第105話『―昼休みに体育館集合 敷島―』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)


105『―昼休みに体育館集合 敷島―』  






 ――昼休みに体育館集合 敷島――


 敷島? あ、ああ。


 一瞬誰だか分からなかったが、敷島というのは八重桜のリアルネームだと思い至る。


 ようは八重桜のメールで演劇部全員が体育館に集められた。


 体育館に行ってみると、演劇部の他に生徒会執行部と、文化祭で『夕鶴』のアシスタントをしてくれるボランティアの面々が集まっていた。

「何事なの?」

 うっかり素の自分で聞いてしまった。

 演劇部と執行部の瀬戸内さんを除いて目線を避けられる。

 登下校は素の自分を出さないように心掛けているが、校内では気を付けていないとこうなる。

 なんたって二十三歳の三年生。あたりまえの三年生よりも五歳も年上。自分では意識してないけど面構えも目つきも尋常ではない……らしい。

「詳細は分からないけど、どうもマスコミの取材があるらしいですよ」

 美晴が自然体で答えてくれる。演劇部に答えさせたら、なんだか演劇部自身がわたし色に見えてしまうし、生徒会の会長なんかにオズオズ答えられたら、わたしはもう空堀高校に巣くう化け物のように思われてしまう。

 そのへんの機微を心得ているのか、美晴の自然な言い方は垣根を低くしてくれた。


 先生来ましたよーー!


 体育館のギャラリーから声がする。

 どうやらギャラリーの窓から本館を見張る斥候を出していたようだ。

 パタパタパタと斥候が下りてきて、男子の何人かが外出しのシャツをズボンの中にしまい込む。ふだんだらしのない子たちなんで、かえって取って付けたみたい。

「ほら、シャツがよれてる。あーー分かんないかなあ、こうだよ!」

 一瞬でベルトを外してズボンをくつろげ、きちんとシャツを収めてやる。

「え、あ、先輩(#´ω`#)」

「ナヨってすんじゃないよ」

「そ、そやかて(#´0`#)」

「あーーーそういうのヤメ! それから、わたしのこと先輩なんて呼んじゃダメ!」

 ダメ押しして、登下校モードに切り替える。


 なんとかカッコが付いたところでA新聞と思しきクルーを従えて八重桜がやってきた。


「やあみんな、A新聞の人たちが、今度の『夕鶴』の取り組みの取材に見えたわよ。硬くならずに自然にね」

 演劇部は程よいよそ行きの表情、ほかは、ま、それなりに。

「A新聞文化部の望月です、すてきな取り組みだそうで、お話を伺いにきました」

 そのまんまリベラル政党のマスコットになれそうな女性記者が選挙ポスターのような笑みを振りまく。

「あ、そちらのお二人が交換留学生でキャストをやられる……」

 ビジュアル的に目立つミッキーとミリーのインタビューから始める。

 こういうときのアメリカ人というのはプレゼンテーション能力が高い。

 二人とも日本人の倍ほど表情筋を動かして、すばらしい機会に恵まれたことを英語と日本語で喋りまくった。

「お芝居も楽しみですけど、楽しそうにプレゼンするのは見ていても気持ちいいですね」

「ハハ、アメリカは多民族の国ですから、しっかり表現しないと伝わらないからです。気持ちはほかのメンバーもいっしょですよ」

 さすがミリーはソツがない。

「ヤー、イッツ、アメイジング!」

 ミッキーは厚切りジェイソンを彷彿とさせるものがある。

 それから、話題は千歳に及んだ。やっぱ、脚の不自由な千歳は広告塔になるようだ。ほんとうは、そういう注目のされ方は嫌なんだろうけど、もともと性格のいい千歳はニコニコと、少し恥じらいながら答える。

「ほー、じゃ、このステージだといろいろ大変なんですね」

「ええ、そうなんです」


 八重桜の指示で、一昨日のステージを再現する。


 千歳はミッキーのお姫様ダッコで舞台に上がり、鬼ごっこではヒヤヒヤの車いす。

「ほかにもあるんですよ」

 八重桜は舞台の照明と音響についてもひとくさり。

「前からの灯りが乏しいので表情が出ません、音響は(パーーンと手を打った)こういう具合に音が吸い込まれたり拡散してしまう構造なので、ピンマイクが無いと後ろ三分の二は届きません」

「なるほど……」

「かくも、教育の現場では視聴覚教育の、それこそメインステージの整備は遅れているんです」


 なるほど、わたしらの『夕鶴』のPRよりも、ハコものである施設の不備を訴えたかったのかと、ちょっと感心した。


 今日は、この秋一番の冷え込み。

 取材が終わると、みんなトイレに急行したのだった。


 

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