第73話『故障につき使用禁止』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)73
『故障につき使用禁止』
女というのはいつからオバサンになるんだろう?
松井須磨に限っては数十年先だと思っていた。
えと、松井須磨ってのは自分のことなんだけど、まあ、客観視してるってことでよろしく。
うちの母も祖母もオバサンという感じはしない。
二人とも仕事に趣味に忙しい人で、私の目から見ても若やぎ過ぎている。
ま、そういう自分が価値基準になってるので、八年目の女子高生をやっている娘にも特段の批判が無いのはありがたい。
「須磨ちゃんなんて、まだまだ蕾よ」
六十を過ぎてなおポニテのショートパンツで週二回のテニスに励んでいる祖母の足どりは、そのまま空に飛んで行ってしまうじゃないかってくらいに軽い。
十八で私を生んだ母は、ドクモから始めたモデル業を驀進中。
そういう二人からすれば、孫であり娘であるわたしは、まだまだ蕾なんだろう。
「あぢーーーーーーーーーーーーー」
思わず出てしまった唸り声に我ながらオバサン……どころかオバハンを感じてしまう。
「一学期はこんなじゃなかったんだけどなーーーーーーー」
六回目の三年生をやっているわたしは教室で授業を受けることを許されていない。
生徒指導別室という、ほとんど倉庫のようなタコ部屋に軟禁されている。
一応は「課題が出来たら教室に戻してやる」ということになっているけど、それが仕上がらないもので、見通し無しの軟禁が続く。
放課後は、ここが演劇部の部室になるんだけど、あまりの暑さに六月の下旬からは図書室を使っている。
今は夏休み明けの短縮授業で十二時になれば図書室へいけるんだけど、それまでは朝の八時には三十度を超えているというタコ部屋に居なければならない。
バケツ二杯に水を張って、それぞれ足を突っ込んでいる。
なんで二杯かというと大股を開いておきたいから。
足を閉じているとスカートの中の暑気は耐え難い。
対面の椅子の上にミニ扇風機置いて下半身を強制冷却しても暑い。
タコ部屋備品の扇風機は日によって右前か左前で首を振っている。風向き固定していると喉をやられるので首を振らせているのよ。ブラウスは第四ボタンまで外して胸を晒す。
タコ部屋二年目の夏からはフロントホックのブラにしている。
少しでも涼しくしたいための工夫なんだけど、全面御開帳にならないように右と左のフックに輪ゴムを掛けてリミッターにしている。
首には農協でもらったタオルを巻いて、頭は後ろからロンゲをすくい上げ、端っこをちょいと捻ってオデコで括る。
ぐああああああああああああああああああ~~~~喘ぐ姿は立派なオバハンだ。
とても花の女子高生のナリではない。って、六回目の三年生で、もう二十三歳なんだけどね。
これだけクソ暑いのにやっぱり二時間に一回はトイレに行く。
子どものころから人の倍は水分を摂っている。机の上には空になったのと1/3くらいになったペットボトル。
お情けの冷蔵庫には、まだ三本入っている。
ま、これだけ飲んでりゃ行くよね。
「おーーーし!」
タオルで胸から腋の下まで拭って、倉庫を挟んだ隣のトイレを目指す。
ああ……故障につき使用禁止
仕方がないので、廊下の突き当り、反対側のトイレを目指す。
上の階から覚えのある声がしてくる。
あ、かつての同級生で、今は新任の教師にして演劇部副顧問の朝倉さんだ。
それに加えてオッサンの声。どこかで聞いたことがある……。
二人は知り合いのようで、なんだか声が弾んでいる。
ま、こんなタコ部屋の住人に声かけるような教職員はいないので、空気みたくなって階段の前を通り過ぎる、過ぎようとして声が掛かった。
「あ、あんたは!?」
不用意に声を出したのはオッサンの方だった……。
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