第二章 結婚式
翌19日も島は快晴であった、諒輔と理紗が宿泊している“ヴィラ星の砂”は、美しいビーチとして有名な星の砂海岸にあった。父の結婚式は、明日に行われる予定になっていたので、今日一日は自由に南国の海を満喫できると諒輔と理紗は楽しみにしていた。
宿舎は沖縄民家を模したコテージ風の独立家屋であった。遅めの朝食をメイン棟のレストランで済ますと、諒輔と理紗は、少し離れた所にあるサンゴ礁が綺麗なポイントに行き、シュノーケリングに挑戦した。インストラクターは拓馬である。
理紗は日焼けとすり傷防止のために、ラッシュガードとラッシュパンツを着ており、ビキニ姿を期待していた諒輔にとって思惑外れであった。シュノーケリングは二人とも、初めてであったが、直ぐにコツを掴み、海面から海の中の様子を自由に見ることが出来るようになった。色とりどり、形状も様々なサンゴ礁とカラフルな熱帯魚の美しさに感動しきりであったが、拓馬に言わせれば、こんな所はほんの序の口で、もっと素晴らしいポイントが沢山あるとのことであった。
結婚式当日の6月20日も快晴で、予定通り式の会場は“ヴィラ星の砂”のメイン棟の前の芝生広場で行われることになった。この広場は高台になっているので、檳老樹の茂みの向こうに海を一望することが出来た。今日の式進行を任されている真俊は、朝から会場の設営やら料理の手配など大忙しである。
今日の結婚式は、正剛のたっての希望で、ユタによる儀式で執り行われることになっていた。その大事な司祭役は、結衣のおばぁであるユタの咲江に依頼してあった。咲江は先ほど到着し、今、控室で、孫の結衣に手伝わせてユタの正装に着替えている筈であった。
日本の西端に位置するこの島は陽の入りが遅い。開宴は午後7時半からとしていたが、その1時間も前から、人が集まり始めていた。
開催時間近くになると、辺りは漸く薄暗くなり始め、広場の周囲に配置されたガス灯に火が灯された。広場の端に祭壇が設けられており、その前の茣蓙に白いユタの装束に身を包んだ咲江が座った。その後ろの茣蓙には正剛と富紀が座る。正剛はかりゆしウエアを着て胡坐をかき、富紀は白いワンピースに花の髪飾りを付け、正座していた。
すでに芝生広場は人で溢れかえっていたが、司会の真俊がマイクで静粛を呼び掛け、これから式が始まることを皆に告げた。それまで騒がしくおしゃべりに興じていた人々は正剛と富紀の後ろに集まり、神妙な顔をしてユタの儀式を見守った。
式が無事に終了すると、人々は広場のあちこちに置かれている丸テーブルに戻った。中央のメインテーブルには、正剛と富紀が座り、同じテーブルの客たちと笑顔で話している。そのテーブルには、村の名士と思われる人に混じり、ユタの咲江も座っていた。
諒輔と理紗はそこから少し離れたテーブルで、診療所の看護師や結衣などと一緒であった。拓馬は父の指示に従い、他の従業員に混じって忙しく立ち回っている。
皆が納まる処に収まったのを見届けて、真俊がマイクで話し始めた。
「大変お待たせしました。それではただ今より披露宴を開催します」
「待ってました!」などの声が掛けられ、拍手が沸き起こる。
「改めてご報告します。先ほど、皆様が見守る中、厳かに式が執り行われ、先生と富紀さんは目出度く結婚されました」
「おめでとう!」「先生お幸せに!」などの歓声と盛大な拍手、そして指笛が鳴る。
「それでは、皆さん飲み物の用意はいいですか?」
皆に飲み物が行き渡るのを見届けると、「かりーさびらー!」と声を張り上げ、グラスを高く掲げた。
乾杯が済むと、飲食と談笑が始まったが、しばらくすると村の名士たちの挨拶になった。村会議員や、漁業組合、観光協会の幹部などが次々に祝いの言葉を述べる。熱心に聞く人はほとんどおらずに野次が飛ぶ。
「挨拶ちやいらねーんぞ!」
「村長はどうして来ねーんだ?」
「そうだ、そうだ! 賛成派や一ちゅも来らーじゃねーんか」
諒輔は隣の結衣に「賛成派って何ですか?」と問いかけた。
「隣の島で、リゾートホテルを建設中なんです。でもその建設を巡って賛成派と反対派がこの数年ずっといがみ合っているんです」
その話なら以前、マスコミでも取り上げられたので、諒輔も理紗も記憶に残っていた。日本初の本格ジャングルリゾート建設というのも話題だったが、環境破壊をおそれる各種団体が反対運動を起こしたのが、マスコミの格好の的として報道されたのだ。しかし、反対派が起こした建築差止訴訟が敗訴すると、マスコミはいつしか取上げることをしなくなったのであった。
「ふーん、その賛成派が一人も出席していないの?」
「えぇ、村長が賛成派の筆頭なんだけど、村長はもちろん、一人も……」
結衣の説明によると、今日、ここに集まっているのは、ほとんどが反対派の人ということであった。それと言うのも、村の観光協会長を務める真俊が、反対運動の急先鋒であり、正剛も反対運動の発起人に名を連ねていることがその理由らしい。反対運動のもう一方の旗頭である漁業組合長は、正剛の結婚式をとても楽しみにしていたが、ここ数日来の体調不良のため今日は出席していないとのことであった。
沖縄の結婚披露宴と言えば余興である。次々に余興が披露されて行き、呼び物のエイサーが始まって宴は最高潮に達していた。エイサーは若者たちが太鼓を打ち鳴らしながら踊る迫力あるもので、最近の結婚式の余興に欠かせない演目になっていたのだが、その演舞の最中に広場の後方で悲鳴が上がった。最初、賑やかなエイサーの太鼓の響きで、気付くのが遅れたが、悲鳴は瞬く間に広がった。エイサーを踊っていた者たちも異常を感じて動きを止めた。
何者かが襲って来たらしいと諒輔は直感した。皆を守らねばならない。急ぎ呪を唱えて犬麻呂、牛麻呂を呼び出した。現れた二人の式神に、襲撃から守るように下知すると、悲鳴の中心と思われる方に駈けよった。
そこには、ウエットスーツ姿の男が何人もいて、手にした棒で手当たり次第、逃げ回る人達を殴りつけていた。諒輔は、そんな一人の右腕を捻り上げると、棒を奪い、後に続く理紗に手渡した。武器を手にした理紗が、強力な戦力になることを先刻承知していたからである。ウエットスーツ姿の男達は総勢十五、六名ほどいたが、諒輔と理紗それに式神達の反撃に会い、瞬く間に叩き伏せられてしまった。
「ひきあげろ!」
襲撃者たちの中のリーダーらしき男が叫ぶと、ほうほうの体で逃げ出した。男達は海岸に辿り着くと、浜に引き上げてあったゴムボート2隻を海に押し出し、分乗すると船外機を海中に入れてエンジンを作動させ、暗い沖に向け走り去って行った。
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