第102話『アイデア出してちょうだい!』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

102『アイデア出してちょうだい!』                







 こんな人だとは思わなかった。


 と言っても悪い意味とちがう。


 ゴリゴリの左翼のオバハンやと思てた。誰のかて?

 八重桜でんがな、図書館の主にして、選挙前には階段からわざとらしく選挙のチラシばら撒いて選挙権の有る三年生にアピールとかしてた。脳みそお花畑のパヨパヨチン。

『夕鶴』を演るについて千歳を主役に付けようとした。車いすの千歳がけなげに演じたら、世間の注目が得られるという下心見え見えやった。千歳も「感動ポルノ」みたいなことはやりたない言うてた。

 でも、千歳の気持ちを伝えると、あっさり撤回した。


 おや? という感じ。


 次のアイデアで、ミリーとミッキーを主役にすると言いだした。


 ああ、これも異文化交流とかグローバリズムとかの美辞麗句キャプションが付くねんやと思た。

 どこまで行っても左翼は左翼、パヨクはパヨク、ブサヨはブサヨやと思てた。


 あーーこんなに痩せてしまって……


 ミリーは、このセリフを口にしたら絶対観客に笑われる! と悩んでた。


 ちなみにミリーはデブではない。

 近ごろは女性の容姿を誉めるのもセクハラとか女性差別とかとられかねないんで、言うたことないけど、ミリーはナイスバディーや。「こんなに痩せてしまって……」をかましても笑うやつは居らへんと思う。

 そやけど、一回言うてしもたら、話の流れでセクハラとられそうやから、言わへんかった。


 じゃ、その台詞カットしよ。


 八重桜は、これもあっさりと呑み込んだ……。


「とにかくさ、やるんなら楽しくやろうよ」

 稽古場として確保した空き教室。

 机や椅子を取っ払った真ん中、丸く並べた椅子に落ち着くと第一声をあげた。

 これも意外。

 パヨパヨチンなら教条主義的なテーマとかスローガンめいたものが出てくると思ったからだ。


 与ひょうがつうに家事を押し付けたり、千羽織を強要するのは女性差別。

 物欲や金銭欲は人の心を蝕んでいく。

 ほんとうに大切なものは失ってみなければ分からない。


 演劇に疎い俺でも、これくらいのスローガンめいたことは浮かんでくる。

 浮かんでくるし、こんなものを頭に入れてやったら、ほんとに左翼のプロパガンダめいたものになってしまう。

 女性差別⇒言い返すこともできないジェンダーフリーへの無条件降伏!

 物欲金銭欲=資本主義の悪!

 大切なものは失ってみなければ分からない⇒このフレーズは直ぐに表現の自由とか思想信条の自由とかに転嫁されてしまう。


「アハハ、芝居って、そんない詰まらないもんじゃないわよ」


 俺の顔色を察した八重桜は、古臭い迷信話を笑い飛ばすように両手を顔の前でヒラヒラさせた。

「ね、わたしの最大の興味は子どもたちなのよ」

 意外なことを言う。

 確かに『夕鶴』には子どもたちが出てくる。与ひょうやつうに「遊んでけれ」「歌うとうてけれ」と迫ってきて、実際舞台でカゴメカゴメをやったりする。


 子どもたちは声だけの出演だと思っていた俺はとまどった。


 高校生がツルンツルンの着物着て、台詞だけ子ども言葉……ありえない。

 じっさい上演記録を見ても声だけにしていることが多い。じっさいに出すんだったら子役を使っている。

 おれたちの稽古だけでいっぱいいっぱいなんだ、子役を調達している暇なんてない。


「子どもは出さなきゃだめよ、はい、アイデア出してちょうだい!」


 ポケットに入れたキャンディーのように気楽に言われた……。

 



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