第8話VS霜の巨人2
粉塵が上がる。巨人の拳が、足が地面にめり込むたびに城は少しずつ崩壊していく。これまで幾度も拳や足でシグルドを踏みつぶそうとする巨人だったが、ここは城の中。隠れる場所など何処にでもある。
縦横無尽に城壁を駆け抜け、高台に飛び乗り、切り刻んでくる男。万物を凍らすオーラを放っても姿が見えた瞬間に拳を叩きこんでも、別の場所が切り刻まれるだけで、何度も失敗をしている。
分厚い皮で覆われた体には、いくつもの切り傷がある。そのどれもが浅い傷であったが、巨人を苛つかせるには十分だった。
巨人が城壁を鷲づかみにする。その掌には、砕かれた岩が大量に握りしめられている。そして、次の瞬間大きく腕を横に振りかぶり、辺りに岩をばらまいた。ただばらまくだけで、大量の投石機に投げられたかのように城が滅茶苦茶になっていく。
「うおっ!!」
なるべく身を伏せて、投石から身を守る。しゃがんだシグルドのちょうど頭の上を投石が髪を掠めながら飛んでいった。
シグルドの姿を確認せずに、範囲のみを広げた攻撃。これまでとは違った行動を巨人はしてきた。
痺れを切らした巨人は、まずシグルドの隠れる場所を奪おうとしたのだろう。
再び、瓦礫を手に取り範囲攻撃をしようとしている巨人を視野に入れながら、どうすべきかを考える。
この調子では、隠れる場所がなくなる時間は多くないだろう。そうなれば、あの凍らせるオーラを防ぐことが出来なくなる。現状シグルドにはあのオーラを防ぐ防具などはない。あたれば間違いなく氷の彫刻になってしまう。それに今まで上手く行っているように見えるが、決定的なダメージを与えられる武器もなかった。
高台で傭兵達に迷惑料として渡した魔剣あれがあれば、あの巨人ですら致命的になる一撃を放てるのだが、シグルドの手に持っている武器は、そこらに落ちている傭兵や騎士達が使うはずだった普通の武具だ。
騎士達が、対巨人用に持ってきていた巨大バリスタなどを使えば、致命傷を与えることは出来るだろうが、巨人もそれを危惧していたのか、真っ先にそれを壊しており、もう使い物にならなくなっている。
「さて、どうしたものか……」
巨人の目をもう一度狙って投石をしたとたんに息吹を放って吹き飛していた所をみると相当警戒しているだろう。バリスタの矢ほどの重量があれば、そう簡単に吹き飛ばされることはないだろうが、肝心の発射台が壊されてしまっては意味が無い。
――そこまで考えて、思いつく。バリスタの矢を使えばいい。と……。
別に装填などする必要など無い。自分の手で槍のようにぶち込んでやればいいのだ。そう考えていると、背筋に寒気が走る。それはまさに危険の前兆。幾度も戦場を渡り歩いた際に何度も経験した感覚。シグルドはそれを素直に信じてその場を飛び退いた。
瞬間、巨大な足が降ってくる。
その場から飛び退いていなければ、下敷きになっていただろう。上を見上げると、霜の巨人の視線とかち合う。いつの間にか発見されていたらしい。長い時間思考えすぎたようだ。
巨人が体からオーラを出現させる。
――まずい、そう判断し、盾になりそうな壁を探すが、巨人の方が早く動いた。掌に持っていた瓦礫をばらまかれ、周りの壁が破壊されていく。
「まずい……」
当然シグルドも脅威にさらされた。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。オーラを防ぐ手は、相手をひるませるか、盾代わりとなるものに身を隠すことだ。相手の皮膚は刃を簡単に通さず、顔を狙おうにも警戒されており、盾代わりとなるものも潰された。
シグルドに次のオーラを防ぐ手段がなくなった。
ここに第三者がいなければ……
巨人から放たれたオーラは、今度こそシグルドの体を凍り付けにするかと思われた。だが、オーラが巨人を中心に広がり、シグルドに到達する直前に一つの人影が、シグルドの前に躍り出る。
「アルジズっ!!」
刻まれたのは、防御・保護の意味を持つルーン。桶に張ってある水は凍り付き、草木もその形を保ったまま芯まで凍り付いた。
そのオーラに包まれた中でシグルド達だけが凍っていない。目の前に飛び出てきた人影が刻んだルーンの障壁によって万物を凍らすオーラの脅威が届いていない。
その人物にシグルドは心当たりがあった。見間違えるはずもない、先程見たばかりのフードを深く被り、顔を隠した少女だ。
「ここで一体何をしているんだっ!?」
危険であると判断し、おいてきたのに戦いの真っ定中、しかも自分と巨人の間に入ってくるなど馬鹿げている。
思わぬ行動にシグルドも声を上げる。
「ここがどこだか分かっているのかっ」
「ええいっうるさい。ちょっとは静かにしろ!!」
「なぁっ!?」
怒ったら怒り返された。人はこれを逆ギレと呼ぶ。
霜の巨人が放つオーラをルーンで守っているから安全――という訳ではないらしい。フードを被った少女の表情に余裕はない。
少女にとっても人間を超えた怪物と対峙するのも初めて、実践でルーンを使用するのも初めてだ。
家庭教師によって教えて貰ったルーン。才能があると大いに喜ばれ、父親に褒められたい一心で血の滲むような努力を行い、矢を弾くまで強化することが出来るようになったルーンで張った障壁。それを維持していくことだけに全神経を集中させる。そうでなければ、一気に破られ自分もろとも凍り付けになってしまう。
――甘く見ていた。
頬に汗を流しながら、少女は今更ながら後悔する。
これが戦い、これが殺し合い。自身の命を守っているのはルーンで張っている障壁のみ、その向こうには、自分の命など簡単に奪い取れる脅威がある。反対する部下に無理矢理言い聞かせ、矢を射らせ、それを防いでいい気になっていた自分をぶん殴ってやりたくなる。想像以上の魔力消費に、体がどんどんと鉛のように重くなる。
それが、自分の命の終わりを示しているようにも見えてしまった。
もう終わりなのか、何一つなせずにこのまま氷の彫刻になり、最後は巨人の腹に収まるのが自分の最後なのか。
どうにもできない力を目の前に、少女の膝が地面に着きそうになる。
その少女を支えたのは、背中に感じる人の温もりだった。
「膝を着くな。まだ諦めるのは早い」
温もりの同時に感じるのは魔力の流れ、背中に添えられたシグルドの手から少女が感じたことのないまでの魔力が流れ込んでくる。
「(体が、熱いっ)」
流れ込んだ魔力(熱)が何処を流れているかハッキリ分かるほどの熱が体を襲う。それでもダメージがある訳ではない。熱が伝わるにつれて、鉛のようになった体が嘘のように復活していく。
吐く息が熱く、添えられる手に安心感をもたらしてくれる。もう、指を間近に感じた少女はいない。
「ハアアァッ!!」
薄くなった障壁に、流れる魔力をそのまま勢いよく流し込む。薄くなった障壁に、新しい強力な魔力が流れ込み、それは巨人のオーラを防ぐだけには留まらず、少女を中心に巨大化した。
霜の巨人の方から見れば、それは吹雪の中から太陽を見たように感じられただろう。巨人の目にかすかに映ったのは、放ったオーラを押しのけてきた輝かしい光の壁を放つ小さな人間。
それが一体何なのか、理解する暇も無く押しのけられる。
かつてない衝撃が巨人を襲う。膝を着かされるだけでなく、真っ正面から吹き飛ばされた。あの脆弱な種族と言われている人間に、だ。
手加減をしていた訳ではない。あの男は、直ぐに隠れるため、先手を打って物陰を破壊した。途中で男より小さな人間が入り込んできたが、考えるまでもなかった。巨人にとって力こそ、体の大きさこそが全て。
男より小さな人間など気にとめる必要すらないと思っていた。自分に傷を付けられる者はあの男だけだと思っていた。それなのにどうだこの状況は……。
慢心、巨人の頭にその二文字が浮かぶ。
そう、いつしか自分は慢心していたのだ。長い年月で、巨人同士の戦いすらなくなり、地上には人間が増えた。人間を取って食い、時には潰し……人間とは脆弱な生き物だと思い込んでしまっていた。
立ち上がるが体が重くなっているのを感じる。どうやらあの光の壁は、自身の体に相当堪えたらしい。
これほどの一撃を与えた目の前の二人の戦士を見る。
これまでにない敬意を込めて――――霜の巨人は、初めて構えを取った。
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