを有していることに加え、大量のサリンを箱根から西神坐島に持ち込んでいる形跡があり、制裁するにしても、相当な覚悟が必要だとの思惑があるようなのです」

「至道というのは極め付きの危ない奴なんだね」

「えぇ、阿修羅教団と警察庁の双方が至道一派の動きに警戒を強めています」

 想像以上に危険な相手であることを知り、身が引き締まる思いであった。

「鮫島至道については、大体わかりました。次は道真神威教についてお願いします」

 神崎は、別ファイルを取り出すと、その内容を見ながら語り出した。


 ≪道真神威教は蘆屋道満の系譜に連なる者達が、連綿と伝えて来た呪術を基盤に、オカルト的な要素を加味して至道の母、サイが開祖として立ち上げた宗教団体であった。その教義の要諦は、『自分に仇為す者がいなくなれば幸せになれる』というもので、信者になれば呪力により、自分にとって邪魔な者、嫌いな者を排除できるとしていた≫


「随分、手前勝手な理屈だな。自分の努力は差し置いて、邪魔な人を除くことによって、自分の幸せを得る。それって乱暴すぎるよ、そんなやり方では入信者はいないのではないですか?」

「それがそうではないのです。多かれ少なかれ誰もが自分にとって、邪魔な奴、嫌な奴、がいるものです。そして、それらが居なくなることを、心の底で願っているのです。道真神威教はそんな人の心に忍び込むのです」

「夫の不倫に悩む妻なら、不倫の相手がいなくなればどんなに良いだろうと思うでしょうね」

「そうです、職場や政治の場では、競争相手が居なくなれば、出世が早まると考えるでしょう。子供だって、勉強のライバルやいじめっ子がいなくなればと思うのではないでしょうか」

「それで、入信すれば、本当に呪祖で、邪魔な人や嫌な人を排除できるのかしら?」

「いえ、誰もがすぐに呪力を使いこなせるものではありません。そのような者に対しては教団が手助けをして排除するのです。サリンはその手段に使われるのではないかと、警察庁の日野さんは心配していました」

 道真神威教は、悪魔・鬼神の教えではないかと、諒輔は戦慄を覚えつつ聞いた。

「実際に教団の信者は拡大しているのですか?」

「えぇ、昨今の競争社会、格差社会の到来により、民間会社のサラリーマン、OL、公務員、政治家、専業主婦と広い分野で勢力を拡大中とのことです。警察庁ではその拡大に神経を尖らせており、その実態把握に着手したそうです」

理紗は先ほどから、何か考えている様子であったが、心配そうに質問した。

「至道たちにとって、邪魔な人って誰かしら?」

「それは……」

 理紗の言わんとするところを察して愕然とした。

「反対派の人達……あぁ、こうしちゃいられない、早急に手立てを考えないと」

 明日にも反対派の人達に集まって貰い、自衛策などを打ち合わせることにし、この日は神崎が持参したカムザリゾートの建築設計図など各種の資料について終日協議を続けた。

しかし、その翌日、諒輔たちの危惧が早くも現実のものとなってしまうのである。

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