第9話VS 霜の巨人3


「ハハッ……マジかよ」


 戦いの中で、巨人が構えを取る。その意味を知っているシグルドは戦士として、これまでにない喜びが溢れる。

 あの霜の巨人が、人間を対等に見たのだ。あの、

 だが自分には嬉しいことでも、足下で呼吸を整えている少女にとっては悪い知らせだろう。


「ハァ……ハァ……あ、あれで倒れないとか……なし、だろ」

「大丈夫か?」


 呼吸を整えながら息絶え絶えに言葉をつなぐ。これ以上の戦いは少女には無理だと判断する。自分の命を助けてくれたことには感謝をするが、早くここから逃げた方が良いだろう。だが、この少女もすでに敵として認識されてしまっている。簡単に逃がして貰えるかどうかは分からない。ならば、ここは自分が囮となるしかないだろう。


「ここは俺が囮になるから、早くここを離れた方が良い。あの巨人はようやく本気になるようだ。そうなったら、お前が生き残ることは難しいぞ」


 傍に落ちていた槍を持ち、少女を庇うように前に出る。巨人のオーラによって凍り付いていた槍は、冷たく耐久性も低くなっているが、ないよりはましだ。

 せめて、魔剣さえあればと思うが、即座に否定する。今自分の手元に魔剣はないのだ。たらればの話しをしていても無駄でしかない。そんなことを考える暇があれば、あの巨人を倒すことに集中するべきなのだ。

 言うべきことを伝えてシグルドは走り出す。

 冷たくなった空気がシグルドの頬を叩く。冬にはまだほど遠いというのにもう厚着をしなければ身震いしそうなこの空気も、興奮して熱くなるシグルドの体にはちょうど良かった。


「フーーーーーーッ」


 ため込んだ息を吐き出しさらに加速する。やるのはこれまでと変わりない。飛ばしてだめなら直接巨人の顔に槍を叩き込むだけだ。

 人間とは考えられないほどのスピードで迫るシグルドに対し、霜の巨人が行なったただ腕を横に振るうだけだった。

 それでも人間が腕を振るうのとは訳が違う。城の一部、見張り台を巻き込んだそれは、石の雨をシグルドの上に振らせることになる。


 それでも、もう何度も経験したことに足を止めたりはしない。ここで逆に足を止めてしまえば、上から降ってくる岩や木材に押し潰され、動けなくなってしまうだろう。

 時には逸らし、時には粉砕して眉一つ動かすことなく突っ切っていく。

 ここまでは今までと同じだった。唯一違うのは…………

 巨人が、シグルドのいるであろう場所を予測し、拳を叩き込んできたことだ。


「――――ッ」


 後少し、もう少しスピードを緩めていたら拳の下敷きになっていただろう。その様子を想像してしまい、背筋が凍り、思わず足が止まってしまう――――――


「ハハッ」


 何てことは無かった。

 もう少しで死ぬかも知れなかった。いつもよりスピードを早くしていなければ、間違いなく一撃を貰っていた。予想もしていなかった一撃が放たれ、偶然助かったにも関わらず、それを気にしている様子はシグルドにはない。


 シグルドを満たすのは高揚感だった。あの巨人が手加減することなく自分を殺しに来てくれている。視界を防ぎ、不意の一撃を見回せるほどの強敵だと認識してくれていることに喜びを再確認する。

 足を止めている時間など無い。地面に叩き付けられた拳を駆け上がり、再び巨人の顔に近づく。

 顔まで駆け上がるのに10歩も要らない。相手が全力で向かい合ってくれることへの礼は、こちらが全力で返すことのみ。槍を握りしめる手により一層力を込める。自分を対等に見てくれた相手に対して、最高の一撃をシグルドは放った。


 見て対応するのでは決して間に合わない、超至近距離からの攻撃。槍はシグルドの手から離れ、最初に潰した巨人の片目へと吸い込まれるように向かっていく。今度こそ、脳まで届くように放った槍は、巨人の目へと、突き刺さらなかった。


「なっ!?」


 突然の浮遊感がシグルドを襲う。巨人の腕を足場にしていたはずなのに、足場が消えている。いや、









 そもそもこの巨人はどうやってここに来たのだろうか?

 何故、誰にも気付かれることなくあの巨体を庭の中心まで移動させたのか?


 巨人が魔法を使用したのか?――いいや違う。代々調べられているが、彼らに魔法というものは使えない。それは、研究者達の間で謎とされており、今でも研究されている。ある人物は、魔法を理解するだけの知識が無いと言い、ある人物は、巨人は神と敵対していたため、魔法を授かることができなかったという節もある。


 では、何処かに隠れていたのだろうか?――それも違う。後ろにある山岳には、隠れる場所はあるだろう。しかし、城の中には存在しない。


 では、一体どうしたのだろうか……。

 霜の巨人を研究している一人の魔術師がこう言ったことがある。


「彼らは、魔法を使っている訳ではない。生物ならば、誰でも持っている、先祖から受け継いだ体質を持っているのだ。彼らはそれを生き抜くために磨き上げたに過ぎない。先祖から子へ受け継がれるたびに洗練され、いつしか彼らはそれを戦いで使用するようになった……言うなれば、技術スキルと言うやつだな」









 ――一体何が起こったのか。

 答えを知ると同時に、突然と巨大な体を何処かへ消した巨人の腕のみが何もない空中に出現する。


「嘘だろ……」


 その腕がシグルドに向かって近づいてくる。空中で足場のないシグルドがそれを避けられるはずがなかった。





 それは、少女に取って人間がハエを叩き落とすような動作に見えた。

 自分が守ってやったにも関わらず、礼も禄に言わずに勝手に言ってしまった時は、頭にきた。色々とこの後付き合って貰おうと思っていたのに、死んでしまっては助けた意味が無い。

 アイツには恩で絡め取ってやるチャンスなのだ。ここから離れる訳がない。


 そう考えていた。それなのに……


「アイツ……死んでない?」


 あんな高さから叩き落とされてしまったら、普通の人間では地面に真っ赤な花を咲かせることになるだろう。そうなることは分かっている。でもアイツは他の者とは違う気がしたのだ。

 巨人を押しのけた障壁……あれは自分一人で行なうのは、一生掛かって出来るかどうかだろう。自分だけでなく歴戦の魔術師だって難しい。だが、アイツの魔力。アレを流し込まれた瞬間に、障壁は強化された。それも巨人を吹き飛ばすほどに……。

 身を守るはずの障壁が武器になるなんて聞いたことがない。それができるアイツがこのままやられるというのは、考えにくかった。


 右手の人差し指に指輪をはめて、手足を必死に動かし叩き落とされたであろう箇所に近づく。いつ巨人がこちらを攻撃してくるか、内心ビクビクしながら移動していたのは内緒だ。





 シグルドが落ちた箇所は、城の中で急遽騎士達が建てた簡易的な馬小屋だった。小屋は急ごしらえで作られたにも関わらず、しっかりとした作りとなっており、あれだけ騒いでいても馬が逃げ出せない頑丈さを保っていた。

 しかし、ここにシグルドが落下してきたせいで、柵も破壊され、馬たちは恐怖のあまり一目散に逃げていってしまった。馬が逃げ出した際に、踏まれなかったのは運が良かっただろう。


 上半身を持ち上げる。地面にめり込むほどの勢いで叩き付けられたにも関わらず、シグルドは、致命的な怪我は一切無かった。信じられない頑丈さだ。


「ああっくそ……アイツ霜になれるのか」


 打った背中をさすりながら、霜の巨人が何故他の巨人とひとくくりにされないのかを実感する。普通の巨人ならば、森の中でも平野でも歩いて移動する。しかし、霜の巨人は違う。

 彼らの力は相手を凍らせるだけではない。自身の体を霜に変形することができ、どんなに狭い場所であろうと入り込めるのだ。

 彼らの祖先は氷の大陸で産まれたとされている。その祖先が産まれながらに持っていた体質、体を霜へと変化させる技術(スキル)。

 厄介と言うほかない。先程のように体全身を霜へと変化させるだけでなく。一部分を実体化することもできるようだ。

 どうしたものかと頭を抱える。体は厚く固い皮膚に覆われており、剣や槍では浅い傷しかつけられず、致命傷を負わせられる部位を狙おうにもさっきのように霜になられてはこちらの攻撃は通じない。大型のバリスタがある場所まで連れ出しても、意味がなくなってしまった。

 打つ手なし……その現状にシグルドが頭を悩ませる。

 これまで考えてきた戦法が無駄になっていく。それでもここで逃げ出すという選択はなかった。

 攻撃が通じないのなら力のごり押しで何度でも行なうまで、霜になるというのなら、霜になる前に刃を叩き付けるだけだ。

 絶望など感じさせない強い意志を秘めた目をしたシグルドが立ち上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る