第31話「マシュー・オーエン」


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)31

「マシュー・オーエン」               




 車いすの少女が寂しそうに部室棟を見つめている。

 震度6の地震で倒壊の危険があるといっても、いきなりの立ち入り禁止はないだろうと思った。


 気づくと、ミリーはスマホを出して構えている。


 本当は断ってから写さないといけないんだろうが、そうすれば、少女の自然な寂しさが出ないとも思った。

 ま、撮ってから声を掛ければいいや。

 そう思ってシャッターを切ろうとすると、風がブロンドの髪をそよがせ、顔に掛かってしまって手許が狂った。

 車いすのステップに載った足だけが写り、画面の大半はトラロープで封鎖された部室棟だ。


――良い写真になった!――


 少女に声を掛けようとしたら、再び髪がそよいだ、今度は目と口にまとわりつく。

「もー、ペッペッペ!」

 髪を整え直した時には少女の姿は無かった。


――ま、足だけしか写ってないし……――


 写真はサイズを変えただけでSNSに投稿した。

 別に、これで世論を喚起しようなどと大それたことは考えていなかった。


――あの校舎を壊すっていうの!?――

――かわいそう!――

――あの足だけ写っている少女は!?――




 いろんなコメントが、主に母国アメリカから寄せられた。

 

 決め手は、伯父からの電話だった。


――あれはひいお祖父さんが日本で建てた記念碑的建築物だよ!――


 伯父は、その後に日本到着の日時と便名をメールで寄越してきた。


「もー、おっちゃんらは気ぜわしすぎ!」

 関空のゲートに現れた大叔父夫婦に口を膨らませた。

「よう、元気そうじゃないか!」

「二年ぶりね、すっかり大人びちゃって!」

「おばちゃん、うち汗かいてるよって」

 ハグしてきた伯母に気を遣う。

「ハハ、なるほど、その髪はヒヤシチュウカを連想させるなあ!」

 啓介に言われて、最初はむかついたが、自分でも冷やし中華のファンになると、面白いのでSNSに載せていたのである。

「ひいお祖父ちゃんは、ここのところ見直されてきてね、円熟期の作品はいくつも残っているんだが、若いころの作品はアメリカにも残ってないんだよ。本物だったら大発見だ」

「車いすの少女もいいわね、彼女の細い足が、気持ちを十二分に現している。あの子がやっと見つけた居場所を奪っちゃいけないわ」


 ミリーからすればひいひいお祖父さんにあたるマシュー・オーエンは近年注目され出した建築家だ。


 ミリーはすっかり忘れていたが、自身建築家である伯父は、ミリーの投稿を見て矢も楯もたまらずに日本にやって来たのだ。

「今日は学校休みやから、明後日でも見に行く?」

 電車に乗ったころには、具体的な視察の話になっていた。

「大使館を通じて話はつけてあるよ、この足で見に行くよ」

「案内頼むわね」

「あ、あたし制服着てないし」

 休日でも生徒の登校は制服と生徒手帳に書いてある。ミリーは、こういうところは日本人の生徒よりも律儀なのだ。

「急な話なんだから、私服でもいいんじゃないか?」

「あら、わたしはミリーの制服姿見てみたいわ!」


 ミリーは下宿先に戻って着替えることになった……。

 

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