第74話『夏の断末魔』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

74『夏の断末魔』   




 あ、中山先生!?


 四年の歳月を経ても直ぐに名前が出てきたのは、わたしの記憶力が優れているからではなく、先生の姿が四年前とちっとも変わらないためでもない。


 いや、先生の外見は全然変わっていた。


 軽いメタボ気味だった体形はライザップでもに行ったんじゃないかと思うくらい細くなってるし、朝のショートホームルームの度に冷やかされていたフサフサ寝癖頭は寝癖の元になる髪の毛ごと消えていた。

 人間は、人生の一時期にドスンと老けていくもんだと思ってる(うちの母も祖母も、いずれそんな時がくるはず)けど、そのドスンが一ぺんに二回分くらいきたんじゃないかってくらいの様変わりだ。

 それでも師弟共々一発で認識できたのは、学校の階段と廊下といロケーションに身を置いていたからだと思う。

――また遅刻かあ!――試験前やぞう!――寝てたらあんぞ!――宿題出せよ!――などなどを、こういうロケーションで言われてきたからね。

 それに、わたしの出で立ちは、相変わらずの空堀高校三年生。


「先生、どうして?」


 中山先生は、わたしの学年を持ったあと、京橋高校に転勤したはずだ。

「いろいろあって、今はちょと休んでる。それより、それは何のコスプレや?」

 二十二歳の制服姿は、とっさには理解できないようだ。

「え……まだ卒業とかしてないもんで」

 先生の目が丸くなった。

「え……いや、留年したのは知ってたけど……」

「あれから五回連続の留年なんですよ、アハハハ」

「思い出した! 府立高校で一人だけ六回目の三年生やってる生徒が居てるいう噂! 松井のことやったんかーー!?」

「え、あ、たぶん……」


 すると、先生の顔が急に曇り始めた。


「やっぱり、俺が受け持ってたときに、もっとしっかり指導しとくんやったなあ……すまん、辛い思いさせたなあ」



 中山先生は、こういう人だ。



 生徒の不始末は担任である自分に責任があると思ってしまう人なんだ。

 四年前は、先生の処世術だと思っていた。折々の指導さえ抜かりなくやっておけば「担任たる私の責任!」と言っておけば、生徒も保護者も学校も――先生に罪は有りませんよ――と暖かく見てくれる。

 でも、先生は本心から、そう思っていたんだ。

 わたしも二十三歳。そう言う点での嘘と本当は分かるようになってきた。

「アハハ、やだなあ先生。わたし楽しくやってますよ。留年も五回やるとベテランでしょ、もう、学校の主みたいで、気楽なもんすよ」

 左手を頭の後ろに、右手はヒラヒラさせて笑った。

 でも、そんなアクションはただただ痛々しい強がりにしか見えないようで、先生は目をそらす。

「それやったら、朝倉さんは懐かしかったやろ。なんせ最初の席替えやるまでは隣同士の席やったはずやからなあ!」



 痛々しさのあまり、先生は朝倉さんに話を振った。


 朝倉さんは、どうしていいか分からずに顔を赤くしてワタワタしている。

 そりゃそうだろ、演劇部の副顧問までやって、地区総会の引率をやっても、わたしが同級生だったとは気づかない人だったんだから。

 さすがのわたしも、どんな顔をしていいか分からなくなった。


「あ、えと、わたし急いでるんで(/ω\)」


 身震い一つして、廊下向こうのトイレに駆けだすわたしだった。

 不自然には見えなかったはずだ、トイレに行きたいというのは、掛け値なしの一つだけの真実だったんだから。


 用を足して廊下に出ると、元担任と元同級生の姿はなかった。


 くたばり損ないの蝉が唐突に鳴きだした。


 たぶん、夏の断末魔。

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