第106話『再びの真田山高校』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
106『再びの真田山高校』
今日は『夕鶴』の稽古が無い。
明後日から始まる第六地区のコンクール予選、その打ち合わせがあるので、部員全員で会場の真田山高校に向かう。
地区総会に来たのは暑い盛りの七月だった。
車いすというのは姿勢が低い。
座っているんだから当たり前なんだけど、頭の位置は地上から一メートルも無くて、幼稚園児が歩いている頭の高さぐらいしかない。
わずか四五十センチの違いなんだけど、アスファルトの照り返しが尋常じゃなく、健常者よりもうんと暑い。
背もたれやシートが邪魔で、すっごい熱がこもるんだよ。背中もお尻も汗びちゃになった。
それが懐かしく思えるくらいに、今日は寒い!
健常者は歩いているから、ホコホコと温かい。
でも、わたしって座りっぱなしだから歩行によって温まるということが無いので本当に寒い!
寒いとトイレが近くなるので、昼ご飯のあと水分を摂っていない。
内緒だけど五分丈のスパッツを穿いている。うっかりすると見えてしまうので、今日のわたしは大変お行儀がいい。
「ホットのお茶あるけど、少しだけ飲む?」
介助をしてくれているミリー先輩が保温水筒を差し出してくれる。
「あ、かわいい」
水筒はトトロの形をしていて、首を外すとコップになる。
「はい、どうぞ」
トトロの形をしていなかったら、しなくていい遠慮をしてしまっただろう。「かわいい」と反応することで先輩は「でしょ」とお茶を注いでくれる。普通の水筒だったら「あ、いいです」と返してしまう。
元々の性格なのか、小六で車いすになってからかは分からないけど、人が勧めてくれたことには一歩引いてしまう臆病なところがある。
むろん、こんな体なので、いざという時には見ず知らずの人にもお願いしたり頼りにしたりしなくちゃならないので、差し迫った時でなければ、つい遠慮してしまうのだ。
ミリー先輩は、ついこないだまでは車いすだった。
捻挫をこじらせての短期間だったけど、いっしょにゴロゴロと車いすを転がして、ずいぶん距離が縮まった。
七月は、須磨先輩が解除してくれていたけど、今日は自然な流れで付き添いの朝倉先生と喋りながら、わたしたちの最後尾を歩いている。その声が聞こえてくるんだけど、なんだか友だち同士みたいなノリだ。噂では、二人は同級生同士だったらしいんだけど、どうなんだろ?
真田山の会議室。
みんな「こんにちわ!」と明るく挨拶してくれる。こちらも「こんにちわ!」と返すんだけど、七月の時のようにキャーキャー言われることは無い。
七月は部室棟のことで演劇部は有名になった。
YouTubeだけじゃなくテレビのニュースなんかにも出たので、なんだかアイドルの握手会みたくなってしまった。
まあ、一種のノリだったんだろうなと納得。
でも、ミッキーは新顔のアメリカ人、でもって、演劇部というのはどこの学校も女ばっかなので、チラチラとチラ見されている。
「『日本の学校って、みんなきれいだね……校舎も生徒も』って言ってる」
ミッキーの独り言をミリー先輩が同時通訳。
「how about KARAHORI?」
空堀高校はどうよ? とミリー先輩が聞き返す。この程度の英語は分かる。
「オフコース!」
分かりやすいカタカナ英語で答えるミッキー。ことの優劣や美醜に関しては、たとえ誉める言葉であってもハラスメントに繋がることを知っているんだろう。ミッキーはきっと民主党の支持者だ。
会議の終わりに受付業務の説明を受ける。
空堀は出場はしないけど、受付の仕事をすることになっている。
「これをPRして売って欲しいねん」
役員校の先生が、ドサリと紙包みを置いた。
中身は週刊誌大の立派なパンフレットだった。ざっと百部ほど、これを五百円で売る。売り上げはコンクールの運営費用の一部にあてられるそうだ。
バカにできない売り上げになるそうで、頑張らなくっちゃと思った。
「で、空堀高校の部員は何人?」
「五人です」
「じゃ五冊、どうぞ。代金は今日でなくてもいいけど2500円ね」
え、わたしたちからも取るの~~?
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