繋がり

Someone knocks your door

 僕は目覚めると見知らぬ闇の中にいた。


「ここはどこだろう」


 とは言ってみたものの、なんとなく分かっていた。ここは僕の知ってる場所だと。


 トントン


「どちら様ですか?」


 闇の中に。

 いるから僕はそこに扉があるか分からない、まして壁さえあるかも分からない。なのについ癖として声をかけてしまった。


「君は扉の役目を知ってるかい?」


 その声はそう僕に尋ねて少し笑った。そして妙にその声には聞き覚えがあったのだ。


「……部屋に区切りをつけるため?」

「それは壁じゃないか。むしろ逆だよ、逆。壁が区切りをつけるものだとしたら、扉はその区切りを越えるためにあるのさ」

「区切りを越える?」

「そう。区切りを越える」


 闇の中に。

 いるから僕はその声だけを頼りにした、だからかは分からないけど、人見知りな僕でも彼とは話せそうな気がした。


「壁は距離を作るものだ。たとえすぐ近くにいても、壁が間にあればその距離は遥か遠い。向こう側を見ることも触れることも叶わない。ベルリンの壁しかりね。しかしもしも……」


 一呼吸おいて彼はまた喋り出すだろう。これは少し長くなりそうだ。


「しかしもしも。ベルリンの壁に扉があったらどうなるだろう。もしそうならば、その扉を開いた瞬間に君は君の知らなかった世界が見れるのさ。他者の世界に入り、他者を自分の世界に入れる、まるでもともとそこに壁なんかなかったように。これが扉さ、これが越えるということ、繋がるということ」

「越える……繋がる……」

「どうだい? 扉の大切さが分かっただろう?」


 彼は少し自慢げに喋りまた笑った。彼は扉越しに何を僕に伝えようとしてるのだろう。


「扉は壁のこちら側と向こう側。いつのまに誰もが作ってしまったその壁を越えて、想いを繋げるもの。そして、僕はその扉を叩く者を敬意を表して、ミスターノッカーと呼ぶ」

「ミスターノッカー?」

「言っただろう? 扉は他者の世界に入り、他者を自分の世界に入れることができる。それは同時に心の壁に立ち向かうということだ。だから僕は扉を叩く者を心から尊敬している、並大抵の勇気ではないからね」


 闇の中に。

 いるから僕は寂しいんだと思ってた。たった一人こんなところに閉じこめられて。でも本当は違ったんだな……。僕が閉じ込められてたんじゃない、僕が自ら閉じこもったんだ。


「だが、ミスターノッカーは誰にでもなれるんだ。並大抵の勇気ではない、でも、なる資格は誰にでもある。護りたい人がいるなら、いつでもなれるんだ。こんな弱虫の僕でもできたように誰でも」

「それって……!」

「そして覚えてくれ、壁を作る君よ。君に手を差し伸ばす人の数だけ扉はあるんだ。君の知らない世界を見れるチャンスはいつもそこにある、あと一歩だ。待ってるよ、さあ」


 闇の中に。

 光の中に。

 いるから僕は迷ったり笑ったりしてきたんだろう。そしてそれはきっとこれからも。だけど僕は一人じゃない。ミスターノッカーの合図を頼りに進んでいく。


 トントン


「開けてくれるかい?」

「もちろん、ミスターノッカー」


 扉を開けた。


 光の中に。

 いるから僕は思いっきり笑って泣いた。明日も晴れた道を歩けるかは分からない。でも、もう必要ない壁を越えて光の差し込む場所で優しさを知ったのはたしかだ。この心はきっといつまでも輝いて……。

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