第三章 ジャングルリゾート「KAMZA」
正剛と富紀の披露宴は大変な幕切れとなった。正剛と富紀、それに看護師と結衣は診療所に戻り、怪我人の手当てに夜遅くまで当たった。幸いにして皆、軽傷だったので、怪我人たちは、それぞれ自分の家に帰って行った。
また、襲撃事件があった後、島の駐在が自転車で駆け付け、被害状況や犯人の遺留品などを調べていた。諒輔はその様子を見ていたので、駐在に聞けば犯人のことが分かるかもしれないと思い、翌21日の午後、駐在所を訪ねてみた。
駐在は60前後、人の良さそうな顔で諒輔を迎えた。諒輔が名乗る前に、誰であるか察してこう切り出した。
「昨夜は、大変なご活躍のようで、皆な感謝しとりました」
「いやそれほどのことはしていません。駐在さんこそ、夜遅くまで調べておられたようで、お疲れでしょう?」
「えぇ、まあ、酒飲んで寝ていたら事件だって電話で叩き起こされて駆け付けたものですから……」
「それは大変でしたね。ところで犯人の目星は付きましたか?」
「それが暗い上に、皆同じウエットスーツ姿なので、人相やら、何やら、良く判らないと皆が言うのです」
そうであった。襲撃してきた者達は、全身を覆う黒いウエットスーツを着ていた。
「でも、その黒いウエットスーツに見覚えがあるという者がおりましてね……」
駐在は、そこで声をひそめた。
「ポルトガル村の宿泊施設に泊っている者たちが、あの黒いウエットスーツを着て、海で何やら訓練のようなことをしていたと言うんですな」
その宿泊施設はリゾート開発会社が買い取って、現在は建設作業員などの宿舎に使われているらしい。
「それじゃ本署の協力を得て一斉検挙するんですか?」
「いや、中々そうは行きません。彼等が襲ったという証拠らしい証拠がないのと、まぁ色々とありまして……」駐在は後の言葉を濁した。
諒輔が“ヴィラ星の砂”に戻り、駐在の話しを真俊にすると、「ご存じのようにこの村は、村長がリゾート賛成派の上に、村議会も賛成派が過半数を占めています。リゾート関係者と村の執行部は今や仲間内のようになっているので、警察としてもよほどの証拠を集めないと彼らには手が出せんのですよ」と苦渋に満ちた顔付をした。
一緒に聞いていた理紗も、真俊の話に顔を曇らせる。
「それにあの駐在さん、来年定年なんですよ。面倒なことに巻き込まれずに無事定年を迎えたいのでしょう。まぁ、私にもその気持ち分からんでもないですがね」
成るほど、と納得しそうになったが、それでは、襲撃した者は何の罪にも問われないのかと義憤に駆られた。真俊は良い機会ですからと前置きし、村の議会が賛成派に過半数を握られてしまった経緯を話し出した。
「諒輔さん、理紗さん、幽霊住民というのを知っていますか?」
諒輔は少し考えて答える。
「確か、移住してきたけど、住民票は元のままにしておくと言う住民のことじゃなかったかな」
「その通りです。この島にも、何人もの移住者がいるのですが、中々住民票を神坐村に移転しようとしないのですよ。こう言う手合いは沖縄移住者に特に多いそうだけど、村に税金を納めないので大変困るんです」
そういう話は何時か、新聞で読んだ記憶がある。
「ところがリゾートの建設が始まると、その関係者が多数、島に移住してきて、住民票を神坐村に移したんです。さらにリゾート会社に関連する宗教団体の信者も移り住んできて、同じように住民票を移転しました。村は税収が増えて、最初は皆喜んだのですがね」
真俊は肩をすくめて見せ、また話を続ける。
「気がついてみると、神坐村の人口は急激に増えて、千人近くになっていました。リゾート建設が始まる前は800人位だったから一挙に200人も増えた勘定です」
諒輔と理紗は頷きながら聞いている。
「村会議員の定数は8名です。以前はリゾート賛成派が3名だったのに、新しく転入してきた者達が押す議員が当選したものだから賛成派が5名、反対派は3名と逆転してしまつたのです」
諒輔と理紗は成るほどそういうことかと興味深く話を聞いていたが、リゾート建設に纏わる更に詳しい経緯を知りたいと思い、真俊に説明を求めた。
≪リゾート建設は、十年程前、東京のある会社が、西神坐島に研修施設を作ろうと計画したことが発端であった。猛烈研修で有名なその会社は、密林の中に建てた研修施設で、サバイバル的な研修をすることを目論んだが、交通の便があまりに悪いこともあり、別の場所に研修所が建設され、西神坐島の計画は白紙に戻った。しかし、それから三年後に、今度はリゾートホテルとして開発する計画が打ち出され、その開発運営会社として、株式会社KAMZAが設立された。
地元にその計画が伝わると、賛成、反対の議論が沸き上がり、マスコミを巻き込み大変な騒ぎに発展した。しかし、反対派が提訴した各種の裁判が敗訴に終わり、村の議会も賛成派が多数を占めると、建設は一挙に本格化し、今や建物と付随設備のほとんどが完成しており、後は備品・調度品の運び込みが残されるばかりとなっている。
しかし、反対派は事ここに至っても諦めず、漁業組合が西神坐港の使用制限と漁業補償を申し立て、開業寸前でかろうじてストップが掛っている状態となっている。
開発運営会社のKAMZAは、多額の借入金で開発資金を賄っており、開業がずれ込むことは大きな痛手であった。最近は成り振り構わずに反対派懐柔を進めており、どうしても言うことを聞かない者に対しては、暴力紛いの行為もなされている。昨夜の襲撃は、反対派に対する威嚇、示威行為に他ならない。また、治安は島に一人の駐在がいるだけであり、村の行政もリゾート関係者のする事には、見て見ぬ振りなので、彼等の手口は益々エスカレートしており、今後が大変心配される≫
聞き終えた諒輔は気になったことを質した。
「KAMZAの親会社は何と言う名前かご存知ですか?」
真俊は少し考え込む風であったが「たしか、シュウコンサルタントとか言う名前の会社と記憶していますが……」心もとなげに答えた。
諒輔は自分の思いが的中して(あぁ、やはり)と心の中で呟いた。
「それ、シュラ・コンサツタンツじゃない?」理紗も驚いたように叫ぶ。
「そう言われてみれば、確かにそのような名前でした」
「それでは、KAMZAの社長はどのような人か分かりますか?」
「鮫島至道という者です。至道は親会社の元取締役ですが、道(どう)真(ま)神威教という新興宗教団体の教主でもあるようです」
鮫島という名前は心当たりがあった。シュラ・コンサルタンツの研修広報担当をしていた女性が確か鮫島と名乗っていた。
宗教団体のことなどについて更に訊ねたが、真俊はそれ以上のことは良く知らないらしく、「仕事があるので」と説明を切り上げた。そして「漁業組合長の容態が益々悪くなっていることが心配だ」と言い置いて、仕事に戻って行った。
諒輔と理紗は自分達のコテージに戻ると、真俊から聞いた話を改めて検討した。
「西神坐島のリゾート開発にシュラ・コンサルタンツが絡んでいるとなると、事は単純ではなさそうね?」
理紗はテラスの椅子に座ると、素足の脚を組んで諒輔に問いかけた。今日の理紗はキャミソールにショートパンツという思いっきり南国向けのスタイルである。
「あぁ、背後に怪しげな宗教団体が見え隠れしているし、彼等は何か企んでいるに違いない」
諒輔は冷蔵庫から、缶ビールを二つ取り出すと、一つを理紗に渡して椅子に座った。日焼けした腿の裏がひりひりと痛む。ラッシュガードを着ずに、シュノーケリングを長時間した報いである。
「彼等の企みって何かしら?」
「さぁ、まだよく分からない。だけど、反対派に対する彼等の手口がエスカレートしているので、何とか手を打たないと」
「そうね、金城社長も今後が心配だって言ってらしたわ」
「もっと、詳しい情報があれば、手の打ち様があるのだけど……」
「それなら、葛城さんや神崎さんに相談してみたら?」
「そうだ、そうしよう、警察庁の日野さんが情報を掴んでいるかも知れない」
諒輔は缶ビールのプルトップを勢いよく開けると、喉を鳴らしてビールを飲んだ。暑い日差しの中を駐在所まで行ってきたので、喉が渇いていたのだ。
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