第10話VS霜の巨人4
シグルドが立ち上がり、今度こそあの巨人を討伐せんと出口へ向かった時――
「見つけたアァァァッ!!」
「――ゴボォッ!」
目の前からいきなり少女が現れ、シグルドの腹――正確には鳩尾に的確な頭突きを喰らわしてきた。
咄嗟のことでシグルドも反応できない。巨人にはたかれた時は受け身を取ることができたが、今回は気配すら感じることができなかった。
一瞬頭が真っ白になり、再び馬小屋の中への二人とも団子状に絡まり合って転がっていく。
「ええいっ……ちゃんと受け止めなさいよ」
もみくちゃになって転がり、停止した後、シグルドの胸板に手をついて起き上がった少女は、開口一番そう言った。
シグルドからしてみれば、理不尽極まりない。突撃しておいて、謝罪もないのかにらみ上げた時……こちらが下になっていたからだろう、いつもフードを深く被り、誰にも顔を見られまいとしていた少女。その少女の顔が初めて目に入った。
二重まぶたにパッチリとした目。その目は鮮やかなオールブルーの色をしており、髪は白いが自分とは違い、月の光さえも透き通るような髪だ。
その透き通るような綺麗な髪を見て、思わず見惚れてしまった。
「おい、聞いているのか?」
何の反応もないシグルドを疑問に思った少女が尋ねる。そこで初めてシグルドは、自分が少女の髪の美しさに見惚れていることに気付いた。
「い、いや……何でも無いっ」
少女――の髪――に見惚れていたという事実に思わず言葉が詰まる。
「そうか、てっきり頭を打っておかしくなったと思った」
やれやれと少女がシグルドの上から身を起こすが、シグルドはそれどころではない。
落ち着け……自分はノーマルだ。決して小さな少女に欲情する男(ロリコン)ではない。さっきのは、月の光で透き通った髪という景色に見惚れただけだと自分に言い聞かせる。
「?」
ブツブツと独り言を繰り返すシグルドに少女が怪訝な顔をする。まぁ、突然独り言を、しかも同じことを何度も口にしていれば、不審者に間違えられてもおかしくはない。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「――!?お、おお!!元気いっぱいだ!!」
「?まぁそれなら良いんだが……」
おかしな返事をしたシグルドをおかしな目で見ながらフードを深く被り直す。
「…………で?これからどうするんだ?」
「やることは変わらない。アイツを倒す、それだけだ」
何でもないようにあっさりと言い放つ。
確実な倒し方などない。物理攻撃は霜になられてしまえば、意味をなくす。その状態になる前に攻撃を与えなければならない。しかも、手持ちの武装は急所を狙わなければ、傷すら付けることはできない。
現状を理解できていないという訳ではない。理解した上で、こんな不利な状況でも戦おうとするシグルドに少女は呆れた。
「つまり具体的な策はないんだな?」
「…………」
事実を突かれ、黙り込む。それを見て、少女はやれやれとため息をついた。
「いくらお前が人間離れしていたとしても霜になられては手の出しようもないぞ」
「分かっている。だが、引くという選択肢はない」
「別に私は逃げろと言っているんじゃない」
そう言って少女がシグルドの目の前に立ち、口を開いた。
「私を連れて行け」
相手に物理攻撃は無意味となった。これまで鍛え上げてきた技も体も、相手に触れることができなければ意味がない。だが、魔術ならばこの状況に風穴を開けられるかもしれない。お前は、魔力操作はできても魔術を極めていないだろう。ならば、ルーン魔術を使える自分の力が必要だ。
そのようなニュアンスを含め、親指で自分を指し、年相応の薄い胸を反らせる。
絶対に断らない……そう信じている少女に対してシグルドは――
「断る」
間髪入れずに切り捨てた。
自分の提案を断られるとも思っていなかった少女は、目を丸くする。まぁその様子はフードを深く被っているため、シグルドには分からないのだが……。
「確かにお前の魔術は見事だと言いたいが、身体能力が低いお前では直ぐ死んでしまうだろう」
確かに少女によって助けられたのは事実だ。しかし、それでも少女だ。体力は平均以下だろうし、巨人との戦いの余波で死んでしまうということだってありえる。いや、その確率の方が高いかも知れない。
そう言葉を続けるシグルドに少女が青筋を立てた。
「ハァッ!?お前だけで行けばそれこそ死ぬ確率が高いだろうが!!お前馬鹿じゃないのか!?」
「――なっ、馬鹿とは何だ!というか俺はお前の名前すらまだ知らないんだが!?そんな奴に馬鹿と言われる筋合いはないぞ!!」
会って間もない小さな少女に馬鹿と呼ばれ、流石にシグルドも頭にきて言い返す。馬小屋の中で馬鹿か、いやそちらの方が馬鹿だと言い合う声が響く。この二人今が戦闘中だと言うことを忘れているのだろうか……。
「ふんっ、馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。まして死地だと分かっていて飛び込んでいくような奴にはなっ!!」
少女も負けてはいない。睨まれたとしても真っ正面からシグルドに怒鳴り返す。
そうだ、死んでしまっては何も手に入らなくなる。そうなってしまえば、結局後悔しか残らないじゃないか。それなのに何故笑えることができるのか……少女には理解はできなかった。
「――お前「とにかくっ!!お前が何を言おうが私はお前について行くぞ!ここで死なれてしまえばまた探さなきゃいけなくなるんだっ」――ちょっ離れろっ」
絶対に逃がさない。そう言わんばかりにシグルドの片足に全身で掴みかかる。それを引きはがそうとするも魔術を無駄に使って拘束しているので中々引きはがすことはできない。
今が戦闘中だと本当に分かっているのだろうか……。
力をもう少し強めて引きはがそうと手を伸ばしたとき、再びシグルドの直感が警報を鳴らす。
「――――――ほえ?」
少女には何が起きたのか分からなかっただろう。その証拠に、小屋の壁を突き破り、城壁の上へと駆け上ったシグルドの腕の中で目を白黒させている。少女にかかる負担を考え、足にしがみつく少女を引きはがすのと同時に壁を破る。丁寧に素早く移動する離れ技をやってのけたシグルドは、油断なく周囲に目を光らせる。
騒いでいた小屋は上から押し潰されたようにぺちゃんこになってしまっている。もう少し脱出するのが遅かったのなら、自分も少女も同じ運命を辿っていただろう。
「おい、巨人か?」
「あぁ」
少女の問いに短く答える。こちらに攻撃した瞬間直ぐさま霜に変化した巨人は、肉眼で姿を確認することはできない。もしかすると、今自分は巨人の腹の中にいると言われてもおかしくはない。そう考えると何だが気分が悪くなってくるが、手に武器を握り、嫌な考えを吹き飛ばす。
次は一体どこから来るのか、上か、横か、後ろか……全方向に意識を集中する。空気の流れすら肌で感じ取り、次に現れた瞬間には一太刀入れようと意識を昂ぶらせる。
だが、その時は中々やってこない。
いつ何時、巨人が自分たちを襲ってくるかも分からない緊張した状況が続く。先に痺れを切らしたのは、シグルドでも霜の巨人でもなく抱えられている少女だった。
「ええいっ――いつまでやっているんだ状況が全く進まないだろっ!!」
空気の張り詰めた場面が我慢できずに声を上げるのは戦士として未熟である証。この状況、どこから襲いかかってくるか分からない相手に明確な隙を与えるのは危険であるにも関わらず、少女は動き出す。
「灼熱の大陸からの侵略者よ、蹂躙せよ――――ムスペル・ナグルファル!!」
少女が魔術を発動する。そこにあったのは全てを焼き付くさんと燃え上がる炎の壁。
思わずシグルドは腕で目を覆った。夜の空を貫かんばかりに打ち上がる炎に目が焼かれてしまうかと思ってしまったのだ。だが、驚くことに熱は一切感じない。
驚くシグルドとは裏腹に少女は冷静だった。
「捉えられない?それなら全て焼き払えばいいだけだ」
「なんつー無茶な……でも当たってなきゃ意味ないだろ!?」
熱避けのルーンによってシグルドと少女には被害は出ていないが、周りを見ればその威力が分かる。堅牢である城壁が熱によって溶けかけ、溶岩のように下へと流れ落ちていた。ルーンによって守られていなければ、骨も残らないだろう。
ルーン石を決められた位置に置くことで発動する設置型の魔術(ブービートラップ)。その規模は、ルーン一つの威力とは比べられない。しかし、それも当たらなければ意味がない。
そんな指摘を受けた少女はフードの下で不敵に笑みを浮かべる。
「ふん、わざわざ意味のないことをするはずないだろ」
敵を目視して発動しなければ意味のないこの魔術。姿が目に映らない状況では意味がないと思う者もいるだろう。それが、霜になっている相手でなければ……。
相手は姿を隠しているわけでも、消えたわけでもない。空中に広く漂っているだけなのだ。
剣や槍、物理的攻撃ではいくら振り回したところで意味がないだろうが、少女に取っては違う。ただ、的がデカくなっただけだった。
――――アツイ。
感じたことのない感覚が巨人を襲う。
――イタイ、アツイ、クルシイ。
息を継ぐことすらできずに、全身を鋭い針で刺されるような痛みが襲ってくる。この痛みに比べれば、白髪の男に付けられた傷などたいした物ではなかったと言えるほどのものだった。
このままでは、体が持たない。
人が痛みを感じれば、飛び上がってしまうように……巨人は散布していた自身の体を元に戻し、この痛みから逃れるために我武者羅に足を動かす。
そして、やっとあの痛みから逃れられたとき、声が聞こえた。
「――――よう」
シグルドが炎を纏った大剣を振り下ろす。
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